萌絵描き姿は見られたくない

 さて、、、


仕事が終わって夕食を食べ終えれば、ようやくフリータイム。いつもなら趣味に使える時間だ。


『ごちそうさま』と言った後、栞里ちゃんはベッドの隅っこにちんまりと丸まり、黙ってスマホに向かって、盛んに指を動かしはじめた。メールかなにかやってるらしい。

ぼくは昨日のコミケの片づけをした後、Macとプリンターの電源を入れ、描きかけのイラストのフォルダを開いた。

昨日は思いのほかポストカードが売れたので、来週のイベントのために増刷しておかなきゃならない。

新作のイラストも線画だけは描いて保存してたので、今日はキャラの着色までやっときたいところ。


 ぼくは、絵を描きはじめるまでの『助走』が長い。

『描きたい!』というモチベーションが高まらないと、塗りがうまくいかないのだ。

なので、気分が乗ってくるまでポストカードのプリントをしながら、お気に入りのサイトやSNSを巡回していった。

ほんとは『リア恋plus』を開いて、今は自分の部屋でのんびりくつろいでるはずの高瀬みくタンと、会話とかしたいんだけど、栞里ちゃんにそういうオタクな姿を見られるのがはばかられて、今夜はとりあえず、メールのやりとりだけにしておく。

だけど栞里ちゃんは、ぼくのやってる事にはまったく興味がない様子で、ひたすらスマホに向かってなにか打ち込んでいる。

そんな彼女の様子を確認して、ぼくは描きかけのイラストのファイルを開いた。

Photoshopが立ち上がって、まだ色の着けられてない線画イラストが現れる。

なにせ、ほとんど布切れのない服を着た美少女が、脚を開いたいやらしいカッコで、こちらに微笑みかけてる様なイラストだ。インナーはぼくの大好物の紐パンとガーターベルトの、最強コンボ。

こんなの、彼女に見られたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。


いや。

むしろドン引き、、、

ってか、ほんもののロリコン認定されて、『もう帰る』って言い出しかねない。

彼女の事は、『早く家に帰らせないと』と思う反面、いつまでもここにいてほしいと思う自分もいて、どう対処していいかわからない。


 栞里ちゃんの動向をパソコン越しに伺いながら、ぼくはペンタブレットを走らせはじめた。

下塗りをはじめてすぐ、iPhoneが“ブルルッ”と震え、メッセージの着信を知らせた。

『みくタンからのメッセージかな?』と思って開くと、それはヨシキからで、『状況はどうだ?』とだけ書いてあった。


『とりあえず、今日も泊まる事になった』

イラスト塗りを中断して、ぼくはメッセを返す。


『マジ? うまくやってるじゃん』

『そうでもない。振り回されてる』

『やっぱり家出少女だったか?』

『多分。でも、なにも話さないからわからない』

『ちゃんと訊いたのか?』

『返事しないんだ』

『手強そうだな』

『苦戦中~』

『明日、麗奈と遊ぶけど、おまえも合流するか?』

『え? いいのか?』

『気晴らしに3Pしよーぜw』

『バカヤロー』

『家出少女も混ぜて、みんなでやるか!』

『おまえのアホ話につきあってるヒマない。今イラスト塗り中』

『邪魔したな~。がんがれ!』


ヨシキとのメッセで作業がしばしば中断させられ、栞里ちゃんの様子も気になる。

ん~~、、、


…集中できない!


自分の好きな時間を邪魔されるのが、ぼくはなによりイヤなのだ。

特にイラスト描きを妨害されるのは、かなりムカつく。

今回の線画は結構気に入ってて、プルンとしたおっぱいとプリプリのお尻がいい感じで、pixivにアップすれば絶対、『極上の乳』とか『撫で回したい尻』とかのタグがつけられる筈だ。

ランキングの上位に喰い込めるのも、夢じゃない。

だから否応なく気合いも入るのに、なんでこんなにチャチャばかり入るんだ!


「栞里ちゃん。なにやってるの?」


ガチャンとペンを置いて、ぼくは彼女に声をかけてみた。


「…」


相変わらず反応がない。スマホに顔を向けたまんまだ。

が、少し経って、『別に』と答えが返ってきた。

聞こえてないわけじゃないらしい。


「ちょっと作業するから、こっちに来ないでくれよ」


そう念を押したぼくの声は、かすかにイラついてた。


「…了解」


また、、、

返事が戻ってくるまで、たっぷり30秒はかかる。

直線距離にして、ぼくと栞里ちゃんの間は3mくらいしかないんだけど、空間が歪んでて、ほんとは10kmくらい離れてるんじゃないのか?

だから音がすぐには届かないのか、、、


いや。


彼女はぼくに、まったく関心がないんだ。

物理的な距離は3mだが、心の距離は、星と星の間ほども離れてる。


そんな事を考えてると、ぼくとの会話を拒む様に、彼女はイヤフォンを取り出して、耳につけた。

星と星の距離どころか、彼女は自分の宇宙を閉じてしまった。

そんなに、ぼくと関わるのがイヤなのか、、、


そりゃ、ぼくはちょいデブのオタメンで、女の子が憧れる様な外見とはほど遠いし、女の子の扱いも下手で、話しをするのも苦手で、相手を楽しませてあげる事もできない。

だけどここはぼくんだし、好意で泊まらせてあげてるわけだし、少しくらいはぼくにも気を遣ってほしい。

ごはんを食べさせてやって、寝床を提供するだけなんて、、、

ぼくはこの少女の執事か使用人か?

ちがうだろ。

かといって、それを口実に言い寄るなんて、人としてできないし。

いったい栞里ちゃんと、どう距離をとったらいいんだ?!

全然わからない、、、   


…こんなモヤモヤした気持ちじゃ、絵なんて描く気がしない。

だけど、ここで作業をやめてしまうと、なんだか負けを認めるみたいで悔しい。


 鬱々うつうつとした気分を断ち切るため、ぼくもヘッドフォンを耳に当ててMacに繋ぎ、アイドルソングを流しながら、地味なベース作業にかかった。

選択範囲をとりやすいように、まずはベタ塗りで色を分けていく。

それが終われば、髪や肌、ハイライトやシャドーなどのレイヤーを作り、おおまかな肌のトーンを塗りつつ、少しずつディテールを描き込んでいく。

やさしく愛撫するかの様に、少女のからだにブラシツールで何度も色を重ねて、陰影をつけていく。

おっぱいはゴム毬みたく、張りがある様にハイライトを描き込み、お尻や太ももの明るい部分にも、こすりつけるようにハイライトを入れていく。

このプラスティック感というか、ツルップリンとしたした質感がキモなのだ。


いつの間にか作業に熱中し、時間も忘れて、美少女のからだをペンタブでヌトヌト撫で回しながら、そのあまりの美しさに、ぼくは恍惚となっていった。

脳内はエンドロフィン出まくり。

まさに自画自賛の世界。

萌えイラストは誰得だれとくでもなく、自分が気持ちよければ、それでいいのだ!


つづく

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