第27話『少女たちは希望の御旗を掲げて……』




――地下迷宮


 レイブン、エレナ、ゼノヴィアの三人は、地下迷宮を走り、タルヌングフェーニクスへと向かっていた。


 三人は主道と呼ばれる、舗装された大きな道に出る。鳳凰の間から竜騎兵が飛び立つ際、滑走路になる道の一つだ。



 撤退後、ここまで走り詰めだった三人は、主道で体を休める。

 エレナとゼノヴィアは騎士として、自分の体力に自信があった。しかし、対物狙撃銃や大剣を担いでの全力疾走は、さすがの彼女達も堪えた。

 肩で息をするエレナに、レイブンが声を掛ける。



「カインフェルノを預かります。そうすれば少しは楽になるでしょう」



 エレナは息を整えながら、その申し出を拒否する。



「ハァ、ハァ、ハァッ……ば、馬鹿を言うなレイブン。騎士にとって、剣とは己の心であり、陛下への忠誠の証なのだ。それを重いからという安直な理由で、他人に易々と明け渡せるものか」



「その割には、よく貸したりしてくれますよね。さっき貴女の心、ブン投げられて岩に突き刺さってましたよ」



 揚げ足を取られたエレナは、ぷんすかと怒り始める。



「あれはお前のためにやったんだぞ! そういう意地悪なこと言うなら、もう二度とお前には貸さんからな!!」



 レイブンは肩を竦め、『悪かった』とジェスチャーで謝罪した。

 エレナは「まったくもう」と不機嫌気味にほっぺを膨らし、ジト目でレイブンを睨む。


 そんな二人のを見ていたゼノヴィアが、なにいちゃついてんだと呆れた様子で、話しを進めた。



「それでレイブン。さっき走りながら話していた策だが、とても勝機があるとは思えねぇ。そう都合よくいくものか?」



「希望的観測かもしれませんが、あの魔界のヒルは、同じ鍾乳洞内にいた貴女やエレナに目もくれず、私に襲い掛かっていました。

 そしてバルド戦ではカインフェルノを摂り込み、今回の戦いではエストバキアの勇者を摂り込んでいます。魔界のヒルは魔力に執着する傾向があると判断して、まず間違いないでしょう。――つまりエンシェント……いえ、ヴェノムドラゴンの狙いは、私です。私が囮になり、ヤツを然るべき場所へ誘き寄せます」



 レイブンはそう力強く断言したが、ゼノヴィアはどこか不満気で、浮かない様子だった。



「なにも、お前が囮にならなくても……」



 自分たちの戦争に巻き込んだ挙句、レイブンは得体の知れないバケモノに、追い回されなければならない――。激戦に次ぐ激戦で、休む間もないレイブン。そんな彼と役割と変わりたくても、ゼノヴィアは見守る事しかできない。それがどうしても歯痒くて、申し訳なく思ってしまったのだ。


 それを悟ったレイブンは、ゼノヴィアの肩に触れつつ、紳士的な笑顔で告げる。



「適任者は私を置いて他にいません。現状行使できる策で、これがもっとも有効かつ最善の手段です」



「で、でもよぉ……」



「ゼノヴィアには、先に私からお願いした件を遂行し、然るべき手筈を整えて下さい。鳥には、降り立つための枝が必要ですから」


「おう……」


「大丈夫ですよゼノヴィア。私は人生の半分以上を、この世界で過ごしています。元いた世界よりも、こちらで過ごしているほうが長いくらいなんですから。そしてアルトアイゼンのために戦うのも、これが初めてではないのです」


 レイブンは笑顔でそう告げると、今度は真剣な眼差しを、エレナに向ける。国を担う一人の騎士として、彼女に意見と承諾を求めたのだ。



「騎士団長エレナ。この策で行きたいのですが、よろしいでしょうか?」



 エレナはどうしても気掛かりな点があり、レイブンにその旨を問い掛けた。



「一つ質問させてくれ。グレイフィアに加戦するため、神機で空に上るのだな?」


「えぇ、そのつもりです」


「先に話していたお前の策では、フェーニクスツァイヒェンで地下迷宮を動かすと言っていた。そうなると膨大な魔力を消費する事になる。

 ヴェノムドラゴンが魔力に引き寄せられると言うのなら、レイブンではなく、そちらに向かう危険性があるぞ」


「その懸念は残念ながら払拭できません。従ってヴェノムドラゴンとの接触時に、私がフェーニクスツァイヒェンよりも高い魔力を開放し、こちらの目を向けさせます。これなら――」


