第23話 ルシフェル


次の日、わたしはフィールドボスがいるであろう、遺跡の前にいた。ここまでの道中にグレーターグースの群れが頭上を飛んでいて、昨夜食べた「がんもどき」に思いを馳せる。……あんなに「ほんもの」を狩っておいて、なぜ「もどき」を食べることになったのだろう。不思議だ。まあ、美味しかったし、なにより作るのはルリだから、いいんだけどね。


「これは……堕天使、ですか」

「はわー。かっこいいです……」


ボスエリアの前で、第五フィールドボスの姿を認めた二人の反応だった。ボスエリアは遺跡の中庭のようになった場所にあり、屋根はなく、五メートルはありそうな高い壁に周囲を囲まれていた。広さは相変わらずで、壁の手前に一メートルほどの柵が巡らされているのも変わらず。わたしたちが今いるのもやはり変わらず入り口に相当するわずかな柵の切れ間で、さすれば当然、中央にいるのはおそらくここのフィールドボスだろう。


ボスは大きなグレーの翼を背中に生やした男性だった。やはり、ここと数歩先でエリアが異なるらしく、ここからでは彼のステータスは確認できなかった。


「……じゃあ、準備はいい?」


わたしは確認する。今回は事前情報が全くの無し。見たものがすべてで、やりあうなかで探っていくしかない。


「はい! 行けます!」

「わたしも、行けますよー!」


本当に二人は頼もしくなった。もともとが頑張り屋なだけに、戦闘には積極的だ。二人に頼ると、全力で応えようとしてくれるので、二人が過労で身体を壊さないようにちゃんと見ておかないといけないくらい。もっとのんびりするくらいの気概でいてくれる方がいいんだけどな。


そんなわたしの心情などお構いなしに、いくつか決めておいた作戦を確認し始める。そして、


「それじゃあ、行きますよ」


いつも通りのアカネの号令によって攻略が始まった。



***

//アカネ


そいつは人の形をしていた。見た目は身長180後半ほどの男性。暗めの金髪に、ややくすんだ、もとは白だったと分かる、灰色がかった翼を持っていた。モンスター名は「ルシフェル」。明けの明星を意味する光の天使の名だ。天に反旗を翻して堕天し、魔王サタンとなったことでも知られる。そんなルシフェルは、顔もスタイルも、ものすごく整っていて、十人いれば十人が口を揃えてイケメンだと言うことだろう。それくらいの麗人だった。


だから、ルリのかっこいいという言葉には全力で首を縦に振れる。けれど、それは安全なエリア外にいたからこそ言える言葉だった。……現在目下、大きな魔力と強烈な殺気を向けられている。とてもではないけれど、見惚れるとかそんな命の余裕はなかった。


「ルリ!」


私は叫んだ。ボスが魔力を集め始めていたのだけど、その運用に覚えがあったからだ。飛竜のブレスに近く、けれど、それよりも遥かに大きい。そんな魔力の流れ。


そして、その感覚は的中する。一瞬の閃光がエリアを包み、すべてのものを焼き尽くした。地面は焦土と化し、盾の背後にあったものだけが、その被害を免れていた。


(……ルリの[盾・巨壁]を早めに出しておいてよかった)


私は心底ほっとする。光を見てからでは完全に手遅れになっていた。あれを見てから防御するのは不可能なので、特技を放つ前に行動を先読みして防御をしなくてはいけない。


(……光速の攻撃とか反則だって)


口には出さないけれど、心の中で愚痴る。けれど、そんな初見殺しの一手を勘だけで凌いでも、それを喜ぶ暇はなかった。このあとも、似たような特技を放ってくるのだろうし、何より、全方向の範囲攻撃というのが、そもそもとして、相性が悪い。私は敵の思わぬ攻撃に内心で冷や汗をかきながらも、盾の後ろから飛び出した。


どうやら、相手のあの攻撃は発動の前後が大きな隙になるようで、一切の行動を見せることなく、ボスの眼前に辿り着く。そして、


「[短剣・追刃]」


私の全力を天使の脇腹に叩きこんだ。


――ぐっ!


