第3話 自己紹介


わたしが今いるのは先程の裏道散策でみつけた公園のようなスペース。大通りに面した作業場は人が多く、落ち着いて話し合うにはむかないため、場所を変えることにしたのだ。


今いるこの広場は縦横どちらの大通りからも離れており、通り掛かるプレイヤーは皆無。時折、NPCが近くを通り過ぎるだけの静かな場所だ。そんな石造りの家々が立ち並ぶ中で、そこだけが切り取られたかのように存在する緑の空間に、わたしたちは向き合うように腰を下ろしていた。


「ルリを連れてきてくださり、ありがとうございました」


作業場の前で会った赤い髪の少女が頭を下げた。彼女は、迷子だった青髪の女性プレイヤー「ルリ」の待ち合わせの相手だった。名前は「アカネ」。ルリよりもやや背が高く、長めの髪を後頭部の高い位置でひとつに縛っている。瞳の色は髪色と同じ暗めの赤色――つまりは「茜色」だった。


ちなみに、ルリは「瑠璃色」。アカネもルリも、どちらも本名リアルネームらしい。そういう事情があったために、アカネは一目でルリだと判断できたとのこと。


そういう、名前から容姿を決定したという点では、わたしも似ている。


わたしのプレイヤーネームの「ルナ」は、苗字の月城つきしろに由来する。ルナは月という意味だ。髪の色は月白げっぱく。名前の「月城つきしろ」から「月白つきしろ」を連想して、色を表す「月白げっぱく」を導いている。見た目には微かに青みがかった白で、長さは背中が隠れるほどには長い。さすがに瞳は白にするわけにはいかず、アクアマリンをイメージした薄い青色にしていた。身長は二人が150前後なのに対し、わたしは179とかなり高めに設定している。イメージは、いわゆる、憧れのモデルさんだった。


「うん。大したことじゃないから。あまり気にしないで」


わたしたちはお互いに事情を説明し合い、一旦落ち着いたところだった。その説明の中で、二人の中の人が見た目相応なのは確認していたため、わたしの口調はこういう感じに落ち着くことになった。


「それでも、ですよ。ルナさんが連れて来て下さらなかったら、今もこうして会うことができずにいたでしょうから」


アカネはそう言うが……ああ、でも、実際そうかもしれない。ルリと会ったのは北の大通り。ルリはそこを行ったり来たりしていたらしいので、東の大通りに位置する作業場に自力で辿り着くにはもう少し時間がかかっただろう。


けれど、わたしには二人に訊きたいことがあった。


「まあ、それはその位にして。二人はログアウトして、リアルで連絡を取ることは考えなかったの?」


それは、二人の対応だった。わたしは最初にログインしたときからゲーム内での合流は難しそうだと判断していたため、その手法を取らなかったことに幾何いくばくかの疑念を抱いていた。もしかしたら、わたしの見落とした条件やデメリットがあって、安易にその選択肢を選べなかったのではないか、ということだ。単に思いつかなかった、という可能性もなくはないが、それならそれで問題はない。


「ああ、ルナさんはまだご存じないんですね」


やはり、何らかの理由があったようだ。わたしは、自分の知らない未知の情報におとなしく彼女の言葉を待つ。が、実情はわたしの想像を絶したところにあった。


「原因は不明ですが、どうやらログアウトできないみたいなんです」


アカネの、予想だにしなかった答えに、思わず絶句する。


「強制コードも受けつけませんでした」

「……そう」


アカネは先回りして答えをくれた。


強制コードというのは、ゲームがフリーズする等の異常が発生した際に、リアルに強制復帰させるための緊急の手段だ。これもダメだったということは、正直、打つ手がない、ということになる。


わたしは情報を求めて、ゲーム内スレッドを見る。これは今のVRゲームには大抵ついている機能だ。仮想空間内でメモを取るための機能を拡張し、ゲーム内で特定、不特定の相手と情報を共有できるようにするというシステムだ。場合によってはサーバー外の掲示板等につなげることで代用することもあったが、独自にスレッド等の機能を用意し、ゲーム内で完結するようにするところも少なくなかった。


