第22話 夏と夜と光るラケット④



 僕は焦っていた。理由は明白で――白鹿が異常にゲームが上手いからだ。


 流石ゲームと読書ばっかしていたと言うだけあり、格闘ゲームの腕前はそこそこやりこんだ僕を遥かに上回っているようだった。悔しいが認めざる負えない。


 ボコボコに負けた一戦目の後、素早く立ち回れるキャラに変えて再戦を申し込むと白鹿は「はぁ……」とガッカリとため息交じりで肩を落とした。


「先輩、速いキャラだったらいい勝負ができるというのはナンセンスですよ。そうやって色んなキャラを使ってるから極みに達しないんですよ」


 白鹿は視線だけをこちらに向けてつまらなそうに呟く。……なんだろうこの気持ち。つい数分前まで「安達先輩~♪」とか言って甘えてきた白鹿がゲームになると途端に豹変して小馬鹿にした態度をとる彼女。先輩としてはムッとする場面なのかもしれないが、なんというか、全然嫌じゃないです。


 というかむしろ、ギャップにドキドキする。いかん。楓で鍛わったメンタルがここで発揮するとは。というかドキドキしたら駄目じゃん! ただのMじゃん!


 自分の心のトキメキに困惑しながら格闘ゲームをプレイするが……まぁ負ける負ける。HPを半分削れないまま倒されるなんてザラで、動揺しているというのもあるかもしれないが、持ちキャラで真剣に戦ってもあっさりと倒される。


 しかも僕に色んなキャラを使うなと言いつつ白鹿はキャラをコロコロと変えるのだが、どのキャラを使っても全く歯が立たない。


「負けだ負け! 違うゲームを所望する!」


 十戦目が完全敗北したのを機に、僕はコントローラーをやわらかい所に投げた。その瞬間、白鹿はハッと我に返って途端にオロオロとし始めた。


「す、すみませんっ! ちょっと負けず嫌いのスイッチが入っちゃったみたいで! 安達先輩になんて酷いことを……!」

「ううん。むしろありがとうって感じ」

「へ?」

「ああごめん。こっちの話。それよりも次は何のソフトをする? 白鹿が選んでいいよ」

「分かりました! あ、あの! じゃあこれやりたいです!」


 次の持って来たソフトは、世界的に有名なキャラがカートに乗ってアイテムを駆使しつつ早くゴールに着くのを競うゲームだ。うん。格闘ゲームよりは敷居が低く、わいわいと盛り上がれるゲームだ。


「いいね。ちなみに白鹿はこのゲームをプレイしたことあるの?」

「プレイしたことはありますが、あまりやり込めてないですね――」

 





 ――――三百時間程度だったと思います。





 * * * * *




 外は既に暗くなっていた。

 僕は本日何度目かのギブアップ宣言をした。


「はい負けた! 負け負け! もう見事な完敗だよ!」


 カートゲームは清々しいほどの惨敗であった。

 いくらプレイ時間が化け物でも、これならそれほど差は出ないのでは……? と思っていた過去の自分をぶん殴りたい。


 もうね、見たことのないショートカットのオンパレード。カートなのに滑空時間長すぎ。僕と白鹿の差がいつも半周ぐらいあったよ!


 こうなったらもはやヤケクソである。僕は所持する対戦ゲームで片っ端で勝負を仕掛けた。……だが、どのジャンルでも白鹿は鬼のように強く、何故か得意ではないと言うFPSでも僕は虐殺された。


 僕は確信した。ゲームでは白鹿には絶対に勝てないと。なんというか、ゲームのしている時の眼光が違うもん。本気で殺しに行くような目だもん。ミスったら舌打ちしたりめっちゃ怖いもん。


 でも、流石に負けたまま終わるのも先輩の威厳に関わる。この場に楓がいたら「威厳なんてあったの?」とか言われそうだけどうるせぇ! 僕は何でもいいから勝ちたいのだ!