ルシフェルは大精霊クシナダの時と同じような、空気を伝わるのではなく、頭の中に直接響いてくるような、そんな声を出した。……魅了効果とかありそうな、そんな感じの声だけれど、ボス戦なんだよね、これ。目の前で殺気を浴びるから、恐怖が先行する。


そんな中にありながらも、攻撃の手は緩めない。短剣の基本は手数。毒を付し、麻痺を与え、睡眠をくれてやる。「短剣スキル」で付与する状態異常はあまり強くはないが、それでも注意はそれなりに向けられる。


今回の敵は全周囲攻撃があるので、ルリをルナさんの近くに置く必要があった。そのため、攻撃がルナさんの方にいかないように、ボスの注意を誘導する役割を私が担うことになったのだ。いつもはルリの役目だったんだけどね。


けれど、今回はこれでよかったのかなって、そうも思った。敵の攻撃を見る前に予想して躱す。しんどいけれど、実際にやってみて、それができた。けれど、ルリでは上手くいかない可能性の方が高い。


というのも、ルリの場合、「盾スキル」を使って受けるのが基本になるのだけれど、これも相手の攻撃のタイミングに合わせて技を使ったり、盾で受けるなどの技術が要求される。ただただ攻撃をもらっているわけではないのだ。そのため、光速の攻撃を受けようとすると、おそらく今の私とほぼ同じ動きをすることになるだろう。


私は「回避スキル」を持っていて、装備もAGIやDEXを強化する効果のあるものを用いているが、ルリはそうではない。正直、ルリに攻撃が集まるようになると、防ぎきれずにダメージが蓄積する可能性の方が高かった。


(……でも、これは常々考えていた回避盾のパターンなんだよね)


私は極限状態の中、笑みを浮かべる。実際、こういう陣形での戦闘は考えていた。というのも、ルナさんを守りながら戦闘を行おうとすれば、ルリが壁として敵の注意を引き付けておいて私が遊撃するか、私が回避盾として動いてルリがルナさんを庇う位置で私を援護するかという、この二つしかないからだ。


普段はオーソドックスに前者のパターンをとることが多いのだけど、後者のパターンもそれなりの回数、試している。


けれど、この陣形は結構な短所がある。ダメージが伸びにくいのだ。常に注意を私に向けるために、ルリの攻撃回数が減ることになる。相対的に私のダメージ総数が多くなるように維持する必要があるためだ。また、ルリと違って「誘引スキル」によって強引に注意を戻すということができないので、維持が難しいというのもある。


けれど、この陣形でやるしかないので、私は必死になって手数を叩きこむ。


――なめるな、小娘。


ルシフェルはHPの四分の一を削られたところで、行動を変えてきた。今までは魔力を周囲に浮かべて、レーザーのようなもので攻撃していたのだけど、それでは接近戦を主体とする私とはやりにくいと判断したらしく、光を集めて槍を形作った。判断が遅い気もするけれど、ここまで削らせてくれたのだから文句はない。


さすがに、短剣で槍に挑むのは辛かった。槍とはいえ、すべて相手の武器である光で作られている。そのため、先端の刃だけでなく、柄も触れれば焼けつくような痛みと共にダメージが入った。


「アカネちゃん」


(……それしかないよね)


私は一旦、ボスから大きく距離を取る。そこに、ルリの援護が入り、注意はルリに向いた。その間に、アイテム欄から爆破ナイフを取り出す。


この行為は、実際にはかなりの危険を伴う。何せ、このナイフに攻撃が加われば、その場で爆発する。魔法による遠距離攻撃ならば私一人だけが巻き込まれるという、ほぼ自爆同然の結果になる。そのため、ルリの援護がなければ、ナイフを取り出すこともままならないのが現状だった。


「顕現せよ、ダークゴーレム」


私は闇を集めてダークゴーレムを作成する。現時点での最高戦力だ。しかしながら、今回に限って言えば微妙なところ。属性による相性関係で言えば、ルシフェルは光の属性攻撃をしてくるのに対して、ゴーレムは闇でできており、光の属性に対する耐性は低い。そのため、どの程度持つのかというところが、ネックだった。


――よくできた人形だ。しかし、我は光を齎す者。闇の造物など、我が前に在ることは許されぬ。


そう言って、ゴーレムに向けて、右腕を突き出し、手のひらを向けた。魔力を集め、消し飛ばすつもりのようだ。ゴーレムも一撃を加えるために疾走する。けれど、それは大きな隙だった。


「[短剣・痺牙]」

「[剣・乱閃]」


私とルリが一気に攻撃を叩きこむ。麻痺は上手く入ったようで、動きが止まる。そこにルリの剣の斬撃がたくさん打ち込まれ、そして、


ドーン!