<アルテシア・オンライン>も基本的にゲーム内で完結するようにしていて、ゲーム外には別途、ログアウトしてから書き込む必要があった。そのため、ベータテストでは、情報発信のために、幾度となくログイン、ログアウトを繰り返していたらしい。ベータ参加者様様だ。


わたしは幾つかの書き込みのある掲示板を見て――天を仰いだ。正直、見るに堪えない。


不具合では説明のつかない現状に、スレッドは荒れていた。普通の書き込みも多く、疑問や不安を綴っただけのものも散見された。が、どうしても注意を集めやすいのは、煽りに、罵詈雑言といった主張の強い言葉たち。普段であれば許されないはずの書き込みであるにもかかわらず、けれど、それを止める者はそこにはいなかった。


まあ、当たり前と言えるだろう。このままでいれば、リアルの身体がどうなるかわかったものではない。最悪のケースでは死に至るだろう。病気持ち等の事情があればなおさら。ログアウトができないことに、家族などの同居人が気づいてくれれば早いうちに助かるだろうが、一人暮らしなどであれば、それだけ助けが遅れることになる。今のこの状況に不安を覚えるのは自然なことだった。


ゲームに取り残される……いや、この場合は閉じ込められた、か。一体、どこのホラーだろうか。わたしはそんなことを思う。そんな重い空気に耐えられなくなったのか、ルリが口を開いた。


「わたしたちどうなっちゃうの……?」

「外からの助けを待つしかないかな」


ルリの問いに、アカネが答えた。けれど、その会話を聞いて、現実味が薄いと感じた。


「えっと……。じゃあ、わたしたちはお昼ご飯のときにお母さんがくるから、その時にもしかしたら助けてくれるかも、ってことだよね」


ルリがいくらか明るく言った。けれど、


「うん、まあ……そういうこと、だね……」


そう答えるアカネの言葉はかなり歯切れが悪い。おそらくアカネもわたしと同じことを考えているのだろう。そんな簡単なのか、と。


わたしはしばし、そのことに考えを巡らして……やめた。そんなことを考えても仕方がない。今のままではきっと結論は出ないのだから。情報が足りない。今考えるべきはきっと他にある。


わたしは小さく息を吐き、アカネを見据えた。


「あなたたちは二人でやっていくんだっけ」


そんな、唐突なわたしの問いに戸惑いつつも、アカネが肯定する。


「はい。そのつもりでした」


その答えを聞いて、予定していた言葉を紡ぐ。


「そっか。それなら、このまま解散でいいよね。それじゃあ、また、どこかで」


わたしは立ち上がろうとして、


「え……? ちょっ! ちょっと、待ってー!」


突然、ルリが大きな声を発し、引き留めた。まだ、何かあっただろうか? わたしはしばし思案し、答えに至る。


「ああ、フレンド登録がまだだったね」


わたしはとりあえず二人にフレンドの申請をしておく。フレンドになるには一方が申請して、もう一方が許可しないと登録できない仕組みだ。少しの間をおいて、許可がされたことを伝えるウィンドウが開いた。


「うん、じゃあ、これで――」

「――ちょ、ちょっと待って!」


わたしが立ち上がろうとしたところで、ルリのストップが入った。


「……えっと、なに?」


すでにめんどうになりかけてきた。


「え、えっと、その……。ここでお別れは寂しいです……」


そう言うルリは、本当に別れを惜しむ顔をしている。


「ルナさん。わたしたちと一緒にいませんか」


……なんというか、めんどい。一体、わたしにどうしろと?


「……うん。まあ、少し、話し合おうか」


じっとみつめてくるルリに、わたしは折れた。さすがに、あんな顔されたら、突き放そうにもできなかった。わたしは別に冷徹なわけでも感情がないわけでもない。ただ、気ままに生きたいだけなのだ。わたしはあきらめて中途半端に膝立ち状態だった体勢から再度、腰を落ち着ける。


「えっと、まず……じゃあ、スキル構成、は……ああ、えっと……どんなイメージで組んだのか、教えてもらっていい?」


わたしはたどたどしくなりながらも、なんとか尋ねる。このゲームでは職業という概念がないため、取得したスキル傾向から役割を決めるしかない。けれど、そのスキルを不用意に訊くわけにもいかないので、「どんな役割を意識してとったのか」という非常にざっくりとした曖昧な訊き方をせざるをえなかった。


