第3話罪の夜

 吸血鬼や人狼といったモンスターは、人間の選択肢の一つとなった。


 だが、モンスターと人間では大きな個の力の差がある。そこから起きる問題を解決するために作られたのが調停機関であった。


 日本においてモンスターの問題は代償かかわらず調停機関に持ち込まれるのが通例であり、弦や明知が保護をした人間を「とりあえず」連れてきたのも調停機関だ。


 明知が血を吸ったために人間は貧血気味であったが、彼もグールを見ているし、追われている。


追われている原因が分からないので病院よりも、調停機関を頼ったほうが安全なのではないかというのが明知の判断であった。


そして、自分たちもグールだと思われるモンスターの報告を調停機関にしなければならなかった。


 明知も弦も、モンスターとしては弱いほうではない。特に弦は、小規模ではあるが人狼の群れを率いていた時期もある。


自分たちが二人がかりで戦い、逃げ帰る羽目になったモンスターが野放しにされていることは危険であると二人は判断し、調停機関の門を叩いたのであった。


弦と明知の心情は、警察に協力する市民の気持ちであった。


 だが、調停機関に赴いた明知は拘束された。


 意味が分からず目を白黒させる明知に、真樹と名乗る調停官は「あなたを未成年搾取の疑いで一時的に拘留します」と告げた。


調停機関が所有しているビルの入り口から、五歩も進まぬうちに告げられた言葉であった。


「えっ……」


 明知は言葉を失った。


 吸血鬼による未成年の搾取とは、人間の未成年から無理に吸血行為を強いたという意味に他ならない。


人間であれば他の意味合いとなるが、吸血鬼は性欲と食欲が結びついているために吸血行為が搾取に該当するのである。


「すみません、もう一度言ってください」


「だから、あなたは未成年から吸血行為をした疑いがもたれているんです」


 明知は、貧血でぐったりしていた人間のことを思い出した。彼の身柄はすでに調停機関に預けており、近くにはいない。


真樹はその人間が持っていた免許証から、彼が十八歳の未成年であることが確認できたと明知に告げた。


「ほ……本当に未成年だったんですか。免許証が同級生のものだとかではなくて!」


「もしも同級生の免許書を所持していたとしても、本人もその同級生も未成年になるだろうが!」


 弦の言葉に、明知は引きつった笑いを零すしかない。


「ここに運び込んだということは……知らずに吸血してしまったということなんですね」


 真樹は若干だが、明知に同情したふうであった。


 明知と弦の行動は、決して間違ったものではない。彼らはグールと言う正体不明のモンスターと戦い、勝てないと判断したので追われていた人間を保護して調停機関を頼った。


明知がうっかり助けた未成年の血を飲んでいなければ、そこで終わっていた話であった。


「命の危険を感じて、吸血をしたのですが」


「グールに逃げられている以上、それを証明できません。たとえ、血を吸われた本人がそれを証言しても「吸血鬼側に脅された」と裁判で判断される可能性があります」


 がくり、と明知は肩を落とす。


 吸血鬼も人狼も、元人間であるために人権がある。そのため裁判にもかけられるが、人口の関係上陪審員はほぼ人間で構成される確立が高い。


人狼と吸血鬼はもともと数が少ない上に、吸血鬼は日光を浴びると死んでしまうので日中に行われる裁判の陪審員に選ばれても辞退する者が非常に多いのである。


故に裁判沙汰になった際は、モンスターの無罪判定は出にくいとされている。


「最悪です……今までそれなりに法律を守って静かに暮らしていたのに、どうして今になって淫行吸血鬼の汚名を着ることになったのか」


「全員が気を使って言わないことを、よくもまぁ自虐で言えるよな」


 弦も、もう笑うしかなかった。


 明知は自ら血を吸った未成年を調停機関につれてきているのだから、それが考慮されて罪事態は重くならないだろうが。


「淫行吸血鬼……淫行吸血鬼……淫行吸血鬼」


「おい、ショックのあまり繰り返すな」


「ちょっと黙っていてください、淫行していない人狼」


「仲間はずれ風に俺を巻き込むな!」


