この美少女の要求はありえない

しかし、それはほんの一瞬の出来事で、彼女はぼくを認めると跳ね起きて座り込み、Tシャツの裾を押さえて、警戒する様に険しい眼差しでぼくをじっと睨みつけ、戸惑う様に小さな声で言った。


「お、おはよ…」

「あ、ああ。おはよう、、、」


条件反射でぼくも挨拶を返し、恐る恐るいてみる。


「きっ… 君、誰? どうしてここにいるの?」

「…」


少女は黙ったまま、穴が開く程ぼくの顔を見ていたが、その時、“ピピピッ”と、スマホのアラームが鳴った。


「ヤバいっ! もうバイトの時間だ。行かなきゃ!」


訊きたい事は山ほどあったが、今はそんな余裕ない。


「行っちゃうの? お兄ちゃん」

「あ、ああ。君も準備して。ぼくもすぐに出るから」


『お兄ちゃん』、だと?!

なんて萌える言葉なんだ!


って、今はそんなことにかまっている場合じゃない。とにかくバイトに行く事が優先だ。バイト先の書店の支配人は細かい事にうるさく、遅刻なんかしたら、ネチネチ厭味を言われるに決まってる。


「あたし… ここにいても、、、 いい?」


しかし少女は支度をする様子もなく、ベッドの上に座り込んだまま、アタフタと外出の用意をするぼくを目で追いながら、訊いてきた。


「え? だ、ダメだよ。ここはぼくの部屋なんだし…」

「でも… 昨日は『いつまでもいていいよ』って言ってくれたのに…」

「えっ? ぼく、そんな事言った?」

「覚えてないの?」

「う… うん、、、」

「なんにも?」

「…なんか、他にも言ったりした?」

「…ひどい」


そう言うと、少女は悲しげな… それでいてとがめる様な瞳でぼくを見つめ、口を尖らせた。


「昨日はあたしに、あんなひどい事、しといて」

「ひどい事?」

「あたしのこと、、、 無理矢理、、」

「ええっ?! 嘘っ?」

「『嘘』とか言うし… 昨日のことも覚えてないし…

特別な夜だったっていうのに、サイテー。ちゃんと責任取ってよ!」

「せっ、責任って…」

「あたし、まだ14歳なのに…」

「14歳っ?!」


それはまずいっ。


大学生が14歳の少女と… ムニャムニャしてしまうのは、れっきとした淫行、、、 犯罪だ!

マンガの世界でさえ18歳未満設定のキャラでも、『非実在青少年』なんて言って、『エッチしたら犯罪』とかいう条例ができそうな勢いなのに、リアル14歳とのエッチなんて、もし訴えられでもしたら、問答無用で手が後ろに回ってしまうじゃないか!

それだけはなんとしても避けねばならない!

じゃないと、これから先のぼくの人生、終わってしまう!!


「ごっ、ごめん。後でちゃんと責任取るから。とりあえずバイトに行かないとっ」

「じゃあ、お兄ちゃんが帰ってくるまで、ここにいていい?」

「いっ… いいよ」

「おなかすいたから、家にあるもの、食べていい?」

「いいよ」

「あっ。やっぱりピザとかがいいかな~。でもお金ない」

「わかった。3000円置いといてあげるから、これで好きなものとって」

「やったぁ☆ あと、帰りにアイス、買ってきてくれる?」

「わかった!」

「それから…」


いつまでも終わらない彼女の要求をことごとく受け入れた後、ぼくは速攻で支度をすませると、ダッシュで部屋を飛び出し、バイト先の本屋に向かった。



 バイトをしている郊外の大型書店に着いた時には、すでに5分の遅刻だった。


「大竹君。遅ようございます」


厭味ったらしい森岡支配人が、わざとらしく丁寧に挨拶してくる。

ねっとり絡みつく彼の視線をかわして事務所に入り、ぼくは大急ぎで今日の仕事の段取りを整えた。


「君。なんだか臭いね」


近くに寄ってきた森岡支配人が、鼻をクンクン鳴らしながら言った。


しまった!


真夏のコミケに行って、アフターに居酒屋にも寄ったというのに、昨夜は風呂にも入らずに寝落ちしたんだった。

そう言えば、からだはベタベタして気持ち悪いし、頭は痒いし、シャツの脇をこっそり嗅いでみたら、鼻が曲がりそうな刺激臭がする。


「うちは接客業なんだから、身だしなみには気を配ってくれ。だいたい君は太ってて、ただでさえ汗っかきなんだから、気をつけてもらわないと…」


『人の体型の事言えるのかよ』

支配人の出っ張ったおなかを一瞥いちべつしながら、心の中で舌打ちしたが、ぼくは気が気じゃなかった。

うちに残してきた少女がの事が、気になってならない。

だいいち、彼女の事はまだ、名前も住所も、なんにも知らないのだ。

そんな、訳のわからない女の子を、ひとりで部屋に置いとくなんて、、、 心配だ。


あの部屋はぼくがやっと手に入れた、自分だけの聖域サンクチュアリなのだ。

親や兄弟と同居してた高校生までは、自分だけの部屋なんて持てなかった。

小学生の頃からマンガを読んだり描いたりするのが趣味だったのに、おちおちそれもできない。

子供部屋で絵を描いてると兄や弟に冷やかされるし、居間では親から『そんなものばかり描いてないで勉強しなさい』と怒られたりで、いつも誰かの視線を気にしなけりゃならなくて、趣味に没頭できなかった。

そんな状況でエロい美少女マンガなんて描けるわけもなく、みんなが寝静まった夜中とかに、人目を忍んでこっそり描いてたもんだ。

大学生になって今の部屋で念願のひとり暮らしをはじめ、ぼくはようやく、心おきなくマンガに没頭できる様になった。

それだけじゃない。

徹夜でゲームしたり、美少女のフィギュアやポスターを飾ったりと、自分の萌えを全開にできる空間を、やっと手に入れ、自分本来の姿でいられる様になったのだ。

そんな大事な場所に、何者かもわからない様な女の子をひとりで置いておくなんて、危険で心配すぎる。

勝手に部屋の中をいじられるのもイヤだし、パソコンを開かれて、エロサイトやゲームのURLが並んでいる『お気に入り』を見られたりするのも困る。

いやいや。

それだけじゃなく、勝手に課金サイトにアクセスされたりしたら…

そう言えば、昨日のコミケの売り上げを、同人誌を入れた鞄に入れっ放しだ!

何十万もあるんだぞ!

持ち逃げとかされたら、どうすりゃいいんだ!


「うわぉ!」


そんな事考えながら仕事してたせいか、ぼくは品出し中の本を載せたワゴンを、若い女性客にぶつけてしまった。


「痛っ」

「す、すみません ;」


頭を下げたぼくを、まるでゴキブリでも見るかの様な目で睨みつけた彼女は、舌打ちして足早に立ち去る。

まあ、よくある反応なので、もう慣れっこになってる。

だいたい、見るからに運動神経鈍そうなポッチャリ体型で、顔だって牛乳瓶の底の様なメガネをかけたオタク丸出し風の冴えないぼくは、どちらかというと女性に嫌悪されるタイプ。

それがどういう状況で、あんな可愛い女の子と知り合って、うちに連れ込んで、その、、、 エッチする事になったんだ?


つづく

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