第6話 図書館の白美人様


 次の日。何にも予定のない土曜日。あまりにもやる事が無かったので、次回に宿題になるであろう問題まで解き終わってしまった。


 現在午後二時。……さて、せっかくの休日だ。何か有意義なことが出来たらいいなぁと、僕は自転車にまたがる。


 ちなみに楓と花音は僕と違って予定があるらしい。ついさっき二人から遊べないと断られた所であった。


 自転車を漕ぎながら考える。うん、本が読みたい気分かも。古本屋にでも寄って適当に本を買って、今日という日を読書に費やすことにしようか。



 ――と、視界の端に気になるものが見えた気がしたので、自転車を止めてその方向を見る――


 図書館だった。ごく普通の大きさの公共図書館。土曜日ということもあり、駐車場にはギッチリと車が駐車されてた。


「久々に行ってみるか」


 最後に図書館に本を借りたのは小学生ぐらいの頃だろうか。あの時の図書カードが未だに財布に入っているのを思い出し、僕は図書館へと向かった。



 * * * * *



 図書館はなんと言うか、学校の図書室がただ巨大になっただけで本のラインナップは古臭そうだなぁという偏見を持っていたのだけど、なかなかどうして最近の本もたくさんあるじゃないか。


 なんだか凄く得した気分だ。僕は気になっていた本をかたっぱしに脇に挟みながら図書館をウロウロとさまよう。当然だが図書館の中は静かで、居心地もよかった。


「こんなものかな」


 両手には積みあがった十冊の本。これで当分は暇つぶしには困らないだろう。まだまだ借り足りないので、読み終わったらまた図書館へと来ようと心の中で誓う。


 受付のカウンターへと向かう際に――手を伸ばして、頭上にある本を必死に取ろうとしている帽子を被った女性を見つけた。つま先立ちをしてもあと一歩本に届かないらしく、プルプルと足を震わせ今にも転んでしまいそうだった。


「大丈夫ですか?」


 僕は女性の隣に駆け寄って、代わりに本を取ろうとしいたのだが――


「ひゃああんッ!?」


 いきなり話しかけられたことに驚いた女性は、そのままバランスを崩して勢いよく尻餅をついた。「ひぐぅッ!!」


 女性は自分をお尻を撫でながら痛みに悶えていた。被っていた帽子が床に転がっている。


「ごめんなさい!」

僕は女性に手を伸ばそうとして――「え?」




 ――彼女は白かった。白く、美しかった。

 美肌とかそういう次元じゃない。何も書かれていないキャンバスのような真っ白い肌、色素が抜け落ちて肌と同じく真っ白い髪。なんとまつ毛すらも白かった。


 唇は白い絵具に赤の絵具を一滴垂らしたような極限まで薄いピンク色。目は薄い赤色で宝石みたいで奇麗だ。眼鏡をかけており、年齢は僕とあまり違いがないと思う。


 白人……? いやもう彼女はそういう次元の白さじゃない。まるで絵の世界から飛び出したような現実離れした姿だった。


 あまりに彼女の神秘的な外見に思わず見とれていると、固まった原因を察したのか彼女は慌てて転がっていた帽子を深く被る。


「…………ううぅ。気持ち悪いですよね、私」


 奇麗な瞳に涙をいっぱいためて、今にも泣きそうだった。


「そんなことはないって! 気持ち悪いとかじゃなくて、ちょっと驚いただけで!」


 必死に弁解をするが、イマイチ彼女には伝わっていないらしくゴシゴシと涙を拭ってペコペコと何度も頭を下げる。


「ごめんなさいごめんなさいすぐに消えますので許してくださいごめんなさい」

「だから違うって――」


 一目散に逃げようとしたので、僕は慌てて女性の手を掴む。次の瞬間ビクッ! と握った手が大きく跳ねる。


 逃げることが出来なくなってこの世の終わりみたいな表情を浮かべる彼女に、僕は言う。




「僕が固まっていたのは、君が美しすぎて――見とれていたんだ!!」



 静かで落ち着いた図書館で、僕の叫び声が響き渡った。

 ……なんか僕、最近叫んでばっかいないか?