 明知のため息は深い。


 弦をいじりつつ事態を受け入れてはいるが、それでも受け入れがたいものがあったらしい。いじられる弦はたまったものではないが。


「認めない!」


 調停機関が所有しているビルのホールに声が響く。


 それは、若い声であった。


 明知は、その声に聞き覚えがあった。


ヘルメット越しではない人間の声に続いて現れたのは、黒いライダースーツを着た少年であった。


無茶な運転から明知は何となく彼のことを髪を染めた不良だと思い込んでいたが、ヘルメットを外した少年の髪は予想外に黒かった。


顔立ちはどことなく幼く、身長だけが大人並みだ。彼がフルフェイス型のヘルメットをしていなければ、明知は一目で彼が未成年であることを見破れたであろう。


「なんで、俺を助けたあいつが犯罪者なんだよ。俺は認めないからな!」


 保護されたというのに、少年は調停官にきゃんきゃんと噛み付いていて煩い。明知のことについて説明を受けたが納得しきれていない、というふうであった。


「罪人になるのはこちらなのに、随分と煩いですね」


 明知の声を聞いた少年は、自分を取り押さえようとする調停官たちの手を振り払ってつかつかと明知に詰め寄ってくる。



歩くたびに長めの前髪が揺れて、左目がわずかに見えた。右目とは明らかに違う、異質な左目のきらめき。


 その鈍い光に、明知は一瞬目を細める。


「改めてはじめまして、左目さん」


「おい、何でお前が犯罪者になってるんだよ」


 ぎろり、と少年は明知を睨む。


「あなたが未成年だったせいですよ。というか、未成年なら未成年と最初に言ってください」


「あの状態で『未成年なので吸ったら犯罪者ですけど、どうぞ』なんて言えるか、ばかっ!」


 最初に、明知に「吸え」と言ったのは少年であった。


 明知は、そのことを思い出す。


「……」


「なんで、黙り込んでいるんだ。ばか」


「いえ、この窮地ですが法律的に何とかなるかもしれません」


 明知は、改めて少年に向き合う。


 上背がある明知が少年と真正面から向き合うと、彼らの間にはそれこそ大人と子供のような身長差ができた。


「一つ確認ですが、あの吸血行為はあなたから言い出したものに間違いはありませんね」


 明知の問いかけに、少年はうなずく。


「ああ、俺から言い出した」


「二度目の吸血も、あなたは受け入れた」


「いや、アレはおまえが止まらなかっただけだと」


 明知は、にっこりと微笑んで「受け入れましたよね」と念を押した。その微笑に邪悪なものを感じた少年は、思わず明知から一歩遠ざかる。


「……ああ」


「では、あなたと私は複数回吸血行為を重ねており、それがあなたの主導であったと認められますね」


「なんか、やたらと遠まわしな言い方だけど……そうだな」


 少年は、自分の首筋に手をやる。


 無理に吸血行為を中断したせいで痛むのであろう。


「なら、あなたと私の吸血行為は愛情表現の一種であり、彼は私の愛人の一人であると証言します」


 明知の言葉に、その場にいた全員が目を点にした。


 吸血鬼による未成年への吸血は、未成年搾取という罪に該当する。


だが、相手が結婚可能な年齢であり「真剣な付き合い」である場合は、搾取には該当しないとされる。


相手が吸血鬼の場合は、吸血行為が人間側の主導で行われた事や複数回の同意があったことなども付け足される。


なお、吸血鬼は血を吸う相手を愛人と呼称する。一人に絞って吸血行為を続けると相手に健康上の問題がかかるために、吸血鬼は複数の血の吸える相手を作る必要があるのだ。


そのような事情もあり、愛人といいつつも人間同士のような感情が芽生えることは稀である。


「…・・・ばっ、ばかなのか」


 やっとのことで、少年はその言葉を搾り出した。


 罪に問われたくはない、という理由で見知らぬ人間と自分が真剣な交際をしていると証言すると考えるなんて「頭がおかしい」としか言えなかった。


「愛人という表現は、不味いですかね。でも、吸血鬼的には血をいただける相手は愛人なんですよね」


 人間の血を飲む吸血鬼の味覚は、人間とほぼ同じだ。


