2話:金髪の騎士と白いふわふわ

「――詰んだ。出れない」



 開幕一番で戦うことを諦め、冒険者ルートを放棄したヤガミハルトであったが。

 そんな彼は二つ目のルート唯一の特技である『料理』のスキルを生かしていこうと決める………。と同時に壁に当たり計画は高速で崩壊していた。


 崩壊した理由は以下のとおりである。


「へへっ、体力は平凡、魔法は一つも使えない!

 しかし、そんな俺にもただ一つのスキルが隠されていたのさ!

 それは俺だけに許された唯一のユニークスキル!!

 その名も『異世界料理術』だ!!!」


「ヒャッハー! 異世界の人々の舌を唸らせるのは俺だけだー!!

 店長、損はさせねえ、礼儀知らずだがこれから礼儀も覚えていく!!!

 これからこの世界に名を残すであろう俺!

 ハルトヤガミを雇ってくれっ!!!」


「『魔法』が使えなきゃ雇えないよ」


「うわらばっ!!!」


 そして、ハルトはしめやかに爆発四散。

 哀れハルト魔法を使えないものに慈悲はない。

 ナムアミダブツ。



――以上が、ハルトの脳内で起こった出来事である。


 あくまで妄想の範囲である。

 異世界のレストランに堂々と突撃し、

頭を下げる真似は極度の人見知りであるハルトには出来ない。


 現実は、レストランの前でもじもじとしながら、

どうするのが最善か、脳内シュミュレートを繰り返し、

店員に話しかけるのを躊躇っていたハルトが壁に張られてある求人広告を見たのが現実である。


 そして、物語は冒頭に戻る。



「――詰んだ。出れない」



 一枚の求人広告を見て、ハルトは肩を落としていた。

 それはもう、「ずーん」と言う効果音と共に雨雲がハルトだけにかかるくらいに………。

 ハルトは憂鬱な気分にしてくれた求人広告を今一度読む。


「――体力仕事です。

 うん、これは別に良い。というか当然だ。

 野菜の皮むきで一日が終わることも想定している」


 うんうん、と頷く。


「――やる気がある方歓迎します

 はっはーん! このハルト様にやる気がないと申すか!!

 自作の料理本を三冊ほど背表紙を付けて家族に自慢するほどの俺をなめているのか!!!」


 どんっと自信満々に胸を叩く。


「――上記に加えて

 『火』または『風』の魔法を使える方を募集します。

 オーマイゴッド!!!!! ナンテコッタイッ!!!!!!」


 壁に手を付き、再び「ずーん」という効果音と共に雨雲を呼び寄せる。


「……………ちくしょう、魔法はここでも俺の足を引っ張りやがる。

 なんだ! なんだ! 魔法が使えなきゃゴミ屑当然と言うのか異世界人め!!

 それに、この、なんだ。

 『食運の加護』『幸運の加護』が付いている方は給料を上げます

 ってハートマークで囲みやがって!!!

 こちとら、『何も知らない馬鹿な異邦人』って称号しか持ってないんだよ。バーカ!!!」


 不平不満を洗いざらいぶちまけて、ハルトは深く深くため息を付く。

 壁から手を離し、少しばかり夢を抱いていたレストランを見上げると、もう一度ため息を吐き、

自分の頭を掻くと、気を落ち着かせて次の行動を考える。


「………そうだな。まだ求人広告を一つだけ見ただけだ。

 まだまだ諦めるのは早いんじゃないのか?」


「魔法が使えなくても出来る仕事があるかもしれない………。

 別の店の広告も探してみるか」


 よしっ! と自分の頬を両手で叩き気合を入れると、片っ端から求人広告を見て回ることを決意する。

 ハルトの旅はまだ始まったばかりなのだ!!!