ダークゴーレムの重い一撃が炸裂する。さすがのボスもこれには堪えたらしく、麻痺が解けるとすぐさま上空に逃げた。残りHPは六割を切った。


(……となると、そろそろか)


そう思っていると、それはきた。最初と同じ大きな魔力の流れ。防御は……間に合わない。ルリが攻撃のために出てきてしまったため、ルナさんが離れてしまっている。となれば、取れる手段はひとつしかない。


「ルナさん!」

「よし、きた!」


よくわからないテンションでルナさんはナイフを投擲する。ルナさんはすでにルシフェルの背後に移動していて、嬉々としてタイミングを待っていたようだ。「投擲スキル」によって放たれたナイフは、技の発動準備で身動きを制限されたルシフェルの背に突き刺さり、爆発する。


爆発により技の発動を強制的に中断させられたようで、魔力は霧散した。また、ルシフェルは羽をズタボロにされ、地面に墜落させられる。みれば、残りHPは四分の一を下回っていた。爆破ナイフは、一気に三割強のHPを持って行ったようだ。ルリとゴーレムの全力をもってしても一割ちょっとだっていうのに、相も変わらず瞬間ダメージ値が異常です。


ここでもう一発、といきたかったのだが、ただでは終わらせてはくれない。ルシフェルにも奥の手があった――モードチェンジだ。


羽が漆黒に染まり、暗い金色だった髪もより昏くなる。そして、


――我をここまで追い詰めるとは人の子にしてはよくやる。それは誉めてやろう。だが、思い上がるな、娘ども! 我はサタン! 魔界の真の支配者だ! ベルゼブブに代わって魔界の王となる者だ! 我を辱めたこと、死んで悔いるがいい!


魔王と称されることもある、サタンへとその姿を変えた。


このサタン(ルシフェル)の言葉の意味は、悪魔の総帥として最大派閥を有するベルゼブブと、それと争う第二位の勢力を持つサタンの派閥という構図を表している。悪魔の王となり、魔界を統べたい、手中に収めたいという想いが表れた心の叫びだった。


けれど、冷静さを欠いたルシフェル、改めサタンの攻撃は威力こそあれ、稚拙だった。狙いもなく、感情のままに放たれるレーザーは、荒々しい魔力制御のために軌道が読みやすく、私の攻撃はやすやすと通った。


攻撃はルナさんを狙ったものがほとんどなので、ルリの盾の陰に隠れていれば凌ぐことができる。また、私とダークゴーレムが攻撃を仕掛ければ、攻撃が中断されるので、盾の再構築の時間も十分に作れた。


一方のサタンは、攻撃がルリに防がれるたびにいらだちが募っていくようで、冷静さは戻る様子がない。私とゴーレムが攻撃を加えるごとに、攻撃の狙いは雑になっていく。


雑になっていくからこそ、避け難いという面もあるが、それでもチャンスには違いない。そして、


――小癪な! ぐぁあああ! 滅びろ!


一段と気配が膨れ上がり、今までよりも大きな魔力を集めているようす。どうやら、扱える魔力というのは気分で大きく変わるものらしい。まあ、ボス戦でのようすから言っているだけなので、プレイヤーで起こるのかは……気が向いた時にでも試してみよう。


それはともかく、こういう時の対処法は決まっている。爆発オチだ。残りの十パーセント弱を削り切れるのは爆破しかない。なので、


「ルナさん! [闇魔法・黒霧]」


私はサタンの周囲に黒い霧を発生させる。もとが光の天使である以上、閃光では目眩ましにはならないだろうという判断だ。そして、それは成功したらしい。


――我が前に闇など存在できぬ!


そう言って、霧を払いのけるが、


――ぬあっ!


その間にナイフが到達する。


ドカーン!


これで残りのHPは全て失われ、


ピコン。


軽い電子音と共に、


――フィールドボス「ルシフェル」の討伐に成功。<ヘリックの街>に行くことが可能になります。


いつものウィンドウが開いた。これで第六フィールドが解放されたことになる。


「なんか、今回は特に大変だった気がするよー」


ルリがぼやいた。……そうかもしれない。普段とは違う連携が必要だった。いつもと違うというのはそれだけで神経を使う。私よりも、ルリが一番戸惑ったかもしれない。


「うん、そうだね。次の街ではゆっくり休もうか」


私は期待を込めて言った。第五フィールドでは北の果てまで遠征したり、クエストボスと戦闘したり、その結果、神器を手に入れたり、大精霊とお話をしたりとイベントが盛りだくさんだった。だから、願わくは、次のフィールドは、平穏な旅でありますように……。

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