SSR衣装には手が出ない

「コスプレかぁ。なんか面白そう」


撮影ブースで写真を撮られてる、突飛なカッコのレイヤーたちを見渡しながら、栞里ちゃんは好奇心いっぱいという感じで言った。

オタクカメコが勘違いした様に、今の栞里ちゃんのカッコはなにかのアニメの美少女ヒロインコスみたいで、コスプレゾーンにいてもキラキラ輝いてて、存在感がある。

そんな彼女をもっと見てみたくて、ぼくは思い切って提案してみた。


「企業ブースにはコスプレ衣装を売ってる店もあるんだ。見に行ってみようか?」

「コスプレ衣装を?!」

「気に入ったのがあれば、買ったげるから。着てみたらいいよ」

「えっ? ほんとに?! 嬉しい! 着てみた~い♪ 早く行こ! ね!」


栞里ちゃんはノリノリで、ぼくの腕を引っ張った。


 コスプレ衣装を扱ってる企業ブースは、ぼく達のいた場所からコスプレゾーンを挟んだ反対側にあった。

流行はやりのボーカロイドや魔女っのドレスが、トルソーに着せてあったり、関連アクセサリーがテーブルに所狭しと並べてあったりと、賑やかで華やかなブースだ。

売り場は、なにかいいものはないかと物色してるレイヤー達で、混雑してた。


「あっ。あの服、可愛いっ!」


そんな中で栞里ちゃんは、ブースの奥のトルソーに飾ってたアイドルっぽい衣装を指差し、瞳を輝かせた。

こっ、この衣装は、、、!

『リア恋plus』の『高瀬みく』がデートイベントで着てくる、スーパーアイドルデート服じゃないか!


『じゃ~ん。今日のデートは思い切って、アイドルっぽくしてみたの』


と言って、みくタンが現れるのだ。

それは出現率がとても低く、難しい条件でないと見られない、かな~りSSRなイベント!

数あるみくタンの服の中でも、一番華やかできらびやかでちょっぴりセクシーな、ファン垂涎すいぜんの衣装。

むしろ、自分が欲しいくらいだ!!!


「いっ、いいよ! こっ、これ、買ってあげるよ!!」


誰かに売れてしまう前に自分のものにしてしまいたい。

焦る気持ちで鼻息を荒げてどもりながら、ぼくは栞里ちゃんに『高瀬みくスーパーアイドルデート服』を買ってあげた。

服だけじゃなく、それに付随するニ-ハイソックスや髪飾り、靴など一式買ってあげたのは、言うまでもない(笑)。そこまでしないと『完コス』とは呼べない。締めて70,380円。チーン、、、

こないだの原宿に続いて財布はシクシク痛むけど、それでもヲタクなら、自分の萌えには全財産を突っ込んで後悔しないのだ!



「いい! いいっ!! すっごい可愛いよ!!!」


更衣室から恐る恐る着替えて出てきた栞里ちゃんを見て、ぼくは我を忘れて興奮してしまった。

お世辞やおべっかでなく、栞里ちゃんには『高瀬みくスーパーアイドルデート服』が、めちゃくちゃ似合ってた!


