コスプレはまだ慣れてない

「ふぅ。なんか疲れた~」


イベントもそろそろ終わりに近づいてきた。

『握手会』に並んだ長い行列がようやくけると、栞里ちゃんは両手を宙にかざして、大きく伸びをした。


「お疲れさま。栞里ちゃん大活躍だったね。まるで本物のアイドルみたいだったよ」

「本もほとんど売れちゃったね」

「ああ。夏コミ直後のイベントって、在庫整理みたいなとこがあるんだけど、見事に完売したよね。栞里ちゃんのおかげだよ。ありがとう」


スカスカになったテーブルを見ながら、ぼくはお礼を言う。まったく、予想外の展開だった。


「もう、撮られても大丈夫かな」


栞里ちゃんはそう言って、ぼくの方を振り向いた。


「え?」

「さっきお兄ちゃん、『写真撮ろう』って言ってくれてたじゃない」

「あ。ああ…」

「イベント(ここ)にも慣れたし、せっかくだから記念になるし。撮ってくれる?」

「そうだね。じゃ、ちょっと待って」


そりゃ、願ったり叶ったりだ。

ヨシキが戻ってくるのも待たずに、ぼくはテーブルに布をかぶせて支度をする。

栞里ちゃんのおかげで、今日はコミケ以外のイベントとしては記録的な売り上げで、こないだ買ったロリータ衣装と今日のコスプレ衣装代を足してもお釣りがくる。もう店じまいしてもいいだろ。

少し残ってた本やグッズを片づけ、デジカメと売り上げ、貴重品の入ったカメラバッグを持って、ぼくらはコスプレ撮影スペースへと向かった。




 イベント終了が迫ってたコスプレゾーンは、さっきより人は少なく、撮影しやすそうだった。

コスプレイヤーさんのほとんどは、もう更衣室に引っ込んでしまってる。

アフターを期待してるカメコが何人か、更衣室の入口の回りでコスプレイヤーの出待ちをしているくらいで、撮影してる組はチラホラとしかいなかった。


「じゃあ、この辺りに立って」


壁際に栞里ちゃんの高瀬みくを立たせて、ぼくはデジカメを取り出して準備する。

デジタル一眼レフの初級機、EOS Kiss Vだ。

背景の資料やイラスト素材撮りのために7年くらい前に買ったもので、今じゃすっかり型落ちになってしまってて、ヨシキの助言を得ながら新しいカメラを検討してるところだ。


「ど、どうすればいいの?」


栞里ちゃんはまるで、台本も知らない舞台の上にいきなり立たされたみたいに、手足をモジモジさせて言った。


「とっ、とりあえず、そのままでいいよ」


そう指示しながらぼくも、カメラを構える手が震える。

こんなに可愛い高瀬みくを撮れるからか?


ぶっちゃけ、今まで自分が見たどのみくコスより、栞里ちゃんのみくタンは可愛いかった。

リアル14歳で、しかもコスプレ未経験ってとこが、さらに萌える。

写真慣れした、スレたコスプレイヤーじゃ出せない初々しさが、全身から漂ってくる。

カメラを向けられた栞里ちゃんは、ぎこちなく微笑んで、はにかみながら言う。


「こんなので、いいの?」

「いい。いいよ♪」


思わずこっちも、そんな声が出てしまうじゃないか。

ぼくは夢中でシャッターを切った。



「お! 栞里ちゃん撮ってんのか?!」


数枚撮った時、後ろでヨシキの声がした。


「ミノル~。おまえそんなチンケなカメラで撮ってんのか? スーパーアイドルSSRの高瀬みく様だぞ。失礼じゃないか?」

「うるさい! 邪魔すんなよ。

どんなカメラで撮ろうと、ぼくの勝手じゃないか!」

「これ使えよ。スーパーアイドル様には、このくらいのカメラじゃないとな」


そう言ってヨシキは、肩にかけてたCanon EOS 1DX MarkIIを、ぼくに差し出した。

プロカメラマン御用達の、フラッグシップカメラだ。

しかも、EF 24-70mmF2.8 II Lという高級レンズまでついてる。

ぼくのバイトの給料じゃ、逆立ちしても買えない値段のカメラセットだ!


「ほっ、ほんとに貸してくれるのか? これ、買ったばかりだろ」

「ああ。栞里ちゃんコスプレデビュー記念だよ」

「おまえは…」

「見物させてもらうよ」


ヨシキ、、、

おまえやっぱり、いいヤツだ!

ぼくは感激しながら、EOS 1DX MarkIIを構えた。

ずっしりと重いけど、ファインダーの見えやレリーズ感が、自分のカメラとは比較にならないくらい快適だ。ぼくはさらに撮影に集中した。


最初は戸惑ってた栞里ちゃんだけど、シャッターを切る毎にカメラにも慣れていく様で、少しずつポーズを作れる様になってきた。

からだの前で軽く手を組んだり、脚を交差させてちょっと首を傾げてみたり。

表情も多彩になってきて、笑顔も自然になってくる。

この辺の順応の早さも、さすがというほかない。



「あの、、、 まだ終わらないの? 後ろつかえてるんだけど…」


撮影に気をとられてるぼくの後ろで、男の声がした。

ヨシキではない。

振り返るとなんと!

5人ほどのカメコがいつの間にか列を作ってて、撮影の順番を待ってるじゃないか!


「あっ。す、すみませんっ!」


条件反射の様に、ぼくが思わずその場を退くと、次に並んでいたあぶらギッシュな太ったカメコは、すかさず栞里ちゃんを撮りはじめた。栞里ちゃんは戸惑ってこっちを見たが、ぼくがなにも言わないので、そのままカメコに撮られるままになってしまった。


「これ、ぼくの名刺。『ノマド』て言うんだ。『カメコ界の大御所』とか呼ばれてるらしいけど、ぼくはただ、可愛い女の子を撮るのが好きなだけなんだ。

ほら、このカメラすごいだろ。D4sっていうNikonのフラッグシップカメラと58mmF1.4sっていうレンズだけど、シャッターの感触はすごくよくてね。一度これで撮るともう他のカメラは使えなくなるよ。しかもこのレンズは、伝説のノクトニッコール58mmを超える高性能で、周辺部のコマ収差を綺麗に補正してるから、バックのボケが綺麗で、、、」


『ノマド』と名乗ったそのカメコは、額の脂汗を拭きながら、意味不明な機材アピールを延々と続けてる。

困った栞里ちゃんはぼくの方をチラチラと見ているが、良くも悪くも圧倒的な存在感のある『カメコ界の大御所』に気圧けおされ、ぼくにはなにもしてやれない。


、、、自分のヘタレっぷりが、哀しい。

この衣装はぼくが栞里ちゃんに買ってやったものなのに、簡単に他のカメコに譲るなんて、、、orz


つづく

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