 故に本来ならば、血液が「美味しく」感じるはずがないのである。


だが、吸血鬼たちは食欲と性欲を混ぜ合わせることで、この問題を強引に解決した。


すなわち「愛しい相手の一部」だから、血を美味しいと思うようになったのである。


「ど……同性同士って、おまえ吸血鬼だもんな」


 吸血鬼は性欲と吸血行為が密接に結びついているために、恋愛感情を持つのは同族ではなくて自身の糧となる人間だ。


さらに吸血鬼は人間的な性欲には関心を薄いので、恋愛対象が同性であることにも忌避感が少ないといわれている。このあたりは、そもそも吸血鬼や人狼に生殖能力がないことも関係しているのかもしれないが。


「どうでしょうか?」


 明知は、調停官である真樹に尋ねてみる。


 真樹は、真樹で言葉を失っていた。彼も明知が、こんなことを言い出すとは計算外だったのである。


「……とりあえず、相手方の同意がないと恋人だとか愛人の確認が取れないと思うんですが」


 それでも、搾り出した言葉はもっともなものだった。


「では、左目さん。承認してください」


「なんで、俺がそんなことを承認しなきゃならないんだよ」


 少年は、心底嫌そうであった。


「明知……そのアイデアには無理があるぞ」


 弦も、落ち着けと明知を諭した。


「いいえ、よいアイデアだと思うわ」


 誰もが無茶苦茶だと思う案を肯定したのは、女性の声であった。全員が、いっせいに調停機関のビルの出入り口を見た。


 そこには、スーツを着た女性がいた。


長い髪ははくるんとした癖毛で、大きな瞳は子供ように幼い。身長もスーツが似合わないほどに低く、ともすればこの場で最年少の少年よりも幼く見えた。


「夜鷹」


 明知は、そう彼女を呼んだ。


「久々ね、明知」


 夜鷹は、微笑む。


 その幼い微笑みを見た弦は、思わず明知に尋ねた。


「調停機関の夜鷹って、あの夜鷹かよ」


「はい、その名探偵夜鷹さんですよ」


 嫌な顔をする弦に、明知と夜鷹も肩をすくめる。


「その名探偵というのは、やめて。住所不定無職みたい。私は調停官よ」


 かつん、と夜鷹はヒールを鳴らす。


 少年は、夜鷹がヒールを履いてもなお自分よりも背が低いことに初めて気がついた。


「夜鷹先輩、今までどこに……」


「ちょっと、人狼たちと会っていたのよ。それより、あなたが保護された伊予さん?」


 夜鷹は、少年に無遠慮に近づく。


 少年は頷き、それで明知と弦は彼の本名が伊予であったことを知った。


「あなた、三日前から捜索願が出されていたのだけれども」


「三日前?俺はつい数時間前に寮を出たはずだぞ」


 少年は、首をかしげる。


「あなたの体感はそうだったのね。どうりで、妙に落ち着いているはずだわ。とりあえず、情報を集めるわ。今日は、全員泊まっていきなさい」


 夜鷹の言葉に、反抗したのは弦であった。


「まて、それだと拘束になるだろ!」


「あんまり、反抗しないほうがいいですよ。彼女を敵に回すと、翌日には丸裸にされて新宿のど真ん中に放置ですから」


 明知の言葉に、夜鷹は顔をしかめる。


「私、そんなことしないわ」


「新宿で起きた大規模な事件の真犯人を突き止めて、彼が新宿を歩けないようにしたのにですか?」


「私がやったのは事件の解明と開示。どちらも、調停官の仕事の粋を出ていないわ。でも、明知。あなたは、私の言うことに従ってくれるわよね?」


 夜鷹の言葉に、明知は頷く。


「はい。どんな人間よりも、あなたが怖いことを知っていますから」


 弦は何か言いたそうであったが、明知が怖いという女性に文句を言う気はなくなったらしくだまった。


「おい、俺が三日間行方不明ってどういう意味なんだよ」


 だが、そのなかで少年だけが夜鷹に噛み付いた。


「事実として、あなたの捜索願が三日前に受理された。ただ、それだけのことよ。左目君」


「……あんた、俺の本名を知っているだろ」


 少年は、夜鷹を睨む。


「ごめんなさい。でも、その左目は作り物よね」

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