「それでは不安だ。ダークエルフ達は、対人戦を想定した兵力しかない。もしお前ではなく、大砦に牙を剥けばひとたまりもないのだ。なにか、ヴェノムドラゴンを追い払える方法さえあれば……」



 二人の話しを聞いていたゼノヴィアが、「それならあるじゃないか」と、解決策を閃く。



「奴は太陽や天空石の光が苦手なんだよな? なら、天空石の矢を使えばイケるんじゃないか。今のヤツに、光を遮ってくれる骸も屍もねぇ。ヒル剥き出しの状態なんだから、光を浴びせりゃ楽勝で怯むだろ」



 だが彼女の意見にレイブンが待ったをかけた。



「天空石の矢? 残念ながらそれは無理です。あの矢は、バルドが奇襲した際に焼失したはず。生成しようにも時間が――」


「いやいや、あの矢なら大砦にあるだよ。祭事を取り仕切る巫女が、村まで取りに行ったんだ。戦闘用の矢じゃないけど、範囲攻撃用の閃光矢として使えるんじゃないかって」


「なっ?! そ、そんなはずは……」


「間違いない。二人は天空石の矢を見つけて、円卓の間に戻って来ている。村の異変を報せてくれたのも、彼女達だったからな」



 レイブンは改めて思い知らされる。この世界がすでに、自分の範疇を越えていることを――。

 喜ぶべきか、悲しむべきか。

 おそらくどこかの過程で因果律が崩れ、この世界にあるべきはずのない天空石の矢が、未だに存在していたのだ。

 思わぬ方向から転がり込んできた打開策。吉報と同時に、レイブンの背筋を悪寒が駆け抜ける。



「やはりこの世界はもう、私が予知した世界ではないようですね。――だがそうなると不味い事になります。空に上がったグレイフィアとアーシアは、想定外の事態に巻き込まれているかもしれません」



 それを聞いたエレナは、騎士団長として早急に決断を下す。ヴェノムドラゴンに対抗できる切り札は見つかったのだ。もはや迷いは無用である。



「では作戦決行だ。レイブン、あのバケモノを片付けた後、グレイフィアとアーシアの援軍に向かえ。妨害するものはあらゆる手段を持ってこれを排除。責任は騎士団長の私がとる。存分に暴れてやれ!」


「了解。ご期待に沿えるよう全力を尽くします」


 作戦会議を終えた三人は、再び走りだす準備を始める。


 ゼノヴィアも屈伸して脚の筋を伸ばした後、懇請の眼差しをレイブンに向けた。


「俺からも二人を頼む。空を飛べない俺にとって、お前だけが頼りなんだ。もしみんなが無事に戻ったら……お前に、ちゃんと御礼するからよ」


「御礼ですか。楽しみにしていますよ」



 エレナは複雑な気持ちを胸に抱きつつ、この現状に苦笑した。



「それにしても皮肉な話だ。かつて我々を苦しめた異界の鳥が、今度は我々を救うために飛び立つとは……」




           ◆




 地下宮殿 大砦 『タルヌングフェーニクス』



 城壁の上で、シルエラは帰りを待ち続けていた。レイブンから託された懐中時計で、時間を確認する。


「遅い……もう戦いは終わっているはずなのに……」


 本来の予定では、すでにレイブンは帰還を果たし、零戦の栄二型エンジンを始動させている時間だ。だがレイブンは未だ戻らず、援軍に向かったエレナとゼノヴィアも依然として姿を見せない。


 砦は臨戦態勢のまま、小門から彼らが現れるのを、今か今かと待ち続けていた。



 そして零戦が飛び立つために必要不可欠な、滑走路を用意せねばならない時刻だった。

 ここは陽の光届かぬ地下。滑走路を用意するのは並大抵の事ではない。


 まず滑走路を完成させるために、地下迷宮の各所に散らばっている、主道と呼ばれる横幅の大きい通路を並び替える。幸い主道は、竜騎兵が飛び立つために設計されているため、零戦が飛び立つのに十分な広さは確保されていた。

 その主道を直線状に連結させ、さらにそれと、鳳凰の間と一直線に並ぶように繋げるのだ。そして短距離でも確実に飛び立てるよう、揚力補助として風属性の魔法――風の道ブリーズシュトラーセを流す。

 そして左右に開放した地下迷宮の天井から、零戦は出撃するのである。

 

