バーサス!!

玖柳龍華

予選

風岡さん、目撃する。

 人畜無害なヤツだと思った。

 それが同級生、幸村に対しての第一印象。


 品行方正で、八方美人で。

 絵に描いたように真面目で、けれど面白さの欠けたヤツ。

 良い意味でも悪い意味でも優等生――成績も、素行も、顔も。


 今、絶賛高校二年目を謳歌中だけれど、過去二回のクラス替えで同じクラスになったことはない。

 親しくもない相手だけれど、どういう運命か同じ部活に所属しているため関わりがゼロというわけではない。少しながらも関わった上で、あたしはあいつが「つまらないヤツ」だと判断した。

 活動が活発な部活ではないので、基本オフのようなものだけど何故か毎日のように部室に顔をだし本を読んで、大体決まった時間に帰宅をする。

 一応校則違反と言うことになっているが、生徒達が教師陣に隠れながらいじくってるスマホを幸村が持っている姿は見たことがない。

 クラスが違うため、もしかしたらクラスでは弄っているのかもしれないが、少なくとも部室ではいじっていない。


 会話を振っても当たり障りのない返事をするだけ。


 まぁ、あたしが面白いヤツなのかと聞かれたら首を傾げてしまうけれど、でもあの男ほど無味乾燥ではないと思う。


 言っちゃ悪いけど、影が薄い。そんな奴。

 それが幸村薫という人物だ。




 ◇




 家の最寄り駅から、私は基本徒歩で帰宅をする。

 朝は仕事に出かけるお母さんに甘えて駅まで送ってもらうことが大半だけど、たまに歩く。


 両親が共働きのため、大体夕食は私が用意している。

 なので学校の帰りは偶にスーパーに寄ることがある。大体決まった道を通るが、気紛れで別の道を通ることもある。


 私はいつも通りイヤホンをさしながら今晩の献立を考えていた。


 気紛れに神社の近くを通りかかった。

 あまり人が来ない静かな場所。それなのに今日は妙に騒がしかった。


 私はイヤホンを片方だけ外して興味本位でその場所に近づいた。


 時として偶然というのは恐ろしいものだ。


 境内へ続く階段を登りつつ、その騒ぎがなんなのか予想をいくつか立てた。

 これがお祭りとかの騒ぎなら良かったのだが、どう考えても浮かぶのは推理ドラマなどで見るような乱闘事件だった。

 さすがにそんな物騒なことが起きてるとは思わないけれど、最悪小学生のおチビちゃん達が喧嘩しているのかもしれない。


 階段の中腹まで登ると、上から人が下りてきた。

 人数は2人。背の高めの人物が、もう片方の人物に肩を回し引きずるようにしていた。

 歩くことすらふらふらなその人物の顔は怪我だらけで、口の端からは血が出ている。


「先輩、マジ大丈夫っすから。こんくらい唾つけときゃ大丈夫ですって」

「は? お前の唾つけられる傷口のこと考えたことあんの?」

「……先輩、マジ容赦ないっす」


 黒で更に染めたかのような真っ黒な髪に、毎日つけている真っ赤な腕時計。

 下から見上げるその顔はまるで別人のようで、無愛想なその言い草から普段の様子はとても想像できない。


「……幸村!?」


 私がもはや叫ぶようにそう呼ぶと、奴はこちらを向いた。彼に支えられた見知らぬ少年も私の方を見る。


「……? 先輩の知り合いっすか?」

「いや、知らねェ」


 見たことねェわ。

 そう言いながら幸村は私の横を通り過ぎていった。

 いつもぴっしりと着こなしている制服のシャツの裾をズボンからだし、きっちり第一ボタンまで閉じているはずなのに、そこまで着崩していた。


 幸村だった。顔は。

 けど、雰囲気とか言葉遣いとかは別人で。双子の兄弟だと言われたら、私はすんなり受け入れたことだろう。


 けど、声は間違いなく幸村だった。

 間違いなく? いや、私達そこまで親しくないから断言はできない。


 え、幸村?

 ってか隣の怪我人誰よ。


 ってか、え? 幸村?

 なんでここにいんの。最寄りここじゃないでしょ。


 というか。

「見たことねェ」って何よ。

 そりゃ外で会ってもわざわざ話すような間柄じゃないけど、でも見たことないって何よ。


 こっちは見たことあるわ。

 いや、あんな格好の幸村は見たことないけど。所詮赤の他人だけど、でも同じ部室で一年過ごした仲わけで。

 仲っていうほど関係があるわけではないけど。関係って呼べるほどの関わりがあるわけでもないけど。

 だけど。

 見たことないって……。


「ムカつく!!」



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