第27話 番外編 浅草の寅 ②

浅草の町を歩き疲れて

陽が暮れて夜風が冷たくなってきた。


「ねぐらは空き地に捨ててある

トロ箱の中にするか」


「トロ箱?」


「魚が入ってた箱だけど温かいんだ」


「カルフォルニアは一年中暖かいのよ」

「へぇー、そいつは羨ましいぜぇ」


「野良猫たちも自由に暮らしてるわ」


「日本には四季ってもんがあって、

冬は雪が降って野良猫には厳しい季節だぜぇ」


「雪? Snow? Oh!  Fantastic」


時々、異国の言葉が混じるキャロルだったが、

カルフォルニアという町がどんな場所なのか

想像もつかない浅草生まれの寅だった。


おんや? 


空き地の発泡スチロールの箱には先客が居るようだ。

白い尻尾がのぞいている。


「リリー姐さん、お久しぶり」


「おや、寅ちゃんかい?」


白猫のリリーは浅草のストリップ劇場の

踊り子が飼っていた猫だった。

だが、シャブ(覚醒剤)を打ち過ぎて

飼い主が死んだせいで、リリーは野良猫になってしまった。


けれど浅草一の美猫リリーを飼いたがっている人間も多い。

だが、最初の飼い主に『みさお』を立てて、

二度と飼い猫にはならなかった。


「ずいぶん別嬪べっぴんさんを連れてるじゃないか。

その子はあたいらとは世界が違うよ」


「そんなんじゃない! 

迷子だから面倒みてやってるだけだい」


「そうかい、だったらいいけどさ……」


キャロルの方をチラリと見て、

リリーは意味深な笑みを浮かべた。


「おや、ここをねぐらに来たのかい? 

だったら、あたしゃ他所(よそ)へ行くよ」


「とんでもない! あっしらが退散します」

「いいよ、いいよ。ここは若い者に譲るさ」


そう言って、りりーは去って行った。


 

リリー姐さんの気配りで、

かえってバツが悪くなった、おいら……。


「キャロルはここで寝るんだ。じゃあな」


素っ気なくいい、行こうとすると、


「待って! 独りにしないで、心細いわ」


潤んだ青い瞳でキャロルが見つめるから、

おいらのハートがキュンと鳴った。


「仕方ないなぁ……

おいらの蚤が移っても知らないぜぇー」


キャロルのふさふさの毛に包まれておいらは眠った。


なぜか仔猫の時に別れたおっかさんの夢をみたら、

ガキみたいに素直な気持ちになれた。



――そして朝になった。


「リッチなモーニングを食べに行こう」


おいらたちは、隅田川沿いにある寿司屋へ直行――。

ゴミ箱の中には魚のアラやにぎり鮨も混じっているのだ。


「ここのネタは新鮮で旨いぜぇ!」


ゴミ箱の中から、にぎり鮨を探し出して、


「ほれっ! これが日本の寿司だ」

「キャッ! 辛い」


ひと口食べて、キャロルが叫んだ。


「わさびは猫には無理! あははっ」


仲よくゴミ箱をあさっていると、上空から黒い翼が飛んできた。


「おーい! 浅草の寅」


「おおっ、カラスのカン太郎か?」


黒い翼は、ゆっくりと降下すると、近くの街路樹に止まった。


「よっ! 久しぶりじゃねぇーか?」


「わしも『カン太郎』一家を若いモンに譲って、

今は気ままな、はぐれカラス暮らしよ」


カラスのカン太郎とは祖父さんの代から付き合いのあるカラスだ。

一時は猫とカラスが餌場を巡って、熾烈な戦いの日々だったが

シマを分け合うことで、両者は和解して仲よくなったのだ。


「最近、悪い噂を耳にしたんで伝えにきたんだ」


「な、なんだ!?」


「隣町の『両国のタマ』一家 があっちこっちの

餌場を荒らしてはシマを広げようとしてやがる」


「あの野郎……なんてアコギな奴だ」


「奇襲を掛けて、そのシマのボス猫たちを倒しているらしい」

「そっか、そりゃあ油断できねぇーな」


「おめぇも用心するんだぜぇ」

「ありがとよ!」


カァーとひと鳴きして、カン太郎は大空へ飛び立っていった。

その話を聞いて、おいらはシマのことが心配になった。

アコギな両国のタマのことだから……

きっと、ケンカをふっかけてくるに違いない。

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