 それらすべては、フェーニクスツァイヒェンによって実行される。それには膨大な魔力を必要とするため、エレナが持ち出してしまった魔剣カインフェルノが必要だった。


 歯痒い事に、シルエラは彼等の帰りを待つしかない。



 城壁に設置されたブラティスの横を通り、エステラが姿を現す。



「姫様!」



 呼びかけられたシルエラは、こちらに歩み寄るエステラへと視線を移す。そして頼んでいた首尾を尋ねた。


「フェーニクスツァイヒェンは?」


 エステラは顔を横に振る。


「魔導師や魔力の高い者を集結させ、区画を移動させようと試みましたが、駄目です。あれだけのものを動かすとなると、やはり魔剣クラスの力を借りなければなりません」


「やはり彼等の帰還を……待つしかなさそうね」


 シルエラは、今も勇者達と戦っているであろう、レイブン達の身を案じようとした――その時だった。

 城壁の見張り員が、地下迷宮へと続く出口に、人影を発見したのだ。




「――ッ?! 主道に人影あり! 繰り返します! 主道に人影ありッ!!」




 大砦に緊張が走る。


 地下迷宮の出口へと続く小門から、大砦の正門まで300メートルの距離がある。大砦へと続く一本道。滑走路の一部となるその主道を、一人の男が歩いていたのだ。



 エングレービングされた鎧を身に纏い、綺麗な宝石や装飾が施された聖剣を手にした少年。彼は、開けた場所に聳え立つ地下宮殿を目にすると、惨憺たる笑みを浮かべた。




「フぅッ! や~っと辿り着いたぜ! 地図なんかよりも、雌の匂い辿ったほうが早かったな。内通者もギルバルドもグエムも、あとでみ~んなまとめてブッ殺してやる! なんせこの俺様に、無駄な時間を使わせやがったからなァ!!」




 大砦に現れたのはレイブンではなく、覇王の名を持つ勇者――ダエルだった。


 その姿に、シルエラは悪寒を走らせ、部下の前にも関わらず喫驚してしまう。



「え、エストバキアの勇者!!」



 姫の言葉に辺りがどよめき立つ。


 覚悟はしていたとはいえ、一騎当千の人間――勇者が現れたのだ。ツノツキや野盗などとは遥かに次元が違う。バルドすらも凌駕する、悪名高きエストバキアの勇者なのだ。


 この騒ぎを聞きつけたエストバキアの弓兵が、城壁の上に現れる。ポニーテールの少女がシルエラの横で立ち止まると、凸壁の隙間からダエルの姿を目にしてしまう。


 少女は背筋を凍りつかせ、両手で口を覆い戦慄した。



「しょ、衝撃のダエル!!」



「なに?! じゃあ奴が! エストバキアの勇者を率いている、あのダエルなのか!」


 ポニーテールの少女は、青ざめた表情で体を震わせながら頷く。彼女は言葉を発せなくなるほど戦慄し、歯はガチガチと震えて身を強張らせていた。

 また、ダエルと出会うのではないかという鬼胎が、現実のものとなって産み落とされたのだ。

 恐怖を振り払い、考えないようにしていたはずの悪夢が、一歩一歩、確実にその距離を狭めている。


 ポニーテールの少女の心臓が、爆発寸前まで高鳴る。そして瞳から希望の色が消え去り、淀んだ絶望の色へと染まっていった。



 その恐怖を生み出した元凶であるダエルは、まるで凱旋でもするかのように悠々と道を歩き、一方的な降伏勧告を告げる。




「ダークエルフの女共ぉ! 俺様の声が聞こえっかァ! 死にたくなければァ! 武器を捨てて城壁沿いに並べぇ! 俺にケツを向けるようにしてなァ! 騎士様の情けだ。俺に相応しい奴隷になれるか、直々に適性検査してやる! 俺を満足させることのできた女は、エストバキアで最ッ高に贅沢な暮らしをさせてやるぜぇ~ヒャヒャヒャ!! こんな穴蔵暮らしのお前らにとっちゃ、千載一遇のチャ――」