「ほんとに似合ってる?」

「うん! うん!」

「メイクとかあまりしてないんだけど、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!」

「なんか… 恥ずかしい、、、 スカート、短すぎ…」


そう言いながら栞里ちゃんは、パンツが見えそうなくらいに短いフレアスカートの裾を引っ張る。


「しっ、写真撮ろうよ!」


こんな可愛い高瀬みくを、撮っておかない手はない。

あまりの嬉しさに、全身に鳥肌が立ってしまったぼくは、興奮したまま彼女をコスプレゾーンに連れていこうとした。

だけど栞里ちゃんは首を横に振った。


「まだ、恥ずかしい。もうちょっと慣れてから、、、」

「そ、そうだね。ごめん。栞里ちゃんコスプレ初めてだし… じゃあ、あとで撮らせてね」

「うん」


なにをどうしていいかわからない栞里ちゃんは、モジモジと落ち着かなさそう。

大きな一眼レフを抱えたカメコが何人も、栞里ちゃんの高瀬みくを舐める様に見つめながら、撮影のチャンスをうかがっている。

このままここにいると、またさっきみたいなキモカメコの餌食になるのは必至だ。


「ぼくのスペースに来ない? 慣れるまで、うちの席に座ってるといいよ」

そう言ってぼくは、栞里ちゃんをサークルスペースまで案内した。



 スペースにはヨシキと麗奈ちゃんがいたが、ふたりとも栞里ちゃんのコスプレを見て驚いた様。


「きゃ~~っ、可愛い~~♪ 高瀬みくちゃんね! 似合ってる~♪」


真っ先に嬌声きょうせいを上げたのは、麗奈ちゃんだった。


「あ、栞里ちゃん。こっちはコスプレイヤーの美咲麗奈さん。そこに座ってるのが、ぼくの相方のヨシキ」


麗奈ちゃんに会わせるのは不安だけど、行きがかり上しかたがない。

ぼくはふたりに栞里ちゃんを紹介した。


「はじめまして。ヨシキって言います。栞里ちゃんは今日がコスプレデビュー? すごく可愛いね」


ヨシキはそう言って微笑みかける。栞里ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

おいおいヨシキ。

あまりカッコいいキメ顔で、栞里ちゃんを見つめるんじゃない!

彼女がおまえに惚れてしまったら、どうするんだよ、、、


「その衣装すっごい可愛いよね~。あたしも欲しいんだけど、値段が高くって買えないの。いいな~。羨ましいな~。ちょっと見せてよ。参考にしたいし」


栞里ちゃんの着ている『高瀬みくスーパーアイドルデート服』をあちこち触りながら、麗奈ちゃんが妬ましげに話しかける。栞里ちゃんは戸惑っている様子。


「ど、どうも…」

「すっごいスカート短いよね。アンダースコートはちゃんと穿いてる? パンツ狙いのヤツとか多いから、ローアングルで撮るカメコには気をつけてね。初心者はその辺のガードが甘いから、狙われやすいのよ」

「え? ええ…」


麗奈ちゃんは馴れ馴れしく栞里ちゃんの腕に手を回して、アドバイスなんかはじめた。


「すっごいこだわりの激しいオタクなカメコは、ポーズ指示が細かいから、あんまり気にしないで、テキトーにスルーした方がいいわよ」

「はぁ、、、」

「ねえねえ、あとであたしのボカロの衣装も着てみない?」

「え?」

「せっかくだからいろいろ着てみようよ。服の取り替えっこしよ~よ」

「…」

「あたしのボカロ服。オーダーメイドで作った特注品なのよ。あ、でも栞里ちゃんじゃ、胸がかなり余りっちゃうか」

「…」

「はははは。そのかわり、ウエストと尻はガバガバなんじゃね?」


どう応えていいかわからずうろたえてる栞里ちゃんに、ヨシキが横からチャチャを入れてきた。

それってもしかして、救いの手か? …にしても、結構毒舌だな。


「ミノル。オレもう留守番飽きた。そろそろカメコに戻りたいぞ。おまえと栞里ちゃんで、ここの売り子やってくれる?」


ヨシキはそう言うとカメラを持って立ち上がり、ぼくたちに席を譲った。


「麗奈。撮影行こうぜ。おまえのそのデカパイと尻、サイコーだよ。もっと撮らせろよ。うんとエロい感じで」


そう言いながらヨシキは、麗奈ちゃんのおしりをパシッと叩いて、撮影スペースへ歩き出す。


「やんっ。もうっヨシキったら。バカ!」


そう言いながら、麗奈ちゃんもまんざらじゃない様子で、ヨシキのあとをついていった。


「じゃ。あとよろしくな」


そう言ってヨシキは振り向き、ニヤリと笑った。


そうか。

こいつ、、、 気を遣ってくれたのか。

あのまま麗奈ちゃんのペースにはまるのは、まずいと思ってたから、ヨシキがふたりを引き離してくれて助かった。栞里ちゃんに、売り子を手伝ってもらうのもいいし。

サンキュ、ヨシキ。


つづく

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