第2話 カップル、クリスマス、回想

家を出た正は途方にくれていた。財布には5百円しか入っていない。銀行のカードを取り出す。残高は入ってないのはわかっていたが、もしかして、と思い近くのコンビニにいき残高を確かめてみる。あたりまえだが増えてない。何やってるんだ俺、と自分自身に笑った。コンビニで温かい缶コーヒーを一本買った。残高は380円。フラフラと夢遊病者の様に街を歩く。何故か街が今日は活気づいている。カップルが多い。何処からかジングルベルの歌が聞こえて来た。そうか今日はクリスマスか。すっかり忘れていた。俺、クリスマスに死のうとしていたのか。街を楽しそうに歩くカップルと軽く肩がぶつかる。正は軽く頭を下げたが、肩があたった女の方は、高揚感が勝っているのか、正の方を見向きもしないで、話しに夢中になっている。正は、イラッとして、ぶちのめしてやろうかと思ったが、本当にやるわけにはいかない。街を歩いていると、自分が1人なのに気づいた。1人で歩いている人はいる。だが皆、仕事や行く場所がある。ホームレスさえ集まって、道路で酒を飲んでいる。自分には何もない。金だけじゃなく、家族はもちろん、恋人も友人も。クリスマスのイルミネーションを後にしながら、どこに行くあてもなく歩いていると、駅に着いた。正は電車に乗った。ただ人のいないところに生きたかった。140円で切符を買った。降りる時は、切符を落としたと言って、一つ前の駅から乗った事にして、また140円払えばいい。などと考えながら、電車に揺られた。思えば正の人生はついてない事の連続だった。生まれこそ中流家庭だったが、父親と姉を10才の時、交通事故でなくした。心身がおかしくなった母は、精神科に通うようになったが、精神科の薬だけでは間に合わず、覚醒剤に手を出すようになる。その為、生活は破綻し経済力が間に合わなくなり、正は15才の時施設にいれられる。施設ではいじめが当たり前で、おとなしい正はいじめの標的にされた。夜になると先輩が(腹出せ)と言って、意味もないのに殴られた。おかげで正の腹はガチガチだった。そんな日々を過ごした正だが、大学には行こうと思っていた。私立はお金の負担が大きいので、施設では受けさせてもらえない。絶対に合格できる公立を選び受験する事にした。だが受験当日、母親が車相手に飛び込み自殺した。覚醒剤をやっていたのはなんとなく知っていたが、それでも母親である。単純に好きだった。それでも受験は受けたが、身が入らず落ちた。働く事になった正は、近くの建築の仕事をする事になったが、長続きせずパチンコ屋の仕事についた。そこで(かなえ)という女性と出会い付き合う事になるが、本気にはなれなかった。何故?と問われても、正自身にもよくわからない。なんとなく、という言葉が一番あっていた。何をやっても面白くないと日々思う正は、22才の冬自殺を決意した。だがこの結果である。正しは電車に揺られながら、ふと目を上げると、広告が目についた。(自殺を止めろ。hirokazu 2)と書いてある。この人、テレビで見た事あるな、確か自殺の原因の大半は過去にある。過去楽しかったり嬉しかったり、その思い出より苦しかったり怖かったりする思い出の方が勝っているからだ。生きたければ楽しい思い出を沢山作れ。   何てことを言ってたな。正しは思った。じゃあ金をくれ。俺の人生は不幸そのものだが、それを埋める楽しい思い出を作るには金がいる。そんな事を考えていると、アナウンスがなった。(まもなく最終駅~弥彦~弥彦~)正しはフラフラと電車を降りた。

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