第5話 バーサクボア


「これは……想像以上ですね」

「うう……。あんなのイノシシじゃないです……」


ボスエリアの前で、バーサクボアの姿を認めた二人の反応だった。ボスエリアは、開けたかなり広い空間で、周囲を高さ一メートルほどの柵が囲んでいた。わたしたちがいるのは入り口に相当するわずかな柵の切れ間で、中央に鎮座するのがおそらくフィールドボスのバーサクボアだ。ここと数歩先でエリアが異なるらしく、ここからでは紅いイノシシのステータスは確認できなかった。


「……じゃあ、撤退しようか?」


わたしは提案する。このパーティの主戦力はルリとアカネの二人だ。彼女たちが戦えないのであれば、わたしが取れる選択肢は撤退以外にない。けれど、二人はそれを即座に否定した。


「いえ、ただ驚いただけです。行けます!」

「わ、わたしも! 行けます!」


頼もしいのか、頑張り屋なのか。危ないと思えば退く、くらいの気概でいてくれる方がいいんだけど。ゲームとはいえ、やたらに死んで欲しくないし。デスペナだって軽くないと思うんだけどな。


そんなわたしの心情などお構いなしに、スレッドから得られた攻略情報をもとに対策を確認し始める。そして、


「それじゃあ、行きますよ!」


アカネの号令によって攻略が始まった。



***

//アカネ


そいつは大きなイノシシだった。燃え盛る業火の如く紅い毛並みに包まれたその巨体は、高さだけで二メートルは超えるだろう。成人男性でさえ見上げなければならないそいつは、152という、まだ成長盛りの私からすれば余計に大きく映った。


それでも、これは最初のフィールドボス。ボスの中でもかなり弱い分類のはずだ。これから先、私よりも小さなルリに前衛を任せなければならないのだ。なんとなく、その場のノリで決めてしまった役割だったが、すでに若干、後悔気味。やはり、このゲームのリアルさから、ルリを盾にすることに抵抗を感じ始めていた。


(……ゲームだったはずなんだけどな)


そう思うも、ゲームとリアルの境目をちゃくちゃくと侵食してくる<アルテシア・オンライン>の前に、ゲームだからと割り切れなくなってきている自分がいることを認識する。


「それじゃあ、行きますよ」


私は気分を変えるように号令を掛けた。


戦闘に関しては私に任せるとルナさんに言われていたので、しっかりとその役目を果たすべく行動する。ルナさんは、戦闘は得意でない、と言っていたけど、実際、運動は苦手なようで、ただの移動でも時々、何もないところで転んだり自分の足に躓いたり、何かの角にぶつけたりしていた。今は「動作補助スキル」のお蔭でそういうことはあまりなくなっていたが、それでも目測を誤って、頭を枝に打ち付けるなどの事故は起こしていた。


それでも、戦闘中、手が足りない時などは「精霊術スキル」で私たちをサポートするなど、戦闘にも余裕を見せていた。正直、無理にパーティに引き入れてしまったんじゃないか、と少し不安に思うところがあった。今は、一緒にいて、楽しそうにしていてくれるのでほっとしているけれど、私たちが誘った以上、彼女にとって居心地のいいところであり続けたいと、私は考えていた。そのためにも、まずは、私たちに安心して戦闘を任せてもらえるくらいに強くならなければいけない。


私はルナさんお手製の鉄製のダガーをしっかりと握り直す。


ブモォ!


バーサクボアが吠えた。これは戦闘開始の合図。バーサクボアが足踏みして地面を鳴らす。そして――


「――来ます!」


私は叫んだ。それを合図にルリとルナさんはそれぞれ逆の方向に全力で走り出す。私もルナさんのいる方へと全力で走った。すると、後ろを大きな質量を持った何かがもの凄いスピードで駆け抜けるのを感じ――


ドーンッ!


空間が揺れた。そう思わせるに足る強烈な衝撃が走り、全身を震わせた。


(これがリアルさを謳ったゲームの戦闘か……)


正直、ここまでとは思わなかった。ゲームはゲームだと思っていた。死んでも生き返る。そういう安心感があるから、と高を括っていた。けれど――。私は考えを改める。怖いものは怖い。死の恐怖はこの世界でも変わらない。死にたくない。デスペナとか関係ない。ただ、イヤだから。だから――絶対に負けない。


私は覚悟を決める。不思議と撤退するという考えは浮かんでこなかった。心得があるから? それは、わからない。けれど、強くならなきゃ、守れるものも守れない。だから。


「[闇魔法・影刃]」


私は、柵(正確には不可視の壁)に衝突し、大きな隙を晒している巨体に魔法をぶつける。


ブギャア!


