第20話 夏と夜と光るラケット②


「この子は私と同じ学年の――由利ちゃんです。間違いないと思います……でも、なんで……」


 白鹿は自分に言い聞かせるように呟いた。食い入るように防犯カメラの映像を見る白鹿の瞳は、困惑で揺れていた。


「その、由利ちゃんとは何かあったの? ……その、例えば喧嘩したとか」

「なんで……由利ちゃんが……」

「大丈夫か? 無理しなくていいから」


 今にも倒れそうなる白鹿の肩を持ち、僕は恐る恐る尋ねる。手紙の送り主のことはもちろん気になるが、その前に白鹿の精神が心配だ。


『お前を絶対に許さない』という内容の手紙を送り付けたのは――同級生だった。これほどショックな話はなかなかないだろう。繊細な白鹿の受けた心の傷は計り知れない。


「………………うう」


 白鹿は自分の心臓部分を手でキュッと握り、苦痛で顔を歪めた。彼女の全身は恐怖で震えていた。息も荒い。


 僕は空になったコップにお茶を注ぎ、少しでも彼女を落ち着かせようと背中をさする。


 ――さすり続けて、十分は経っただろうか。「……少し、落ち着きました」と白鹿は無理して微笑むと、コップに注いだお茶を飲み干して大きく息を吐いた。


「……すみません。ご迷惑をかけて。ちょっとびっくりしちちゃいました……。で、でも! もう大丈夫です!」


 白鹿は握った拳を胸元に揃えて元気アピールをするが、間違いなく空元気だろうことは簡単に分かった。わずかにひくつく頬には、しっかり恐怖が刻まれていた。


「……いいのか?」

「はい。このまま帰っても、もっと不安になるだけですし……。それに、話した方がスッキリすると思うので」

「………………」

「安達先輩? どうしたんですか?」


 僕が驚いて固まっていると、白鹿はきょとんと不思議そうに首を傾げた。艶やかな白髪がさらりと流れる。


「……いや、なんか白鹿って明るくなったよなぁって」

「そ、そうですか?」

「うん。初めて図書館で会った時と比べたら、考え方も前向きになっている気がする」


 一番の変化は――しっかりと視線を合わせてくれることだろうか。良い意味で僕に遠慮がなくなったと思う。


 あるいは、元々の性格は前向きで明るいのかもしれない。どちらにせよ、僕に対して心を開いてくれたということなので嬉しい。


「ふふっ。実感はありませんが私が明るくなれたとしたら、きっと安達先輩のおかげですね」

「僕は何もしてないって」

「そんなことないですよ。私にちゃんと構ってくれます。それだけで凄く嬉しいんですっ」


 クスクスとほんのりと頬を朱色に染めて、照れながら告げる白鹿はとても可愛かった。あ、あくまで妹的な可愛さであってな! って、僕は誰に言い訳しているんだ。


「これからも構って下さいね♪」

「も、もちろん!」


 なんだかムズ痒いけど和やかな空気になったので、僕が白鹿の可愛さにやられてしまう前に話を戻す。


「ごめん話を戻すけど――その由利ちゃんについて知っていることってある……?」

「実は……私、由利ちゃんと喋ったことがないんですよ……。違うクラスってこともありまして、すれ違ったりするので顔は覚えているのですが……すみません」

「謝るなよ。防犯カメラに映った人物の名前と学年が分かっただけでも、十分ありがたい訳だし」

「す、すみません」

「また謝ってる」

「あわわっ」


 白鹿の戸惑う姿につい笑みがこぼれる。こんな謙虚で優しい女子に脅迫文を送り付けるなんて、一体由利ちゃんとは何が目的なのだろうか……。


 意外な共通点が判明したが、未だ謎な部分が多い。白鹿と由利ちゃんは直接関わりがあったようだけど、僕との関わりはない。


 また、僕の手紙は特にメッセージ性のない挨拶だったけど、白鹿の場合は立派な脅迫文だ。いくら同級生と言えど明らかに冗談の域を超えているし、場合によっては警察に通報することも致し方ないだろう。


「うーん……。僕と白鹿の共通点かぁ。なんだろうなぁ」

「あの……それなら、分かったかもしれません」

「お! マジか! よっ名探偵!」

「え、えっと。――じっちゃんの名にかけて!」

「おおー」

「え、えへへ……」


 白鹿がしょうもないノリに付き合ってくれたことが嬉しくて、思わず拍手を送る。白鹿は恥ずかしそうに指した指を引っ込めた。


「それで名探偵。推理の方は」

「ええと、私と安達先輩の共通点って、一つしかないと思うんですよ」

「と、言いますと?」

「……と、友達……と、言うことです。……と、友達ですよね?」名探偵が何故かこちらに尋ねてきた。自分で言ってて不安になるな。


「もちろん僕たちは友達だけど……それがあの手紙に関係しているのか?」

「多分、多分ですけど――」


 白鹿は自信なさげに言う。





「由利ちゃんは安達先輩のことが好きで、先輩と私が仲良くしているのを見て――怒ったのではないかなと思います」


 それはつまり、由利ちゃんは白鹿に嫉妬した――ということか?

 好き……? 何故だ? 一度も会話したこともない相手を人は好きになるのか? 

 ……そして、もしそれが事実だとしたら、白鹿は――僕のせいで恨まれたことになるのか?


「しっくりこない……」


 名探偵には悪いけどイマイチ納得できない。そんな突然モテ気が来ても困る。


「そうなんですか? 安達先輩かなりモテていますので、別におかしいことじゃないと思いますが……」

「僕がモテる? 半年ぐらい前にやっと初めての彼女が出来た僕がそんな急にモテる訳――――」









 言いかけて、ハッと息を飲む。








 すべての点が、一本の線になる感覚。

 ここ数か月の出来事で生まれた謎が、まとめて一つの答えになった。







 ――確かに、異常だ。



 普通に考えて、僕がこんなにもモテるハズがない。

 人を魅了するルックスも、尊敬される学力も、頼られる人望も、信頼されるコミュニケーション能力も何もかも――僕は持ち合わせてはいない。




 普通の人間が――特に接点もない下級生から好意を抱かれるか?

 学年で超有名な美少女に、急に迫られたりされるか?

 長年一緒にいた幼馴染に、強引にキスされそうになるか?

 今まで必死に見て見ぬふりをしていたけど、流石にもう限界だった。


 やはり、どう考えてもおかしい。

 この数か月で、僕の日常は大きく変わりすぎている。


 きっかけと言えば、やはり。 


 ――数か月前、トラックに轢かれて奇妙な夢を見たのを境にだろうか。

 数か月経ったというのに、今でもよく覚えている。朝起きたら忘れていてもおかしくない夢をこれほど長い間、何故覚えているのだろうか?



 以前、花音が言っていた言葉を思い出す。

 

『主人公の安達太一は、トラックに轢かれてから人を恋に落とす能力『魅了』に目覚めてしまう。しかし、本人は自分の力をコントロールできていなくて……』


 確か――花音が書いた小説だと、その後八つ裂きにされるんだっけ?


 魅了。人を恋させる能力。

 あり得ない。大真面目に考えることじゃないし、誰に言ってもエロ漫画の読みすぎだと馬鹿にされる発想だろう。


 だけど、こう考えると全ての出来事に辻褄が合うことは確かだし、自分としては魅了が無いという発想の方があり得ないのだ。


 つまり――僕は知らぬ間にあのいい加減な神様に何か能力を仕込まれた可能性が非常に高い。











 ――だとしたら、

 僕はどうすればいいのだろうか?

 解決策は――あるのだろうか?


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