日本の法律では

 あらゆる可能性を考慮しても、僕たちが結婚するという選択肢は生まれてこない。


「大きくなったら、パパと結婚するー」と宣言した愛娘に対して、僕が真剣に説得をしている様子を、妻は顔をひきつらせながら見ていた。でも止めようとはしなかった。


「なんでー?」

「まず、僕は真奈まなのママと結婚している。つまり、僕が真奈とも結婚すると、重婚というものになるんだ。日本の法律では、重婚は認められていない。つまり僕が真奈を結婚すると、僕も真奈もメッ! って怒られてしまうんだよ」

「じゃあ、パパはママと結婚やめて、真奈と結婚したら?」


 ブーッ!! と、妻は飲んでいた(たぶん)カフェオレを噴き出した音が聞こえた。僕も同じカフェオレを飲んでいたら、同じ状態になっていただろう。

 いやいやいやいや、と全力で否定したい気持ちをぐっと抑える。何でも頭から否定して話さないように、この間も妻から注意されたばかりだ。


「うん、そうか。そうだね。ひとりとしか結婚できないなら、僕がママと離婚したら真奈とは結婚できるかもしれないね。でも、僕と真奈はもう戸籍上で親子という関係になっているんだ。民法で言うところの、一親等の関係だね。日本の法律では、三親等以内の近親婚は認められていない。つまり僕が真奈と結婚することは」

「よくわからないけど。じゃあ真奈とパパは日本じゃないところに住んだら?」


 ああ、そうか。そうきたか。

 日本という法治国家にのっとって話を進めるつもりだったが、この賢い愛娘はあっさりと日本から飛び出してしまった。さすが五歳児。


「パパは真奈のこと、愛してないの?」


 だんだん、僕は自分の娘に追い詰められていく。


「パパはこの前、ママより真奈の方が好きって言ったよね?」


 愛人なんて作ったことも作ろうとしたことも無いのだけれど。もしいたとしたら、こんな感じなのだろうか。不倫している男は、よくこんな質問をされて心臓が持つなと思う。


「パパは真奈のことが、世界で一番好きなんだよね?」


 うーん、と頭を抱えてしまった僕の頭を、妻が履いていたスリッパで叩いた。


「真奈。パパはママの物なのよ。絶対にあげない」

「えー! ずるいー! ママばっかり!!」

「うるさい! 人の物を何でもすぐに欲しがらないで、っていつも言ってるでしょう!」

「やだー! パパは真奈のー!」

「私のよ!」


 ぎゃあぎゃあと、愛娘と愛妻が口喧嘩を始める。

 どっちがどれだけ僕のことが好きかと言い争う二人を、ここは微笑ましく見るところなのかもしれないけれど。僕は両手で胸を押さえながら、ハラハラと見ていた。愛する二人よ、僕の為に争わないでくれ。



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