 * * * * *


 当然のごとく図書館の職員さんに注意を受けて、僕と帽子の少女は円形の椅子に向かい合って座った。職員さんは彼女を僕の連れだと思ったらしく、何も悪くない彼女も注意されていた。マジでごめん。


「「……ごめんなさい」」


 僕と女性の謝罪が被る。どう考えても僕の方が悪いのだから謝るのは僕だと思うのだけど、どうやら同じことを彼女も思っているらしく、先ほどから謝罪が交わされるばかりで会話が全然進展しない。


 あと僕が彼女を見るとサッと視線を外されるのが地味に傷つく。当たり前だけど、相当嫌われているなぁ。


「………………ううぅ。恥ずかしいので、あまり……見ないで頂けると助かります」

「ご、ごめん」


 彼女は帽子のツバで目元を隠し、パタパタと手を振って顔を扇ぐ。最初に見たときよりも、彼女の肌はほんの少し朱に染まっていた。


「……あの、失礼なのを重々承知でお聞きしますが、その肌の色は……自前のものだったりしますよね?」

「…………は、はい。この肌と髪は、生まれつき……です。すみません」


 意を決して僕は尋ねると、彼女はまたもビクリと体を強張らせつつも、申し訳なさそうにボソボソと話す。眼鏡の中の目をが分かりやすく泳いでらっしゃる。なんだか怯える小動物みたいで可愛い。


 まぁ、怯えている原因が僕の時点で可愛いなんて呑気に思ってる場合じゃないんだけどね。


「あの……『先天性白皮症』ってご存知ですか? アルビノとも呼ばれています。あの、生まれつきメラニン色素がうまく生成できないらしくて……皮膚や、髪が白く……すみません」何故謝る。

「えっと、強いストレスで髪が白くなったとかじゃなくてですか?」

「そのような漫画ありましたね」


 ここで初めて彼女はクスリと口に手を当てて笑った。が、急に何かを恐れて笑顔を引っ込めてオドオドとする。せっかく笑顔が可愛いのに、勿体ないなぁと思う。


「でも、君が奇麗だと思ったのは嘘とかじゃないですので、それは信じて下さい」

「そんな……き、奇麗なんて……」


 恐れ多いですぅと首をブンブンと振って全力で否定する。うーむ、リアクションがいちいち可愛い。楓のように湾曲した分かりにくい可愛さではなく、純粋に分かりやすく可愛い。妹にしたい。


 そして僕は何を言っているのだ。これではただのナンパ師と代わりがないじゃないか。


 正直、あの場で謝罪した所で彼女と僕の関係は一区切りついていたのでそのまま帰ってもよかったのだ。それなのにこうやって未だに会話しているのは、もちろん罪滅ぼしが出来たらいいいなという思いもあるが――


 彼女のことが興味深いと思ったからだ。話してみたいなと思った。これをきっかけに仲良くなれたらいいなと思った。――友達になりたいと思った。


 何故こう思ったのかは自分でもよく分からない。シンパシー的なものを感じ取ったとしか説明できないけど、なんとなく初対面でビビッときたのだ。


 方向性は少し違うけど、楓を初めて出会った時と感覚が似ている。あっちは完全に一目惚れだったけど。


「奇麗なんてそんな言葉、わ、私には勿体ないですっ。髪も肌も、はんぺんみたいで気持ち悪いですしっ。目だって、赤く充血しているみたいで化け物っぽくて不気味ですし……」

「じゃあ、僕の価値観がおかしいって事?」

「い、いいえっ! 貴方がおかしいとかじゃなくてですねっ!」

「じゃあ奇麗ってことで。いいですよね?」

「あ…………うぅ」


 彼女は嵌められた! という表情を浮かべると、口をすぼめて何かを言いたそうにモゴモゴさせる。感情が豊かで見ていて面白い。ついついニヤニヤしてしまう。


「え、えっと……貴方も、その……かっこいい、ですよ」

「へっ。……ええと、ありがとう?」

「あ、……は、はい」

「う、うん」

「………………」

「………………」


 謝罪合戦終わったかと思えば、なんだこの褒め殺し空間は。まぁ、これも僕がきっかけですけどね!