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



――それから三十分後、失意の底に沈むヤガミハルトの姿がそこにはあった。



 あれから、ハルトは大地を踏みしめる二つの足を交互に動かし、血眼になりながら求人広告を探し続けたのだ。

 一つ見ては、魔法必須という言葉に舌打ちし、二つ見ては○○の加護必須という言葉に唾を吐き。

 三つ目の若くてお尻が大きい十八歳以下の男の子求むと言う広告を破り捨て、

もう、魔法が必須なのは諦め、雑用係で給料半分以下なら雇ってもらえるのではと考えを改め直していた時に

六歳くらいの幼女が十キロはありそうな木箱を軽々と運んでいるのを見て心が折れた。


 心が折れたのだ。バッキバキに………。


「ほんとに、これからどうしよう………………」


 道端の隅に体育座りで座り込み、ハルトは弱弱しく呟くが、その言葉に答えるものは誰もいない。


 目に映るのは誰もが時間に追われるようにせかせかと歩く姿だけだ。

 その姿を見て、まるで仕事に追われる日本人のようだなと脳裏によぎり、何か熱いものが目から零れ落ちそうになり、慌てて顔を背ける。



――――帰りたい。



 それが、ヤガミハルトの正直な気持ちだった。

 

 異世界は自分には優しくない。………と思わざるを得なかった。

 容姿も違う、基本スペックも違う、文化も違う、違う違うづくめのフルコースだ。

 元の世界でも、外国に行ったことはないし言葉の違う国など行きたくないと言う考えを持つプチ鎖国状態のハルトにとって、

何も知らない世界にいきなり飛ばされると言うのは過酷すぎた。


 どうせ異世界に飛ばされるのなら、ゼロ歳からスタートさせてくれよ、と居るか分からない意地悪な神に悪態を付く。

 少しずつこの世界の常識を学べれば、こんなに惨めにならなくて済んだのに。

 常識もなければ、金もない、明日食べる物にも困っている。あるのはどこにでもありそうな短剣だけだ。


 知り合いも頼れる人もおらず、目的も分からない。

 焦燥感ばかりが募っていく。


「――くそっ! 一体俺にどうしろって言うんだ!」


 悪態を付き、地面を拳で叩くが、その行為の報酬は拳の痛みだけだ。

 軽く呻きながら、自分の頭を抱える。

 

――落ち着け。


 深く息を吸いながら、ハルトは考える。


「大丈夫だ。まだこの世界に来て二時間くらいだぞ。俺はまだ大丈夫だ」


 自分自身に語りかけて平静を保つ。


「最悪、今日一日は大丈夫のはずだ。そうだ、今日一日は情報を収集して明日行動すればいい」


 この世界に図書館はあるのだろうか?

 書物のない世界なんてないだろう、まずは図書館へ………行ってどうする?

 異世界の歴史でも調べるのか? 何のために?

 

 今、必要なのは、飢え死にしないように食べ物を確保することだ。

 歴史なんて調べても腹は膨れない。

 

 だけど、食べていくためには魔法の知識が必要だ。

 ………そうだ、何でこんなに当たり前のように魔法というものが根付いているのだろう?


 途端に考えが思い付き、切れかけた電球が突然付いたようにハルトは顔を上げる。


「――魔法がこんなに当たり前に根付いているのなら、

 俺が使う方法を知らないだけなのでは?」


 四肢に力が戻り、くすんだ眼の光も戻ってくる。


「そうだよ、まず必要なのは知識だ!

 そうと決まれば図書館を探さないと――」


 ハルトが両足に力を入れ、立ち上がるのと同時だった。



『突然、隣りの店が吹き飛んだ』



「………………………………は?」


 口を開けたまま、ハルトは呆然と道の端に立ち尽くす。


 パラパラと木くずと砕けた石が道に散らばり、粉塵と土煙が舞い散る。

 しばらくすると、出入り口と言う意味を無くした、入り口から白銀の鎧を着た女性が出てきた。

 

