リバースサイドへようこそ!

伊藤マサユキ

リバースサイドへようこそ!

序章

開かれた『扉』

 一年ほど前。

 何のイベントでもないその日、世界各地に突如『とびら』が現れた。


 扉と言うのも、その記号のような形が扉に似ているというだけであり、当初それはその形状から『扉』だったり、『弾丸バレット』だったり、『アイコン』などと呼ばれていた。


 当然それ・・は日本国内のいたるところに出現し、話題となった。

 新宿東口にある大きなディスプレイの前の広場や、渋谷のスクランブル交差点の中央、池袋なんかは駅構内にあるふくろうの像の頭の上だ。くるくると静かに回り続ける『扉』が中空に浮かんでいる。非現実的な光景だ。


 人々の注意が集まるような場所を狙ったかのように現れたそれ・・は、連日ニュースで取り上げられたり、インターネット上で話題になったりしたが、出現してしばらくそれ・・が何であるかは分からなかった。宇宙人の仕業だとか、他国の陰謀だとか、魔法だとか、皆が好き勝手なことを言っていた。


 そんな中、それ・・が出現してから数ヶ月ほどが経った頃。

 世間も話題にするのを飽き始め、誰しもがそれ・・の存在が気にならなくなった頃、インターネット上で噂が流れ始めた。


「あの『扉』に入る方法がある」

「『扉』の中にはまるでファンタジーのような世界が存在する」

「その世界はまるでゲームに出てくるダンジョンというような箱庭はこにわの世界だ」

「中に入って冒険をし、踏破すると宝が貰える」


 初めは、海外の人達が話題性や怖いものみたさで色々と試している中の情報だったため眉唾な話も多かったが、当然国内でも『扉』の中に入れるかを試すやからが現れ始めた。

 そしてその結果、その噂が真実であることを世間が知る。


 と言っても、おおやけにそのことを話す人はいなかった。メディアが報じなかったのも一因だろう。

 これも噂だが、政府がその危険性から情報を広めることを禁じたからという話もあった。暗黙的な箝口令かんこうれいだ。


 しかしこの時代に情報の流出を止められる訳もなく、いたる所で情報が流れるようになってから、全世界――そして国内での行方不明者が激増した。原因は勿論『扉』にあるのだが、現代人の危機感の無さが揶揄やゆされたりした。


 噂話ほど生易しいものではなかったが、噂話以上のお宝がそこにはあったのだ。

 通常のトレーニングでは得られないような力や、体を活性化させる若返りに似たような効果や、魔法のような能力を得るなど、まるでおとぎ話のような『宝』はその種類が多岐に渡り、水面下で人々を惹きつけていた。


 それがまだ噂レベルのものであった頃には様々な問題が起きた。

 オリンピック選手がドーピングで得られる効果とは比較にならない力を得て活躍してしまったり、アンチエイジングを求めた金持ちが金をばらまいてそれを得ようとした、というものは一例に過ぎない。

 そして金が絡むところには更に問題も絡んでくる。違法組織の犯罪行為の温床になったりするなどの問題もあった。


 ひとしきりの問題が起きた後、日本でも表立って警察が動いた。

 しかしその活動も、大きな駅や公共施設の近くにある『扉』を管理したり、『扉』の出現情報を受け付けたり、という消極的ものであまり意味をなさなかった。『扉』の数が尋常ではなかったからだ。


 『扉』は偏在する。

 例えば雑居ビルの隙間であったり、公園の遊具の上であったり、家の中にまで現れたりした。


 そうして公けには『扉』の存在は無視、あるいは傍観ぼうかんされるようになった。

 その頃からだろう。国内で『扉』が隠語として、『裏面リバースサイド』と呼ばれるようになったのは。正式なものではないが、名称をリバースサイドと、隠語として使う場合は裏面うらめんと言う感じだ。一説には、ゲームの裏ステージ――裏面のイメージでその言葉を使い始めた奴が、それを直訳してリバースサイドと表現したところ、海外のインターネットユーザーにそのチープな表現が受けたことが理由とも言われている。

 まあ、どうでもいいことだ。


 最初はその存在を話す時の、ただのインターネットスラングだった。ただ何となくそれが世間に受け入れられていった。


 この前など、下校中の小学生らしき男の子達が「今日、裏面うらめんに行こうぜ」などと言っていた。ゲーム感覚というやつだ。他人事のように言うが世も末だと思う。


 依然、裏面リバースサイド絡みの問題や行方不明者は後を絶たない。

 しかし、勿論そんな中でも『扉』を開けようとする者も後を絶たななかった。



 必要もないのに自ら危険に飛び込もうとする、どうしようもない者たち。

 その一人が俺、直江なおえ義一よしかずだ。

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