第25話 銃スキル


協会の男性職員が紹介してくれた店は、西の大通りに面したハンター協会から西北西に少し行った辺りにあった。住宅街ですらビシッと整列しているような気がしてしまう街並みの中で、小さく主張している一軒の武具店。街の守護神マルスの色である赤を街の随所で掲げているが、この店も全面に赤を配置し、無色透明なガラス窓には、二本の槍を両の手に持った勇ましいマルス神と思しき赤髪の男性の絵を外に向けて飾っていた。


「こんにちはー」


わたしたちはマップと地図を見比べて、ここだろうと当たりをつけて入店する。


「……ここは子供の遊び場じゃない。冷やかしなら帰ってくれ」


……まあ、普通はそうなんだよね。なんせ、中学生の女の子を二人連れてるわけだし。わたし自身も、ハンターには見えないなりをしているわけだし。決して、店番の彼だけが悪いわけじゃなかった。


「紹介で来たんです」


わたしは単にそれだけ告げて、もらった署名付きの地図をみせる。


「……紹介? 一体誰だ」


彼は不機嫌そうにわたしを眺めてから、地図を受け取り、署名を確認した。


「あいつか」


そう呟いて、ルリとアカネに目を向けて――


「――はあ!?」


突然、彼が叫んだ。


「……どういうことだ? ただのなまくらじゃないってのか? 全部、魔石付き……なのか?」


……どうやら、彼は装備の見た目と性能とのひどすぎる落差に混乱しているようす。


「……はは。これはとんでもねえ。してやられた。……はあ。すまなかったな、嬢ちゃんたち。俺が悪かった。この通りだ」


そう言って、彼は深々と頭を下げた。


理由は皆目見当がつかないけれど、遊びでハンターをやっていたわけではないということは伝わったらしい。というか、魔石付きってそれだけでステータスになるんだね。そのうちちゃんと魔石を使って、何か作ってみようかな。


「いえ、わたしたちが常々、そういう風に見られているというのはわかっていることですから。あまり気に病まれないようにしてください」


わたしは気にしないようにというが、


「……そうか。そういやそうなんだよな。ああ、ほんと悪かった」


また、謝罪が返ってきた。……そこまでか。何がそこまで、彼を追い詰めたのだろう。元気出して。


「詫びと言っちゃなんだが、気に入ったものがあれば、それを持って行ってくれ」


……正気ですか? ああ、いや、この落ち込みようだ。正気ではないかもしれない。ほんとに、彼に何があったのだろう。


でも、そうは言っても、実際問題として、欲しいと思うような装備は今のところない。剣も盾も鎧も、わたしが作れるもので間に合っている。投擲用のダガーも買うほど困ってはいないし、どちらかというと、鉄を買う方がなにかと都合がいい。人が作ったものをベースにして錬成を行うのは成功率が下がるのだ。


そういうことから、今まで武器の購入をしてこなかったし、あえて避けてきたというのもある。なので、くれると言われても、なにをもらえばいいのか。正直、決めあぐねていた。


……どれも、物はいいんだけどね。


並んでいる商品はどれも高品質で、このあと魔石などで加工を行うことで、強化ができるのだろう。けれど、それは「鍛冶スキル」の話。「錬金術スキル」では失敗する未来がはっきりとみえていた。


そうしていろいろと眺めていると、棚の目立たない隅の方に変わったものが置かれているのを見つけた。


「これは……銃?」


手に取ってみると鉄っぽい感触でそれなりの重さが伝わってきた。


「ああ、それは空気銃エアガンだ」


せっかくなので、少し詳細を聞いてみる。


これはどうやら、彼が作ったもののようで、あまり自信がないということで、目立たないように置いていたらしい。けれど、実用には耐えられる出来になったということで、商品棚に並べることにしたとのこと。


実弾を空気の圧力で撃ち出すというのは変わらないが、圧縮空気の作り方はさすがファンタジーといったところ。銃身が魔具になっており、魔力を込めることで、推進力を生みだすようになっていた。


弾は、彼が作ったお手本があり、火薬も何も要らないため、規格だけきちんと覚えていればいくらでも作れた。材料はただの鉄でいいらしいので。


「なあ、ほんとに、それでよかったのか?」


空気銃をもらうと宣言し、彼は心配そうに尋ねた。


「はい、もちろんです。わたしはこれが欲しいと思ったのですから」


わたしはきちんと告げた。実際、弓とか槍とかよりも、ずっと魅力的だった。


「そうか。それならよかった」


彼は安堵したように笑った。


「はい。……大切に使わせていただきますね」


わたしはアランの時に教わった、感謝ではない言葉を言う、を実践してみる。


「……! ああ、ぜひそうしてくれ」


今度はうれしそうな満面の笑みで答えてくれた。やはり、生産者としては一番、心に響く言葉らしい。わたしも生産者だから、共感できる部分があるのだ。


こうして、よい貰い物をしてわたしは武具店を後にする。……さて、どこかで試射しないとね。




バシュ!


微かな破裂音をたてて、空気銃から弾が射出される。それは的――ゾンビへと着弾し、ゾンビは光の粒子へと姿を変えた。


「おおー。当たったですー」

「いいですね。効果覿面じゃないですか」


わたしは今、射撃訓練のために、第六フィールド南エリアで、ひたすらモンスターに向けて空気銃を撃ちまくっていた。弾はもちろんわたしお手製。形がいびつだと弾詰まりを起こす可能性があるかもしれないので、かなり慎重に選定した。その甲斐あって、今はトラブルを起こすことなく快適に訓練ができていた。


また、弾を自作したということは、その弾に手を加えることができるということであり、対アンデット用最強アイテム「聖水」が屋台で売られていたので、呪符にして弾倉単位で弾に合成した。この聖水弾によって、的になったモンスターたちは、わずかに一発で光の粒子に変わっていった。……もっとも、当たればの話だけどね。


「空気銃だからか、反動もなくて狙いやすいんだけどね。威力も十分で申し分ないんだけど……腕が」


スキルや技の補正がなく、ましてやリアルで銃を撃つなどという経験があるはずもないわたしでは、狙った通りの弾の軌道を描くことができず、なかなか銃の扱いに難儀していた。


一方で、銃に思わぬ才能を開花させたのはアカネだ。アカネは「短剣スキル」を活かすためにDEXを育てていた。そのため、空気銃の命中精度が高く、数発で「銃スキル」を取得可能状態にしてみせた。銃は初期スキルには存在していなかったので、はやくわたしも解放したい。


「この空気銃で爆破……弾? は、撃てるんですかね?」


アカネがふと思い出したように訊いた。けれど、


「今は少し難しいかな。射出の時にやっぱりダメージ判定入るみたいでね。それに魔力を使って撃ち出してるし、誘爆しちゃうと思うよ。でも、ダメージ自体は微々たるものだから、改良次第ではできるかもね」


答えは不可。火薬ほどではないと思うけど、僅かながらにダメージ判定がある。爆発粘液ならばしっかりと爆発するだろう。呪符爆弾も魔力があるので、魔力放出を誘導されかねない。そのままの状態では、暴発する危険性が高かった。


「そうなんですね。ということは、当面はナイフとの併用ということですね」

「そうなるね」


それでも、爆発に限らなければ空気銃のメリットは大きかった。一番は射出速度だ。「投擲スキル」によるナイフ投げもとんでもない速さで飛んで行ってくれるのだけど、やはり銃弾には敵わなかった。もちろん、スキルレベルが上がれば投げナイフもその領域にいきつく可能性はあったけれど、それもいつになるのかはわからないし、待つ必要もない。


それに、常に戦闘中は「隠密スキル」で気配を消している身。モーションが小さく、目立たないというのは好ましい。そのうえ、射出されるのは呪符で加工しているとはいえ、ただの小さな鉄の塊。ダメージ自体は小さかった。なので、状態異常を付与するなどの呪符の効果を媒介するだけの役割を果たすことができ、注意をなるべくひかないという条件を満たすことが期待された。


「さて、練習あるのみだよね」


アカネが取得可能状態にしたことで判明した「銃スキル」の解放条件はある程度のDEX値があることと、射撃の反復練習。この反復練習は武器スキルでは珍しいものではなく、「二刀流スキル」や「魔法剣士スキル」など、プレイスタイルによって派生的に生まれてくるスキルが確認されていて、この「銃スキル」もその手のスキルのひとつだった。


そうして、銃弾を作っては撃ち、作っては撃ちを繰り返し、少しコツが掴めてきて、多少安定してきた頃、


「はあー、やっと出たー」

「やりましたね! おめでとうございます!」

「おめでとうですー」


ようやく「銃スキル」が取得可能なスキルとして出現した。これにより訓練の終わりが告げられる。わたしは、さっそく「銃スキル」を取得する。これで取得したスキルは十二個。わたしで十二個ならばルリとアカネのスキルはもっと多い……と思いきやそうでもない。


スキルの取得は最初の五個から十個まではかなり取得難易度が低くなっていて、それ以降は徐々に難易度が上がっていく。スキルはステータスを上げるという意味で多く取得したいものではあるのだけれど、取れば取っただけ、以降の取得にかかるスキルポイントは増していく。プレイスタイルにそぐわないスキルを取得して、後から取得可能になった欲しいスキルが取れなかった、というのではいけないので、スキルポイントの無駄遣いはしないようにしているのだった。


そんなわけで、二人もスキルはあまり増やしてはおらず、今あるスキルを育てることを優先していた。


「今日はこのくらいにして帰ろうか」


わたしのスキルが手に入ったところで今日の狩りは終了となった。

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