ダメージが入り、バーサクボアは声を上げる。


「[光魔法・光芒]」


ルリも反対側から遠距離攻撃をする。そして、その間に、私は一気に間合いを詰めた。


「[短剣・追刃]」


私は短剣で切りかかった。[短剣・追刃]は一太刀浴びせると、自動で同等のダメージを追加で与えるという、短剣の攻撃力不足を補う技だった。一瞬の間をおいて、不可視の刃が紅い巨体を襲った。


「[剣・一閃]」


バーサクボアが、攻撃を加えた私に注意を向けると同時、反対側からルリの技が襲う。すると、今度はバーサクボアの注意がルリに向く。が、その時には私が攻撃して、注意をこちらに向けさせる。そうして数回の攻撃を交互に入れていき、順調にボスのHPを削っていく。


このまま何事もなくHPを削り切れそうだ。そんな思いを抱いたとき、ふと何かに違和感を覚えた。なんだろうか。そう思って原因に思いを巡らす――と、気づいた。バーサクボアがルリを真っ直ぐに見据えているのだ。そして、それがわかると同時に、バーサクボアが足踏みを始めた。これは突進をする時の前動作。それを見て、反射的に私は声を上げた。


「ルリ! 逃げて!」


ルリは即座に回避のために距離を取ろうと駆け出す。が、イノシシはルリの動きを見て、体の向きを調整している。突進し始めると、方向転換ができなくなるが、その前ならそういうことも可能だった。だから、タイミングを見計らう必要があったのだが、この近距離では躱しようがない。


バーサクボアがルリを跳ねようと、今まさに突進しようとする――


ブモッ!?


突然、バーサクボアが戸惑いの声を上げた。見ると、あろうことか、バーサクボアの足元から太い枝が地面から伸びてきて、特技の発動準備をしていたバーサクボアをからめとったのだ。


「ルリ! アカネ!」


ルナさんの声。一瞬、あまりのことに呆けていた私は、その声で慌てて駆け出す。


「[短剣・追刃]」


私は再度、先程と同じ技を繰り出す。まだ、技のレパートリーはほとんどないのだ。だから、私は現在の手持ちで最大ダメージを与えられる技を選択した。銀光煌く鉄の刃が巨躯を襲い、そして、一拍遅れて不可視の刃が着弾する。


ブギャァアッ!


バーサクボアは一際大きな声を上げ、そして、光の粒子へとその姿を変えた。


ピコン。


気が抜けるような軽い電子音が聞こえ、目の前にウィンドウが開く。そこには、


――フィールドボス「バーサクボア」の討伐に成功。<ローウェルの街>に行くことが可能になります。


と、記されていた。ウィンドウのメッセージを確認すると思わず安堵の笑みが零れる。他の二人のところにも同じウィンドウが開いているらしい。ルリもルナさんも、顔がほころんでいる。


「なんか、あっけなかったねー」


ルリがそんなことを言ってのける。


「そうかもだけど、あまり強くてもね」


ルナさんはやや消極的だ。苦笑いしている。でも、これから先のことを考えると、確かにあまり強くても困ってしまう。この先、どんどんと強さは増していくのだから。たしか。


「……ベータでは第三のフィールドまでは攻略されていて、四からは急に難易度が上がって、それ以上は進めなかった……んでしたよね?」


私はスレッドから得ていた情報を口に出すと、ルナさんは頷いてくれた。私は記憶に違いがなかったことにほっとする。


「そうなんだー。……じゃあ、頑張らないとだね!」


ルリはそう言って拳を握り気合を入れている。が、そんな愛らしい姿をほほえましく見守る二つの視線に気づくと、首を傾げた。


「まあ、無理しないように程々にね。さあ、移動しようか」

「「はい!」」


私とルリは幼馴染みとして培ってきたシンクロ力でもって、ルナさんの言葉に息の在った返事をしてみせる。ルナさんはおかしそうに笑っている。その様子をみて、少し照れくさく思うけど……まあ、いいや。なんだかんだ、楽しそうにしてくれているし。


そんなこんなで、私たちは移動を開始した。ここからの道のりは平穏そのもの。モンスターとのエンカウントはなく、ただただ、おしゃべりだけしていた。


こうして、無事に第一のフィールドの攻略を終え、第二フィールドにある<ローウェルの街>へと入ったのでした!

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