6th stage

イベントなのに盛り上がらない

     6th stage


 日曜日のイベント会場。

、、、虚しい。


今までイベントに、こんなに重く、虚しい気持ちで出た事はない。

右も左もみんな敵だらけに感じて、せっかくの祭りなのに盛り上がらない。

そんな気持ちを反映するかの様に、本やグッズの売り上げも、予想ほどかんばしくなかった。


『あそこはレイープ魔のサークルだから、みんな買うな』

『キモいイラスト。見るだけで孕まされそう』


だれもがそんな事を噂し合って、ぼく達を避けてる気がした。

『売り子を手伝ってくれる』って言ってた麗奈ちゃんだけど、昨日の今日だ、さすがに顔を見せるはずもないだろう。

そう言えば、Photoshopを買った代金も、立て替えたままだ。

今さら払ってもらえる、、、 わけないか。

ホテル代だって捨て金だったし、こんな事になるのなら、ペンタブなんて買ってやらなきゃよかった。

もう、美咲麗奈の事なんて、いっさい信用しない。



「コススペースで麗奈に会ったぞ」


カメコに出かけてたヨシキがサークルスペースに戻ってきて、苦笑いしながら言った。


「『昨日はあれからどうしたんだ?』って訊くと、『ミノルくんとデートして、行くとこまでいっちゃった』ってさ」

「行くとこまでって、、、」


、、、開いた口が塞がらない。

どうしてペロッと、そんな嘘がつけるんだ?!


「オレに焼きもち妬かせようとしてるんだろな。 …ったく、女ってのは意味わかんねえ。

まあ、オレはおまえたちの成り行き、全部知ってるから、あいつのブラフは滑稽にしか見えないんだけどな」

「麗奈ちゃんって、、、、 なんでそんな嘘を平気でつくんだ?」


なんだかやるせなくなって、責める様にヨシキに問い質す。ヤツは困った様な笑みを見せた。


「麗奈には、心の病みを感じるな」

「心の、病み、、、」

「でなくても、『女は心を見せるより先に、尻を見せる』って言うしな。他人にはなかなか本性を見せないのが、女って生き物なのかもしれないな」

「ヨシキがつきあってきた女の子も、みんなそうだったのか?」

「どうだろう? まあオレは、女の語る愛なんて、信じない事にしてるから」

「愛?」

「女なんて、つきあってる時は『一生あなただけを愛してる。離れたら生きていけない』なんて言いながら、別れて次の彼氏ができればもう、前カレの事なんか思い出しもしないもんだろ。過去の恋愛はみんな、上書き削除してしまうのさ」

「そう言えば、男の方が、昔の恋を引きずりやすいって言うよな。失恋をウジウジと、いつまでも悔やんだりとか」

「どうせおまえも、栞里ちゃんの事、まだ引きずってるんだろ?」


茶化す様に言って、ヨシキはニヤリと笑った。

クソぅ。

こんな時に栞里ちゃんの話を持ち出さなくても、、、


「ったく、人の傷口に塩を塗り込む様な事を言うやつだな。相変わらず」


せっかく忘れかけてた栞里ちゃんへの想いが、まざまざとあぶり出され、痛々しく甦ってきたぼくは、ひとりごちる様に言った。

栞里ちゃんとは、このイベントにいっしょに来るはずだったのに。

彼女のために高いお金を出して、ロリ服まで買ったのに、、、


いやいや。


元はと言えば、ぼくが悪いんだ。

あの時、、、

『リア恋plus』の『高瀬みく』とダブルブッキングさえしなければ。

ちゃんと、みくタンより栞里ちゃんを選んでれば。

バーチャルカノジョとはいえ、二股かける様な事をしたから、栞里ちゃんを怒らせてしまったんだ。

もう一度、あの日あの時に、時間を戻せたら、、、


…なんて、、、

やっぱり未練がましく、栞里ちゃんの事は忘れられないでいる自分、、、


「ミノ~ルくん♪」


ナーバスになってうつむいてたぼくは、鼻にかかった様な甘い女の子の声にハッとなって顔を上げ、ギクリと息を呑んだ。

サークルのテーブルを挟んだ向こうには、なんと美咲麗奈が立ってて、ぼくに微笑みかけてるではないか!


「昨日はゴメンね~、急におなか痛くなっちゃって、、、 電話も出れずにゴメン。病院行ってたから」


巨乳を強調する様なコスチュームを身に着けた美咲麗奈は、両手をテーブルについて少し前屈みになって話す。おかげで、胸の谷間がぼくの目の前にドンと迫ってくる。

こっ、これも、麗奈ちゃんの計算のうちなのか?


「そ、そうだったんだ。ま、まあ、仕方ないよ、、、」

「え? 許してくれるの? ミノルくん優しい~。大好き♪」


、、、責められない。

この巨乳の前では、なにも言えなくなる。

あんな仕打ちをされたっていうのに、こうやって麗奈ちゃんと向き合うと、彼女の事、罵ったりできなくなってしまう。

お人好し過ぎる自分、、、


「なんだおまえら。すっかり仲いいな」


ヨシキがわざとらしく、横から口を出してきた。


「まあね。どこかの誰かさんと違って、ミノルくんって頼りがいあるし、優しいし。やっぱり女の子って、優しい男に弱いのよね」

「そうか~。でもミノルって、筋金入りのオタクだぞ。二次元にしか恋愛できないぞ」

「あたしだってオタクだもん。そんなの気にならないよ」

「童貞だぞ?」

「いろんな女と遊び散らかしてる男より、よっぽどいいよ」

「そっか~。ミノルがライバルか~。オレも頑張らなくっちゃな」

「今さら遅いんじゃない? まっ。健闘を祈ってるわ、ヨシキ」

「は、ははははは。。。。。」


、、、乾いた笑いしか出てこない。

昨夜の掲示板の麗奈ちゃんのカキコを知ってると、あまりの白々しい会話に、ドン引き。

しかしヨシキも、性格悪い。

昨夜の顛末を全部知ってるくせに、こうやってとぼけたフリしてるんだから。


いや。

これがヨシキの言う、『防御』なのかもしれない。

美咲麗奈からぼくを『防御』してくれてるのかも。


麗奈ちゃんの表の顔と裏の顔をぼくに見せる事で、彼女に対する気持ちを、醒めさせようとしてるのかもしれない。

これ以上麗奈ちゃんを想ってみても、振り回されて傷つけられるだけだと、自分でもわかる。

わかってるんだけど、『ミノルくん優しい~。大好きよ♪』と言う彼女の言葉を、ぼくは心のどこかで信じてて、昨日の続きを夢見てる。

あの巨乳にもう一度顔を埋め、昨日の続きをしてもらえる日が来るんじゃないかと、未練持ってる。

それもこれも、栞里ちゃんと別れて弱ってる自分の心に、麗奈ちゃんがタイミングよく潜り込んできたから。

ヨシキはそれを、断ち切ってやろうとしてるのかもしれない。


 その時、視界の片隅の雑踏の中から、じっとこちらを見つめてる人影に気がついた。

何気なくそちらを見て、今度こそぼくの心臓は止まった。


つづく

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