「確か、アルビノ? の人は肌や髪が白いんですよね。日焼けとか大丈夫なんですか?」

「……あまりよくないですね。外出する時は、日傘が必須です。体育の授業もできませんし。視力も悪いですし。でも、それよりも……」

「それよりも?」


 彼女はキョロキョロと辺りを見渡した。


「この髪と肌は目立つので……人の視線が、ちょっと……怖いです。すみません」

「……なるほど」


 ――確かに、最初に見た時のインパクトは大きいので、ちょっと町でも出かけたらそれだけで注目の的になるだろう。学校でも馴染むのは大変ではないかと思う。

 周りの視線に怯える姿。深くかぶった帽子。謙虚ですぐに謝る癖。きっと彼女は今までずっとアルビノに苦しんできたのだろう。それなのに本当に失礼だったなと再度反省する。


「すごく失礼で上から目線な発言だけど、髪を染めることはしないの?」

「やってみたいとは思いますが……。両親が私の髪を奇麗とあんまりにも言うので……。染めるのも申し訳ないかなって……」

「親思いですね」

「いえいえっ。とんでもないです。……ただ、私の意思が弱いだけですので」

「謙虚ですね。――ところで、どんな本が好きなんですか?」

「ええと、そうですね。色々なジャンルを読みますけど、私は特に冒険ファンタジーが好きです。私自身が外にあまり出られないので、いいなぁと思いながら読むのが好きで。他はホラー作品も好きです。なんと言いますか、ゾンビが出てくる分かりやすいホラーも嫌いじゃないですけど、やっぱり呪いみたいに科学で証明できないおぞましいモノを取り扱った小説が好きですね」


 本の話題になると、途端に笑顔を浮かべ上機嫌になる彼女。日光を苦手とし、人の視線に怯える彼女がわざわざ図書館に足を運んでいる所に、相当の本好きなのが伺える。


 饒舌に語る彼女であったが、急にハッ! と我に返って途端に泣きそうにな顔になる。


「ご、ごめんなさい! いきなりうるさくなって。き、気持ち悪いですよねっ!」

「ううん。凄く面白かった。僕も読書は嫌いじゃないから、また今度オススメの本を教えてよ。今日はこれ以上借りれないからさ」

「はい、分かりました!……へ、今度ですか?」


 彼女は『そんなバカな!』と目を見開く。さっと視線を外してチラリと僕を見て、またさっと視線を外してチラリと僕を見る。繰り返す繰り返す。


「……わ、私なんかで、いいんですか? 気持ち悪いのが隣にいて嫌じゃないんですか? ご迷惑をおかけしませんか? 今も退屈なのを我慢していませんか?」

「してないしてない。何でそっちが申し訳なさそうなんですか。――こちらこそ、図々しいですけどまたお喋りしてもいいですか?」

「は、はい! 是非是非!」


 半腰になって前のめりに食い気味に、彼女はコクコクと頷く。よっぽど嬉しかったのか、彼女の宝石のような目はキラキラと輝いていた。


 やはり――彼女は他人に異常なほど怯えているけれど、だからこそ人との関係に飢えているのかもしれない。僕もオススメの本を教えて貰えるし、案外ウィンウィンの関係を結べるかもしれない。結べるといいなぁ。


