09


「君がストーカーに追われて困っているっていう西條さんの友人であっていますか?」


「は……はい」


 土御門と目があった結衣は、顔を真っ赤にさせて氷のように固くなっていた。こうして話せるようになったのは、彼と目があってから20分程度経ったころだった。それまで、話しかけても肩を叩いても、なにをしても反応をしなかったので、返事を返すようになっただけでもよい方である。

 しかし、問題は彼だ。


「私は、土御門秋晴。ここ"カクリヨ"のオーナーです。それで、こちらが店員の蒼」


「蒼と申します。以後お見知りおきを」


「失礼ですが、あなたは?」


 いまここにいる土御門と名乗る男は誰だろうか。昨日、成美と会った男はこんなにも礼儀正しい人ではなかったはずだしこんなにもニコニコと営業スマイルをするような人でもない。偉そうでお客をお客だと思っていないような、偉そうな男だったはずだ。

 それが何故、結衣にはこんな態度なのだろうか。


「私は、佐々木結衣と申します。あの、そのストーカーの件なのですが、なかったことにできませんか?」


「え!?」


 結衣の言葉につい声をあげてしまう。土御門は、成美に視線を向けると「どういうことだ、オラァ」と訴えるような、そんなおそろしい笑顔をしている。

 成美がわからないと首を振ると、土御門はもとの営業スマイルに戻し、結衣に向き直った。


「なかったことにとは、どういうことでしょうか? 解決したんですか?」


「それは……」


 口ごもる結衣に、土御門はさらに笑みを深めてにっこりと笑う。あれは、たぶん内心「早く答えろよ」と思っているに違いないと成美は思った。


「解決はしていないけれど、解決されると少しやっかいなことになる?」


「——っ」


 びくり、と結衣の肩がふるえる。結衣は、しばらく黙り込むとゆっくりと首を縦に振った。


「ストーカーの相手が誰か、佐々木さんにはわかっていらっしゃるのですね?」


「えっ、そうなの? 結衣」


「…………はい」


「どうして!? わかってるなら警察に言いにいこうよ?」


 結衣の手を掴み、彼女の表情を見ようと成美は覗き込む。結衣は、なにかを堪えるように下唇を噛んでいた。


「……結衣?」


「………………かんないよ」


「え?」


「成美には、わかんないよ! 友達を守りたいから警察に言えないなんて嘘だよ……本当は捕まって欲しくないから言えないの!」


「…………どうして?」


「…………教えない」


「結衣!!」


「教えないって、言ってるでしょ!!」


 結衣の腕が高く振り上げられ、そのまま成美の頬めがけて下される。成美は、衝撃に耐えようと目をつむるが、パシン、と乾いた音が聞こえてきても痛みは襲ってこなかった。


「——落ち着いてください」


 ゆっくりと目を開くと土御門がいつの間にか成美の前に立ちはだかり、その手で結衣の手を受け止めていた。

 まさか、土御門が守ってくれるとは思わず呆然とその背中を見つめる。


「佐々木さん、もし私らに犯人がわからないままストーカーの犯行を止められる方法があるとしたらどうします?」


「……えっ、そんなことできるんですか?」


 土御門は結衣の手をゆっくりとおろすとレジ奥へと歩いていく。


「目には目を、歯には歯を……ですよ」


 土御門は1つのアヤカシ缶を取り出すとニヤリと笑った。

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