 ハルトはこの二時間で異世界の人々は美人美男揃いだと思っていたが、その女性はその中でも際立っていた。

 人形の様な白い肌に、見る者を魅了する金色の瞳。

 腰まで伸ばした金色の髪は光を受けキラキラと極上の絹のように揺れている。

 女性らしい体をした上半身は装飾が施された騎士の鎧で固め、

破壊の名残を受け、粉塵が舞う背景を背にした女性がたたずむ姿は名画の様に印象に残る光景だった。


 男性に向かって彼女が微笑めば、ほとんどの男は虜になるだろう。

 ………ただ、残念ながら、今の彼女は怒っていた。

 どちらかというと、ぷんぷんと可愛い表現の怒りではなく、憤怒の形相で。


 女性はふんっ、と鼻を鳴らすとくるりと踵を返して店から立ち去る。


「………えっ、あっ、待ってくれ!」


 ハルトはつかつかと先を歩く女性騎士の後を慌てて追いかけた。


 なぜ? と言われればそれは自分自身にも良く分からない咄嗟の行動と言うしかないだろう。

 焦燥感が突き動かしたのだとか、孤独感が人恋しさを求めたのだとか、

女性があまりにも美人だったからとか、様々な理由があるが

一つの確信を抱き本能が向くままに行動をおこした。


 金色に光る女性騎士を見た時、ハルトは思ったのだ。


――『この人だ』と。


 ………とどのつまり、それはただの『直感』であるわけだが。


 だが、それはこの世界に来て何一つ馴染めなかったハルトにとっては救済の光のように思えた。

 ピースが上手く嵌った様な感覚に突き動かされ、両足は進むべき道を見つけたが如く迷いなく駆け抜ける。

 この人こそが、舞台に立つ役者であり、自分もこの人と共に舞台に立つのだと、

必死に前方を進む騎士に付いて行き声を掛けた。


「――すみません、お話良いですか!」


「――――」


「――あのっ、少しで良いので………」


「――――」


「――ちょっ、ちょっと立ち止まってもらっても………………」


「――――」


「――………………………あのっ」


「――――」


「うおぉぉぉっ!ていうか、歩くの半端じゃなくはぇぇ!!!」


 カツカツカツっと金属音を鳴らし黄金の女性騎士は普通に歩いているはずだが、

なぜか、異常に歩行スピードが速い上に、すいすいと無人の道を歩むが如く人混みを抜けてゆく。

 

 ハルトも駆け足から走りに移行し、さらには全力疾走して追いつこうとするが、

それでも女性騎士との差は埋まらず、逆にリードが徐々に広がっていく有様だった。


「――ま、まって………い、息が続かない」


 脇腹を押さえ、悲痛な顔で追いかけるハルトをまったく寄せ付けず、それどころか視界にも収まっていない様子の女性騎士は軽く膝を曲げると、

土ぼこりを巻き上げ、軽々と3メートル以上の跳躍をすると、屋根の上に着地し、次々と屋根から屋根へ飛び移りやがてその姿は点になり、届かぬ星となった。


「………異世界人の身体スペック反則すぎるだろう」


 徒競走は完全敗北………いや、勝負にもならなかった。

 身体能力の違いをむざむざと見せつけられたハルトは呆然と立ちすくむ。


――正直、この展開は予想していなかった。


「………まさかのイベント未回収どころか、フラグすら立たないのはさすがに予想外だ」


 あと少しで夕暮れになりそうな、空を見上げてどうするか迷う。


「――追いかけるのがいいのかな」


 届かぬ星となった金色の女性を思い浮かべて悩むが………。すぐに首を振って否定する。


「いや、無理だな………。どこに行ったのかも分からないし自分から動いてもロクなことにならない。

 散々動いた末に迷子になって日が沈んで冷たい地面で一夜を明かすことになるに決まっている」


 もはや、都合の良い展開は期待していない。

 それに自分で喋っているうちに、寝床の確保をしないといけないことにも気付き顔をしかめる。


「………図書館、夜も開いてるかな」


 自分で言いながらも、望みの薄い希望だということは理解していた。

 高確率で今日は野宿することになるだろう。

 慣れない異世界での野宿は精神ばかりか体力まで削っていくのが容易に想像できる。


 時間が経てば立つほどに状況は悪くなっていくことを考えて険しい眉はさらに険しくなり、

焦燥感が再び産声を上げて迫ってくる。


 焦り、不安、孤独、ネガティブな感情に飲み込まれそうになるが、深く息を吐き、今、自分がすべきことを考える。


 とにかく、図書館に行きこの世界で生きていくための知識を身に付ける。

 何も知らないから不安が生まれるなら、一に知識! 二に知識! である。

 先のことを考えるよりも目的を持ち行動するのが大切なのだ。


 首を振り今度こそネガティブな感情を振り切ると、声にして一気に駆け出す!


