22*地獄の様子を覗き見るみたいに



「どうして国務庁の人間がここにいる?」


「道に迷ってしまったんです」


 これ以上怪しまれてはいけないと、ウメがサポートを入れる。しかし、エルフィンの瞳は鋭くなったままだ。


「いいだろう、アジトに連れてってやるよ。その代わり、生きて帰れると思うなよ」


「やったー! 早く連れてけー!」


 何なんだ、このガキ達は……。


 エルフィンは激しく混乱していた。


 国務庁の紋章は、金属のバッジにしろ衣服の刺繍にしろ、偽造出来ないように特殊な技術で造られている。偽造しようものなら、極刑に処される。そのくらい、厳しく管理されている。小娘が遊びで身につけられるようなシロモノじゃない。こいつらは、本物の国務庁の人間だ。ならば何故、こんなクレイジーな言動をしている? というか、こんな小娘が国務庁の官僚だというのか。いや、いくら若くても能力があれば雇うのが今の左大臣様の方針だ。これも演技で、何か策があるのだろうか? わからない。だが、危険だ。ここで殺そうか? いや、ボスの意見を聞きたい。ボスが持ってきた、今の仕事と何か関係があるのかもしれない。どっちみち殺すのだ。ボスの意見を聞いてから殺しても遅くはないだろう。


「スマホは置いていけ。場所が特定出来るものはダメだ」


「スマホは持ってないです」


「持っていない? ボディチェックはさせてもらうぞ」


「きゃーヘンタイ!」


「へ、ヘンなトコ触ったら殺しますよ」


 ウメは何故か顔を赤らめ目を瞑り、直立して息を荒くしている。


「触らねぇよ」


「あ、兄貴、お、俺にもボディチェックさせてください」


 ヒゲ盗賊は再び鼻血をダラダラと流しながら近寄ってきた。とても怪しい手の動きをさせて。


「おめぇはあっち見張ってろ! 持ち場を離れるな!」


「え⁉︎ で、でも4人もいるなら1人くらい……」


「あ? 髭抜かれてぇのか?」


「そ、それだけは勘弁を……ひぃ!!」


 ヒゲは身震いをし、怪しい手の動きはそのままに持ち場に戻った。どうやら、ただの無精で伸ばしている髭ではないようだ。





 エルフィンは、素早く4人分のボディチェックを済ませると、自分のポケットに手を突っ込んで弄った。そして、小さな手ぬぐいを取り出した。


「これじゃ使えねぇな。おいヒゲ郎、何か顔隠せるもの持ってねぇか?」


「ありますよ!」


 どうやら、アジトの場所が分からないようにプルメリア達の顔を隠して視覚を奪うつもりらしい。


「おい、なんだこりゃ?」


「いいでしょう!?」


 ヒゲ郎が腹巻から取り出したのは、ピンクのヒョウ柄でふわふわのファーがついた如何わしいデザインのアイマスクだった。


「おいヒゲ、なんなのよそのアイマスクは!」


 プルメリアはヒゲ郎が持つ卑猥なアイマスクを指差して問い詰める。


「へへへ、これはSMプレイ用のアイマスクです。それと、これもありますよ、へへへ」


 ヒゲ郎は、まるで子供が誕生日プレゼントにもらった大切な玩具を取り出すように嬉しそうな表情を浮かべ、腹巻から紐のついたピンポン玉のようなものを取り出した。SMプレイの時に使う、口に咥えるアレである。


「お嬢ちゃん、これを口に咥えてくだせぇ。あと、ちゃんと鞭もあるでよ、はぁはぁ」


 ヒゲ郎は鼻息を荒くしながら、腹巻からピンク色の鞭を取り出した。プルメリアは、素早くそれを奪い取り、ヒゲ郎の尻を叩いた。


「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞこのヒゲ!」


「はうぁ!」


 プルメリアが振るう鞭が、心地よい音を立ててヒゲ郎の尻を打つ。プルメリアは氷のような表情で、何度も何度もヒゲ郎の尻を打つ。その度に、ヒゲ郎は悩ましげな悲鳴を上げる。


「このピンポン玉みたいなのもお前が使えや」


 そう言って、プルメリアはヒゲ郎の鼻の穴にピンポン玉みたいなのを突っ込んだ。


「いてててて、お嬢ちゃん、それ使い方間違って……いてててて」


「おらおらおら!」


「ひぃ〜! レ、レベルが高過ぎでやんす〜!」


 他の3人とエルフィンは、大地に開いた穴から地獄の様子を覗き見るみたいにその光景を眺めていた。


「プルプルちゃん女王様ー!」


「流石、1人でゴリアテを墜とした女ですね……すごいです!」


 ウメは生唾を飲んでその光景を凝視している。


「これで金稼げるんやない? ガルディンベルクに店だそうや」


「み、未成年がそんな卑猥なお店はいけませんよ!」


 それ以前に、本来の趣旨とズレている気がする。


「いえーい! プルプルちゃんひわいー!」


 鞭が打ち込まれる音と、ヒゲ郎の悩ましげな悲鳴が深い森の中にこだました。



 エルフィンは、木の根に腰掛け、額を押さえながら言った。


「……そろそろいいか?」


「ダメです、エルフィンさん! 今いいところなんですから!」


 ウメは鼻息荒くエルフィンにそう告げると、四つん這いで鞭を打たれるヒゲ郎に再び視線を移した。エルフィンは頭を抱えた。




 くっ、俺は今、一体何を見せられているんだ……




 エルフィンは、暫く思考の迷路を彷徨った後、立ち上がり、プルメリアの背後まで歩いていき、今まさにヒゲ郎に亀甲縛りを施そうとしているプルメリアにアイマスクを被せた。


「あっ……!」


「あ、兄貴! い、今いいところなのにっ——ぐはっ!」


 エルフィンは、ヒゲ郎の頭をプルメリアが持っていた鞭で叩くと、ウメ達にもアイマスクを被せ、少し離れたところで見張りをしていたもう1人の盗賊に話しかけた。


「三助、ちょっとこいつらアジトに連れて行くから、見張り頼む」


「へい」



 今までずっと黙っていた三助が、初めて口を開いた。





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