 ――と、突如彼女の懐から音が鳴る。スマホを取り出して耳に当て「うん。うん。分かった」と短く会話をすると、


「すみません。母親が迎えに来たらしいので……ごめんなさい」

「うん。今日はありがとう。楽しかった」

「すみません……」だから何故謝る。


 彼女は笑顔を引っ込めて、引きつった笑みを浮かべると机から立ち上がった。


「あ、ちょっと待って。連絡先交換しよう」

「え、いいんですか?」彼女はパァと花が咲くように笑う。




 ――そんな訳で、僕と彼女は友達になった。

 連絡先を交換して初めて知ったのだが、彼女の名前は――白鹿はくしか凛子りんこというらしい。


 今は簡単な挨拶しかライン上ではしていないけど、いつの日か二人の予定が合えばまた話したいなぁと思う。


 ――そんなことを考えていたからだろうか、白鹿とは僕が予想したよりもずっとずっと早くに再び会うことになるのであった。



 具体的に言うと次の月曜日に。つまり二日後に。




 * * * * *




「最近胸が大きくなった」

「マジか」

「ついでにウエストも太くなった」

「マジか。プラマイゼロじゃねぇか」

「これで気になるあの子も悩殺できる系?」

「その子がぽっちゃり好きだったらなー」

「ちなみに太一はどんな子が好み?」

「そりゃもちろん。苗字が群青で、名前が楓で、黒髪ロングの捻くれ女子がタイプだけど?」

「……太一の阿呆」

「いでっ。脛を蹴るな脛を。拗ねてるだけに脛を蹴るな」

「……………ゼロ点」

「……ごめん。今のは僕が面白くなかった」

「全くもう、親の脛ばっかかじってるからだよ!」

「お前の場合は面白く面白くないの次元じゃねぇから」使い方間違ってるから。ノリを重視しすぎだろコイツ。


 いつも通り、僕と花音は聞いているだけで頭が悪くなりそうな会話をしながら学校に向かってると――ふと、目先に見覚えのある人影が見えた。


 帽子を被っている女性は、日傘をさして学校の校門前で何やらソワソワしていた。


「わぁ。めっちゃ奇麗な人がいる!」花音が驚いたような声を上げた。


 確かに、とてつもなく奇麗な女性がいた。ただ校門の前で立っているだけなのに、まるで映画のワンシーンのように様になっていた。


 校門を通り過ぎる学生も、あれはもしや妖の類で見えてはいけないものなのでは? と目を擦った後パチクリする人や、見惚れすぎて校門に顔面から激突する人もいた。校門が混沌と化してやらぁ。


 帽子を被っても、肌の白さやセミロングの白髪は恐ろしいほどに目立っていた。

 そんな特徴的な女性は――僕の知っている中で一人しかいない訳で、


「……あ」


 彼女が、僕の存在に気付いた。彼女――白鹿はとてとてと日傘を握りしめながらこちらに駆け寄って来る。


 驚くことに――白鹿は僕たちと同じ制服を着ていた。赤いネクタイは下級生の印。


「……お、おはようございます。先輩」


 白鹿は照れつつも、優しげに微笑む。僕は――あまりの驚きに、固まっていた。


「わ、わ、わ、わ。お人形さんみたい」花音は言う。

「お、同じ学校だったんだ……」

「は、はい。そうみたいですね」


 白鹿はそう言うと、風でなびく自分の髪の毛をイジイジと弄りながら前みたいに申し訳なさそうに言う。


 ――しかし、前回の時とは違い、目は反らさずじっとこちらを見る。





「先輩。オススメの本はいつでも紹介できますからね」




















 ……思えば、



 あの時は気が動転していて、僕は白鹿の違和感に気付くことができなかった。

 今になって振り返ると、白鹿の行動はおかしな所だらけだ。


 何故、校門で待っていたのか。目立つのを嫌う彼女が何故。

 連絡先を知っているのだから、メッセージを送ればいい話ではなかったのか。


 何故、僕の学校を知っていたのか。少なくともあの時までは一度も学校で出会ったことはない。


 そして――何故、彼女が少しだけ明るくなったのか。

 もしあの時点で、おかしいと気付けて適切な処置ができたなら。

 糞みたいな神様との会話が、夢ではなかったと思えたなら。











 最悪の事態は、免れたのだろうか?

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