第四話 ナイド王国って、どんな国?

 あれから数日経った。

 僕はいまだ、ジャム瓶の中で生活している。

 ここが最後の領土だ。ここで生きて、ここで死ぬ。いや、死にたくない。


 日がな一日瓶のなかに転がって、アテンダントと談笑したり、ときたま訪ねてくる姫様の質問に答えたりするのが、僕の日課だった。

 なんだこの自宅警備員ニート

 排泄も食事も必要ないし、実質、天国では?


「天国は人間だけが持つ概念なの。それを知っているなんて、レヴィはやっぱり万物全知なの。さあ、今日も私に真理を教えるのです!」


 そんなソフィア王女様からの質問は、じつに多岐に及んだ。


「明日の晩御飯はなにか教えるのです。もしスライムの酢の物だったら、食べなくても済む言い訳を一緒に考えるのです! 私、スライムは嫌いなので」

『お姫様は食にうるさいんだねー』


「魔術の先生アーロン師から、宿題を山ほど出されたの。ぶっちゃけ楽勝なの。でも、早く城下町に遊びに行きたいので、効率的な解き方を教えるのです」

『造物主なだけに頭は悪くないみたいだいよね、お姫様』


「父上と一緒にお昼寝がしたいのです! レヴィ、なんとかするのです!」

『彼女の父親ってようするに魔族の王だからね、これはさすがに教えちゃだめだと思うよ、マスター?』


 と、まあ。

 非常に多彩で、なんとも微妙な質問ばかりだったのだけれど、ときには無理難題も混じっていて、僕は結局、残機を減らすことになってしまった。

 常に自分の命を人質(僕はホムンクルスだけど)にとられているわけで、答えないという選択肢がないのだ。


『マスターの残機は、いま89だね』


 アテンは相変わらず、なにが楽しいのかはしゃいだ様子で、逐一残機を報告してくる。

 目に見えて自分の寿命が減っていくというのは、なかなかつらい。


 ただ、救いもあった。

 あるとき、残機を惜しんだ僕は、問いかけをごまかすために御伽噺を彼女に語って聞かせたのだが、すると姫様は、その赤い目をキラキラとさせて、僕の話に聞き入ってくれた。

 作家をしていた僕としては、その反応はうれしいものだった。 


 姫様が特に好きだったのが、勧善懲悪の物語だ。

 王女様が悪竜にさらわれて、それを聖人であるゲオルギウスが救い出す。

 いわゆるセント・ジョージの英雄譚を語って聞かせたときなど、手を叩いて喜んでいた。

 ……もうすこしで、瓶が壊されそうだったのは、この際目を瞑ろう。

 彼女が喜ぶさまが、創作者として、僕には素敵だと思えるものだったからだ。


 さて、このゲオルギウスの逸話だけれど、僕はそっくりそのまま語って聞かせたわけではない。

 というのも、姫様は魔族なのだ。


 魔族。

 つまり、ファンタジー世界でいうところの、モンスターたちのことである。

 前世における多くの創作物がそうであったように、この世界の魔族と人間も、敵対的だった。

 というか、恒久的な戦争状態にあるらしかった。


『簡単に言えばね、マスター。この500年、人間と魔族は戦争をしたり、休戦したりを繰り返しているんだよ。そしてちょうど、いまは休戦の時期なんだ』


 サービスというか、普通のコミュニケーションとして、アテンはそんなことを教えてくれた。


『この大陸イシュリアーナの南にね、神聖ロジニア帝国という、人類最大規模の国家が存在する。大陸の四割を領土に持つそこが、主導権をもって戦争をしているんだ。人間至上主義の宗教的に、魔族は受け入れられないということでね。エルフやドワーフといった、みなし人類も、彼らは人間として認めていない。それでも人類は、大陸の七割を手中に収めているよ』


 亜人デミ・ヒューマンか。

 この手の差別というものは、どこに行ってもなくならないらしい。


 翻って。

 では、僕らがいるナイド王国というのは、どんな国なのだろうか。


『こっちもある意味すごいよ。ナイド自体は、大陸の一割にも満たない領土面積しかもたない。でも、ナイドを中心として、あらゆる魔族が、人類から身を守るために手に手を取り合っている。もっとも、魔族はいま、内乱の最中だけどね』


 内乱……

 なんだろう、すこし剣呑だ。


『この国は小さな国だけど、魔族の指導者がいる。そのカリスマはすごくて、彼がいるからこそ、魔族は一つにまとまって人類と戦うことができたんだ。休戦前の話だけどね』


 ということは、この国を治めている王様──つまり姫様の父親は、いわゆる魔王なのだろうか。


『いや、彼は魔族たちからはこう呼ばれているね。曰く、白兎王はくとおう──と』


 白兎王?

 僕がそう尋ね返したところで、アテンダントとの会話は打ち切られた。

 姫様が、スキップをしながら現れたからだ。


「喜ぶの、レヴィ」


 彼女はじつに無表情に、しかしすこしばかり誇らしげに、こういったのだった。


「ちょっとだけ、外出させてあげるの!」


 ……死ねということですか、姫様?

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