ルリはどうしてそんな訊き方をしたのかわからないといった感じで、首を傾げているが、一方のアカネは理解しているとばかりに苦笑いをしていた。


「ルリは見ての通りの聖騎士風で、私は盗賊風ですね」


アカネはルリのスキル構成を確認していたのか、予め申し合わせていたのか。どちらかは知らないが、まとめて答えた。……ルリは聖騎士、か。ということは、魔法も取得しているのだろう。というか、していそうだ。単に騎士と言い切らなかったあたりはそう考えるべきだと思う。ゲームの職業ということで使い分けていない可能性もありうるが。それよりも。


「うーん、そっか。アカネが盗賊風なら、スキルが被りそうだし、やめた方がいいかな」


わたしはこともなげに言った。もとより、断るつもりでいたのだから当然だ。アカネは少し残念そうにしているが、ルリは……ん?


「……あ! できた!」


その言葉と共に、ピコンと電子音がする。……何かイヤな予感がする。フレンドチャットにメッセージが来たらしいので見てみると……。


「……これって」

「はい! わたしのスキルですよ!」


ルリが笑顔で答えた。これは、スキルを見せろということなのだろうか。


「あー、えっと……。じゃあ、私も送りますね……」


苦笑気味のアカネからもスキルのスクリーンショットが送られてくる。


「あとは、ルナさんだけです!」


ルリが満面の笑みと共に言い放つ。見てしまったものは仕方がないので、わたしも二人に送る。


スキル構成は、ルリが「剣」、「盾」、「光魔法」、「治癒魔法」、「身体能力強化」。アカネが「短剣」、「闇魔法」、「隠密」、「索敵」、「動作補助」。そして、わたしが「精霊術」、「隠密」、「錬金術」、「鑑定」、「投擲」だった。


ルリの「身体能力強化スキル」とアカネの「動作補助スキル」は、ステータス補正のパッシブスキルで、ステータスで言えば、それぞれSTR上昇とDEX上昇に相当すると思われる。他にも関連するステータスがあるかもしれないし、もちろん、[隠密・隠密の心得]のように体の動きそのものにも影響を与えることもあるだろう。


また、このゲームにおけるステータスは、スキルレベルが上がるごとに関連するステータスが上昇する仕組みだ。わたしの「精霊術スキル」ならMPとINTとMIDというように。


「生産持ちだったんですね。にしても、投擲って……」


まあ、言いたいことは分かる。普通、「投擲スキル」と言えばサブウェポンであり、メインウェポンにはなりえない。けれど、わたしにはこれを取らざるを得ない理由があった。


「運動は苦手で……」


わたしが目を逸らしながら言うと、二人は「ああ……」という反応をした。魔法だけでは、魔法に耐性のある敵にダメージが入らないかもしれない。だから物理の攻撃手段が必要だった。それで取ったわけだが、それならそれで、「弓スキル」などの他の選択肢はあっただろう。けれど、わたしは投げる方が簡単そうだと思ったのでこれにした。弓の扱いなどわたしは知らないのだ。ただ、これを選ぶ際、ボールの飛距離が残念なことは忘れていた。


「すると、むしろ私たちと一緒にいる方がよくないですか?」


返す言葉がない。アカネの言う通り、実際そうなのだ。「精霊術スキル」があるのでなんとかなっているが、戦闘に関してひとりでこなすのはなかなかしんどい。というか、厳密には精霊さん任せなので自分で戦闘しているとは言えない状況だ。これで、フィールドが変われば、つらくなるのは目に見えている。むしろ、それを二人が引き受けてくれるというのなら、そんなありがたいことはない。こっちは採取だけして、あとはポーションを作って渡しておけばいいのだから。


「ルナさん……」


ルリがじっとみつめてくる。


「……よろしくお願いします」


わたしは折れた。そんなわたしを見て、二人は笑顔をみせた。ルリはうれしそうに、アカネはほっとしたように。そんな二人を見て、まあ悪くないかな、なんて思った。

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