「……僕が得意で……白鹿が苦手なゲーム……」


 少し考えて――すぐに思いついた。僕は立ち上がり、白鹿に問いかける。


「白鹿。バトミントンってしたことあるか?」

「……したこと、ないです。私、こんな肌なので外での遊びは出来ませんでしたし、体育の授業は……友達がいなかったのでずっと見学をしていました」

「じゃあさ、今しようぜ」

「へぇッ!? 今ですか? ですが、外は暗くなって――」

「いいからいいから。まぁ流石に外は危ないから僕ん家の庭でだけど。ちょっと待ってて」


 と僕は言い残し、僕は階段を上り自分の部屋のタンスを開ける。――あった。花音とノリで購入したバトミントンセットの袋を持ち、ウキウキした気持ちで会談を下りた。




 * * * * *





 自宅の庭で二人。僕と白鹿だ。夏は日が落ちるのが遅いけど、流石に七時を超えると少し遠くで待機している白鹿の顔すらよく見えない。


 この状態で僕がラケットでシャトルを打ったら白鹿は間違いなく打ち返せないだろう。僕も絶対打ち返せない。例え目が慣れても同じだろう。


 では、どうするか? ――答えは、この特別仕様のシャトルとラケットにあった。


「白鹿、ラケットのグリップにボタンがあるから、押してみろ」

「ボタンですか……? ――わわっ! 光ました!」


 白鹿はラケットが突然光り出して驚きの声をあげた。僕はそのリアクションに爆笑しながら自分のラケットとシャトルについているボタンを押すと、白鹿のラケットと同じように光輝き始めた。


 これぞ、夜に無性にバトミントンがしたい時に使える便利セットだ! ……確か、買ったはいいけど一回しか使ってなかったよなぁ。


 まぁ、そのおかげて新品のような奇麗さだから良しとしよう。


「じゃあ、行くぞー!」

「は、はいっ!」


 僕がそう言い、光るシャトルを勢いよく打ち上げた。シャトルは半円の軌道を描きふんわりと落下していく。それを白鹿はドタバタとした足取りでウロウロして――


「あうっ」


 白鹿の頭上にシャトルが当たって落っこちた。……どこのドジっ子キャラだろうか。可愛すぎるだろ。


「あははははは! 弱っ!」

「む、むむむむむむむむ……!」


 僕が煽ると白鹿は不満そうな声が返って来た。ふはは、愉快で仕方がない。ゲームでコテンパンにされたモヤモヤが凄い勢いで晴れていく。


「ぜってぇ……負けねぇです」


 暗闇で白鹿の赤い眼光が怪しく光る。――ヤバい、マジモードだ。


「ふん、かかってこい! けちょんけょんにしてやんよ」


 教えてやろう――先輩の運動神経を!(今年の体力測定C判定)


「行きます――よっ!!」


 白鹿は高く高くシャトルを投げると――ラケットでシャトルを潰さん勢いで大きく振り落とす。が、ホントに振り落としただけでシャトルはかすることもなくポトリと地面に落下する。


「なんでなのぅッ!?」



 白鹿は嘆いた。僕は笑った。





 * * * * *





「楽しかったですね!」

「まぁな」


 あれからぶっ続けで一時間バトミントンに費やし、僕らは汗だくになっていた。家に戻り、火照った体をクーラーとアイスで癒しながら上機嫌で会話する。


「次は絶対負けない自信があります」

「ほぉ。いつでもかかってこい」


 最初こそは打ち返すこともままならなかった白鹿であったが、途中で何かコツを掴んだらしく最後らへんはほぼ互角の勝負であった。ゲームが上手いということは、学習能力が高いのかなぁとか思ったり。


 それにしても、楽しかった。暑いからあんまり運動は避けていたが、やってみると思いのほかスッキリするし流れ落ちる汗もそれほど不快ではなかった。


 白鹿も白い肌を高揚させて満足げにアイスを堪能していた。ゲームの時でも思ったが、彼女は勝負事になると負けん気が強くなるらしく、どれだけ負けても決してゲームを投げ出すことなく必死で食いついてきた。


 自己評価が極端に低い白鹿であったが、譲れないものはあるらしい。また一つ、彼女の魅力を知れた気がする。


「せーんぱい♪」

「なんだ後輩」

「好きです」

「なっ……」


 脳内に花音の事件がフラッシュバックし、僕は焦りながら白鹿の顔を見ると、


「ふふふ。もちろん先輩としてですよ。安達先輩には群青先輩という素敵な彼女がいますもんね♪」

「……お、おう」


 白鹿は悪戯っぽく微笑んで可愛くウインクをした。……どうやらからかっただけらしい。ビックリした。急に加々爪みたいなワザ使うんだもん。


「だから――私は駄目でどうしようもない人間ですから、せめて安達先輩は私に構って下さい。それだけで満足ですので」






 白鹿は――含みを持たせた口調でそう言って、再び微笑んだ。



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