 ダークエルフは聞く耳持たぬと、先制行動でそれに答える。

 宮殿内部や城壁から矢が放たれ、何百もの敵意がダエルに降り注いたのである。



 絵に描いた予想道理の反応に、ダエルはニタリと笑った。



「ま、そうこなくっちゃな。楽しくねぇんだよ」



 ダエルは目にも留まらぬ速さで、鞘から秘剣レーヴァテインを引き抜く。そして魔力を籠め、虚空に斬撃を振るった。


 秘剣によって増大した魔力が、剣の中で衝撃波として変換される。解き放たれた衝撃は、ダエルに襲いかかる何百もの矢を、意図も簡単に吹き飛ばしてしまった。


 あれだけ殺意を帯びていたはずの矢は、まるで嘘のように戦意を喪失させ、宙に撹拌する。

 何百という矢が、たったの一振りの薙ぎ払いで、完全に無力化されたのだ。



 力をまざまざと見せつけられ、シルエラの心にもジワジワと恐怖が滲み始める。彼女は臆した心を奮い立たせるように、力強く叫んだ。



「人の皮を被ったバケモノめ! 第二陣構え! 標準はベーア! 狙えぇッ! ……――、てぇえぇええぇ――――ッ!!!」



 シルエラの咆哮と共に、第二波が放たれる。矢は放物線を描き、再びダエルに襲い掛かった。


 彼女達の真剣さとは対照的に、ダエルは呑気な鼻歌を交えながら、剣を振るう。


 衝撃波によって発生した風圧により、矢は推進力を奪われ、地面や石畳へ力無く落ちていった。まるで大量の小枝が落ちるように、カランカランと虚しい音が鳴り響く。


 ダエルはケラケラと、彼女達の必死さを嗤った。敵わぬと知っていながら、無意味な抵抗をしているのがたまらなく愉快だったのだ。


 ダエルは彼女達の神経を逆撫でし、内にある恐怖を煽り立てる。



「おいおいどうした! なにコレ? まさか俺に気ィ使ってるわけ?! 手加減なんてする必要ねぇから、ガチで殺す気で来いよ!!」




 その言葉に応えるように、ダークエルフ達は攻撃をさらに強めた。フロストアロー氷矢を使い、ダエルの侵攻を遅らせようと考えたのだ。砦から放たれた無数の矢が、地面や主道の石畳に突き刺さる。その衝撃で鏃が砕け、内封されていた氷魔法が展開した。


 鏃が刺さった箇所から白く氷付き始め、ただでさえ低い地下の空気が一気に下がり始める。急激な気温の変化によって、周囲に濃い霧が発生した。


 ダークエルフは、氷魔法によってダエルを凍らせ、時間を稼ごうというのだ。


 シルエラはこの隙に、魔導師を集めるようエステラと連絡員に叫ぶ。


「エステラ! 円卓の間にいる魔導師を、ここに配置させて! 各連絡員も同じよ! 砦内の攻撃魔法が使える者を、すべて城壁に招集させて! いい? なんとしても零戦を守り通すのよ! なにがあろうと! この砦だけは陥落させるわけにはいかない!!」



 だが誰もが、心折れぬ強者ばかりではない。

 圧倒的強さを目の当たりにし、希望を失ってしまった弓兵がいた。彼女はシルエラに、消極的な意見を口にしてしまう。ダエルを目にした誰もが、その可能性を過ぎらせながらも、口にできなかった最悪のシナリオだった。



「姫様、ダエルがここにいるということは、勇者レイブンはもう――」



 二人の人物が、その意見を真っ向から否定する。





「「いえ! 彼は生きてるわ!!」」





 シルエラと同時に、ポニーテールの少女が叫んだのだ。彼女は誰よりも力強く、レイブンが生きていると断言する。




「レイブンは私の目の前で、15人の勇者を手玉に取り、窮地の私達を救い出してくれました。同じ人生を何度も繰り返し、未来が見えているからこそ、それができたのです。そんな彼が、ダエルに負けるはずがありません!」



 そしてポニーテールの少女は、彼が生きている決定的な根拠を語った。



「ダエルは自己顕示欲の塊のような男です。 もし仮にレイブンが敗北したのなら、ダエルは私達を恐怖させるために、討ち取った首を掲げて自慢するでしょう。 それをしないという事は――」



 エステラは『ハッ!』と息を呑み、ポニーテールの少女が言おうとしていた言葉を、思わず奪ってしまった。




「――レイブン卿は、生きている!」




 その言葉に、周囲の兵士達が沸き立ち、心に希望の灯が宿る。ダエルに対抗できる唯一の人物が、健在なのだ。


 ならばやるべき事はただ一つ――彼が帰還するその時まで、この大砦を死守することだ。



 そんな彼女達を嘲笑うかのように、濃い霧の中から嗤い声が木霊す。それはダエル健在を意味する狂喜だった。




「ヒャハハハ! へぇ~やるじゃん! 鏃に氷属性の魔法を仕込んだのか! いいねいいね~最高だよぉ~。弱っちぃくせに、小細工で太刀打ちできると考える、その楽観的な浅はかさ。俺、そういう頭お花畑な連中が、マジでクソ大好きなんだよぉ~」



