第56話 見えなかった想い
タスクの所から家に戻った後、リビングで母さんとお茶をしていたユーリと話をしようと声をかけた。
「ユーリ、ちょっといい?」
「おかえりなさい、ヨシカズくん。何ですか?」
「昨日のことで話がしたいんだけど――俺の部屋に来てもらえないかな?」
「何よ〜〜話って〜〜。ここで話せばいいじゃない〜〜」
「いや、昨日タスクと
俺の部屋で話をしようと言ったら母さんが不満気な声を返してくる。正直、自宅のリビングで話す内容じゃないので二人っきりで話したかった。
「確かに母さんは分からないわね〜〜」
「えっとじゃあ、行きます。あの、紅茶、ごちそうさまでした」
「気にしなくていいのよ〜〜。あ、カップもそのままでいいわよ〜〜」
「すいません……」
母さんとユーリのやり取りを見ていると、昨日のことが嘘のようだ。タスクの背中が刻まれたり、俺の足が砕かれたりと、非現実的だけど現実だった。そんな状況にも慣れてきてしまったようなので、いよいよ感覚が麻痺してるのかも知れない。
ユーリを後ろに、階段を上がって部屋へと向かう。部屋の中で向かい合って座ると若干の気まずさを感じてしまう。そう言えば、ユーリと部屋で二人きりになるのは初めて会った時以来だ。
「あの、話したいことって言うのは――」
「昨日の
先回りして言われてしまった。そりゃ分かるかとも思うけど、ポツリと言葉を漏らすように言うユーリの表情に、気まずさが増す。
「うん……ちょっと分からないことが多すぎてさ」
「そう――ですよね。ヨシカズくんがそう思うのは、分かります」
「それでユーリは
話を本題に進めようと、抽象的な質問をしてしまった。まずはどこまで認識が合うのかを確認する必要があると思ったからだ。
「――こう言うと、何言ってるんだって思われるかも知れないですが……正直、私にも昨日のアレが何かよく分からないんです」
「アレって言うのは、裏面のこと? それとも奥の部屋にあった
ユーリが突然能力を発現したこともあったけど、話がややこしくなるのでまずは一番気になっていることを聞くことにした。
「その、
「どっちも分からないのかあ」
裏面の中でのユーリの様子でも分かっていたが、やはり両方分からないと言う。ユーリが苦しそうに喋るので、多少気を使いながら話してるけど、何も分からないんじゃ話も進まない。どうしたものかと考えていたら、ユーリの方からぽつりぽつりと話し出す。
「あの……やっぱり、気持ち悪いですよね。意識もないのに勝手な行動したり、あの部屋の奥にいたのも私と同じ顔をした人間でしたし。裏面に何度か潜って普通じゃないことは分かっていますけど、それにしても異常だと自覚してます……まるで私、
分からないという答えを返すのに申し訳ないと思ったのか、ユーリが自分を客観視したように喋る。最後の言葉にはギクリとしてしまった。その言葉を聞いて、もしかして俺自身気付かないうちに、そう思ってしまっていたのか、とも。
「そ、そんなことはないよ」
「気を使って貰わなくても、自分でも分かってるんです。何にも知らないのに、裏面に行かなくちゃって思いが、どこから湧いてくるのかも分からなくって。それで変な行動をしてヨシカズくんにも、タスクくんにも迷惑をかけちゃって。だから自分一人でも裏面に行けるようにしようって思ったのに、結局また迷惑をかけちゃって。昨日、足を怪我したのを見てショックで――それに怖くて動転しました。このままじゃ
「ちょっと待って! ……ごめん、ユーリのことを考えないであれこれ聞いちゃった」
ユーリがまくし立てるように話し続けるので思わず止めてしまった。急な豹変に驚いてしまったけど、普段もの静かな分、思うところがいっぱいあったのかも知れない。俯くユーリは目尻に涙を溜めて、それを流さないように必死で耐えているように見える。
確かに何度か死にかけたのは事実だけど、どちらにしたって俺やタスクが自ら危険に飛び込んだ結果だ。ユーリの素性が分からないからって、それを責めるつもりなんか勿論ない。ないのだが、それを言葉にしなかったのも事実だ。
思えば裏面の攻略を中断すると言った観覧車の中で、ユーリは一人何かを決心するような顔をしていたようにも思える。色々気付けてなかったんだな、と改めて思う。
「ごめん、ユーリはそんなに気にしなくても大丈夫だよ。それは本当に。俺は俺で自分の意思で行動してるし、タスクだって一緒だ」
「そう、ですか……」
「ユーリも色々分からないことが多くて混乱すると思うけど、せめて俺のことは信じてよ。昨日のこととか、これから攻略をどうするかとか、色々考えなくちゃいけないことがあると思うんだ」
ユーリは黙って俺の話を聞く。
「――だからって訳じゃないけど、少し考える時間をくれないかな? 調べたら分かることもあるかも知れないし」
「……分かりました」
これ以上話を続けてもユーリを混乱させるばかりだと思い、一旦話を打ち切ることにした。結果的に分かったことはほとんどないけど、ユーリが俺たちのことをどう思っていたのかは少し分かった気がする。
部屋を出て行くユーリは気持ちを切り替えられた様子でもなかったけど、今はどうしようもないと思った。
これからどうしたものか、と一人天井を見上げながら考えてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます