8。 見えた精霊

8。 見えた精霊




 だらしない顔の母ちゃんを何とか引き剥がしたその後、我は意識を失った後のこと母ちゃんに聞いてみる。


「突然、ものすごい風が吹いた後にしぜんちゃんはその場に倒れたのね」


「うん」


「ママはビックリしてすぐに電話で救急車を呼んだのよ」


「え? マジ?」


 じゃあここは病院の一室なのか。

 まぁでも確かに突然倒れたら救急車呼ぶか。


「それにしてもあの風は何だったのかしら? 男の人たちを吹き飛ばしちゃったし」


 母ちゃんが不思議そうに言う。

 あの風は前代の精霊王が起こしたものだと思うから普通ではないよな。

 何とか誤魔化せないかな。


「えっと……我は普通より少しだけ強い風くらいにしか感じなかったけど」


「え?」


 やべえ!

 何言ってんの我!?

 誤魔化そうとして適当なこと言っちゃったよ。


「うーん、そうかなぁ」


「絶対そうだって! 母ちゃんは動揺して記憶が混乱したんじゃない?」


 こうなったら何とか押し通すしかない!

 ……さすがに無理か?


「しぜんちゃんがそう言うならそうかもね」


 いや、それで誤魔化せちゃうのかよ!?

 チョロすぎるだろ母ちゃん!?

 誤魔化そうとしたのは我だけどもさ!

 もっと疑えよ!

 こんなんでよく社会人として生きていけてるなぁ。

 我は母ちゃんのことが不思議で仕方が無いかった。


「あ、そうだったわ」


「ん?」


 そこで母ちゃんが何かを思い出したようだ。

 まさか……やっぱりあの風のことを。


「しぜんちゃんが目を覚ましたらお医者さんに声を掛けるように言われてたんだった」


 違うのかよ!

 まぁそんなことだろうと思ってたけども。


「じゃあママはお医者さんに声を掛けてくるわね」


「はいはい、行ってらっしゃい」


 我は片手を適当に振って母ちゃんを見送った。


 その後、部屋に白衣を着た医者と思われる男性と看護婦に母ちゃんがやってきて、我を診察した。

 結果は問題なし。

 でも、一応詳しい検査もした方がいいということで検査を受けた。

 それも特に問題なし。

 結局、午後まで検査に時間が掛かってしまったが、無事に病院を出ることになった。

 我としては精霊になったことで何か問題が出るかと思ってたが、特に何も無かったな。

 そんな事より玉精霊たちが付いてきて好き勝手しているのが気になってしょうがなかった。


『びーむ』『まわるまわる』『へんなおとー?』『それおもしろい?』


 こいつら本当に自由だよ。


「しぜんちゃんはタクシーで帰った方がいいかな?」


「あー」


 病院の出口で母ちゃんがそう言ってきた。

 そういえば帰る方法を考えてなかったな。

 我は自分の姿を見る。

 何時ものパジャマだわ。

 こんな姿で電車に乗るのは幾ら何でも恥ずかしい。

 電車の中でパジャマ姿の成人男性見たら我だったらすごい気になるもんな。

 できればタクシーの方が良い。


「……じゃあタクシーで」


 無駄にお金が掛かって少し悪い気になるが、しょうがないだろう。


「分かったわ」


 母ちゃんは出口脇に設置されているタクシー会社直通の電話に向かった。

 我は母ちゃんの姿を見つつも、視界に入る沢山の玉精霊が気になる。

 もしかして、こいつらも一緒にタクシーに乗るのか?

 てか、乗れるのか?

 我は玉精霊でぎゅうぎゅう詰めになったタクシーを想像してげんなりした。


「あ! あれかしら?」


 その後、母ちゃんが呼んだタクシーが病院にやって来たので乗り込んだ。

 ちなみに玉精霊たちもタクシーに乗れた。

 というか入った。

 その所為で視界に玉精霊しか見えないけどな!


『くるまー』『はじめてのるー』『うごいたー』『はしるー』『そとがうごくー』


 相変わらず玉精霊たちは自由に喋る。

 少しうるさい。

 ただ、車が揺れた時に全員が『わぁー』って歓声を上げるのを見て微笑ましい気持ちになった。


『いまの』『もういっかい』『たのしいー』『ごーごー』


 ……やっぱりうるさい。

 タクシーの中で玉精霊たちの声を近くで聞き続けていると、途中で少し窓の外を見る事が出来た。


「うそぉ……」


 つい我は声を出してしまった。

 何故なら窓の外には精霊だと思われる多種多様な存在がいる光景が広がっていたからだ。

 緑や赤、青や茶色をした半透明の存在の数々。

 それは様々な動物の形や人の形、それに実際には存在しないような形をしている存在もいる。

 例えば犬みたいな精霊やライオンのような精霊も居ればおっさんのような精霊もいる。

 しかも、遠くの空には巨大すぎるクジラのような精霊が悠々と空を泳いでいるし、その隣にはまるでドラゴンのような精霊が空を舞っている。

 昨日までには間違いなく見られなかった光景。

 我は呆気にとられてしまう。


 ……確かに精霊は何処にでも居るとルシルは言っていたけども!

 幾ら何でも多過ぎだろっ!?

 何とか気を持ち直し心の中でルシルにツッコミを入れた。

 てか、なんかめっちゃこっち見てないか?

 しかも、よく見ると精霊の中にはこちらに頭を下げている者もいる。

 精霊王どんだけだよ!?

 これ絶対我を見に集まっている来ているだろう!?

 どうやらまだ我は精霊王という存在を軽く考えていたのかもしれない。


 ……とりあえず、今は気にしないようにしよう。

 結局、我は家に着くまで外の光景を気にしないようにしつつ、タクシーの中で相変わらずうるさい玉精霊たちに意識を向けるのだった。

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