 ダエルはネットリとした口調で、不自然に語尾を伸ばす。わざと赤ちゃん言葉を使うことで、ダークエルフの神経を逆撫でしたのだ。



 そして、衝撃波が霧を吹き飛ばす。

 白い濃霧が開け、中から傷一つないダエルの姿を現した。


 他の地面や主道は、真っ白な冷気に包まれている。だがダエルの周囲だけ、霜や氷がまったく下りていない。魔法の影響下から逃れていたのだ。


 シルエラ達はそれを目の当たりにし、なぜ防げたのかと吃驚する。

 だが疑問を抱くよりも先に、砦に近づけさせまいと、攻撃命令を叫んでいた。



「第四陣! フロストアロー氷矢構え! 標準はシャーフ! 狙えぇッ! ……――、てぇえぇええぇ――――ッ!!!」



 ダエルは降り注ぐ矢を気にも留めず、ダークエルフ達が疑問を抱いているだろう、防御方法を披露する。



「どうやって防いだのか気になるか? こうやって、やったんだよォ!!!」 



 ダエルはレーヴァテインを石畳に突き刺すと、衝撃波をドーム状に展開する。降り注ぐ無数の矢はドームによって弾かれ、内部まで届くことはなかった。

 ドームに矢が突き刺さるものの、氷魔法が展開するよりも先に、鏃が粉砕され無力化されていたのだ。中には、奇跡的に氷魔法を展開したものもあったが、物体を凍らせる魔法が効力を発揮できるはずもなく、虚しく空中に拡散した。



 ダエルは絶対安全圏であるドームの中で、悠々自適に語る。



「なにも攻撃だけが、衝撃魔法の“売り”じゃねぇんだよ。うまく扱えるようになれば、こうして、あらゆる攻撃を防ぐ最強の盾にもなるんだぜ」



 それでもダークエルフは攻撃の手を緩めない。ダエルをその場に釘付けにするため、矢の雨を放ち続けた。そしてエステラ率いる魔導師達が、城壁沿いに集結し、支援攻撃を開始する。


 まるで奏でるような美しい詠唱を経て、殺意に満ちた砲撃魔法が放たれる。


 砲撃魔法が次々とドームに直撃する――だがダエルの言葉を証明するかのように、攻撃はすべて防がれてしまった。


 ダエルは「な? だから言ったじゃねぇか」と警告する。



「ほんと学習能力のねぇ女どもだ。無駄無駄無駄、どれだけやっても無駄だよ!! この衝壁ドームは絶対に砕けねぇ仕様になってんの!」



 大砦の前に現れた、小さな難攻不落の要塞。

 その絶望的な防御力を前にし、どれだけ罵られても、どれだけ屈辱的な言葉を吐きかけられても、彼女達は臆することも諦めることもなかった。


 そしてこの騒ぎを聞きつけたエストバキアの弓兵達も、攻撃部隊として参加する。

 ダエルに捕まればどうなるのか、彼女達の心と体に焼き付いていたからだ。戦わなければ、あの辱めが再び現実のものとなる。それから逃れるには、騎士として矢を放つしかない――と、全員が同じ考えに至り、自ずと行動に移していた。


 もはやそこに種族や民族の隔たりはない。彼女達は皆、勇者レイブンが帰還するという想いの元、ダエルに抵抗していたのだ。


 だがダエルから見れば、その必死な抵抗も虫けらの足掻きでしかない。痛くも痒くもないと、ドームの防御力を高らかと誇示する。



「忠告しとくけど、この最強の盾をブッ壊したヤツは存在しねぇから。この盾はなァ! マジでチート級の最強防壁なんだよ!」



 そんな彼の面子を潰す攻撃が、ドームに炸裂した。


 爆発と共に、臓器が直接握られたような感覚に襲われ、ダエルは吐き戻しそうになる。




「――うグッ?!」




 身構える事すら許さない衝撃。


 それはダークエルフの攻撃ではなかった。大砦とは真逆の方向から、ドームは攻撃を受けたのである。


 ダエルは自分の身に起きた状況が掴めず、焦りの声色で叫んだ。



「な、なんだ?!? この桁外れな爆発は?!」



 その爆発は一度や二度ではなかった。立て続けに攻撃は放たれ続け、爆音と共に炎が炸裂し続けたのだ。ダエルは地下に居るにも関わらず、爆撃に晒されたのである。


 ダエルはレーヴァテインに魔力を注ぎ、衝壁の密度を濃くする。ドームは厚みを増したはずだったが、飽和攻撃によってその防御力は瞬く間に削り取られ、厚みを失っていく。


 勇者を凌駕する圧倒的な力。こんな芸当が出来るのは、同じ勇者を置いて他にはいない。


 ダエルは怒りと共に叫んだ。




「この攻撃?! あのインテリ糞メガネかァ!!」




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