「よし、まずは図書館――うぐぅっ!!!」


 そして、第一歩目で再び計画は頓挫した。


 突然の衝撃に目がくらみ、ハルトは地面に転がる。

 何が起きたのか――理由は明白である。


 急に走り出したハルトは隣に立つ通行人に気付かずに、思いっきりぶつかったのだ。


 これがもしも、屈強な異世界の戦士などであった場合、ハルトの身体は空に吹き飛び

凄まじい勢いで壁にめり込み重傷を負うなどが考えられたが――そんなこともなく。


 代わりに聞こえたのは、「きゃあ」と可愛らしい声と、尻もちをつく少女の姿だった。

 すぐに自分が少女にぶつかったのだと気付いたハルトは慌てて起き上がると、転んだ少女に向かって手を伸ばす。


「――ご、ごめん。怪我はないか?」


「――う、うん、大丈夫」


 少女はそう言って、ハルトの手を取ると無事に立ち上がった。

 大きな怪我もかすり傷もない様子にハルトは胸をなでおろす。


 ――何事もなく切り抜けれそうだ。


 ほっ、と一息付きハルトは『安心』を胸に込めるが、少女の次の言葉はその『安心』を打ち砕くに十分だった。


「――えーと………あなたの名前はなーに?

 あっ、違う、あなたのお名前はなんですか?」


「うっ、………えっと、ヤガミハルトだけど」


 少女の言葉にハルトはしどろもどろと言葉を返す。


 ――自分の不注意でした、すみません。

 ――いえいえ、大丈夫ですよ。それではまた


 そんな会話をして終わるだろう――と思った予想はあっさりと裏切られ、ハルトは激しく動揺する。

 しかし、そんなハルトの動揺に気付くこともなく、少女はマイペースに会話を続ける。


「そっか! ハルトは怪我はなかった?」


「う、うん。怪我はないよ。ありがとう」


「そっかぁ――良かった、良かったね!」


 自分の言葉を確かめると、うんうんと頷きながら少女は花が咲いたように笑う。

 その可憐な姿にハルトの心臓は一瞬跳ね回った。


 ふわふわのたんほぽみたいな子だと、ハルトは思った。

 

 腰まで届く真珠色の長い髪は、癖が強いのか先端がくるりと曲線を描きながらもふわふわと風に揺れており、

白いワンピースは無駄な装飾が付けられておらず、少女の控えめな体を映し出していた。

 

 全体的に見てシンプルな服装だったが、ゆいいつ目を引くのは、

 髪の先端の一部分だけが鮮やかな青であることと、ワンピースの真ん中に青く光り輝く宝石が飾られていることだろうか。


 少女は精巧な人形の様に整った顔をハルトに向けると、サファイアの様に青い瞳でじっと見つめる。

 その、幻想的な瞳は一種の芸術品のようであり、あまりの美しさに息を飲む。

 

 少女は手を伸ばせば届く位置に居ながらも、さらに身を乗り出しハルトの肩に触れる。

 突然の事態にハルトは動揺し身体を固くするが、

 なおも、少女は近寄り桃色の唇がハルトの顔に向かい――。

 

「――ぅえ?」


 そのまま、ハルトの頬を通り過ぎ――

少女はすんすんと鼻を鳴らし髪の匂いを嗅いだとしか思えない行動に出た。


 そして、その行動に満足したのか、少女はハルトから離れ、にぱっと笑みを浮かべると言葉を続ける。


「ハルトもロッテのことを探してたんだ

 ――私も、ロッテのことを探してたんだよ」


「………お、おぅ」


 早鐘の様に鳴る心臓を押さえつけ、ハルトは声を絞り出した。

 

 一体、さっきの行動は何だったのだろうか――

 もしかして、異世界ではああいう挨拶を行うのだろうか?

 確かに、こちらの国でも挨拶に抱擁や頬に口づけするという行為もあるのだから、そう考えるのが妥当だろう。

 

 ――覚えておこう。


 しかし、ロッテ? ロッテとは何なのだろう?

 ――もしかすると、


「――ロッテって言うのがさっきの金髪の騎士で合ってるかな?」


「うん、ロッテは私の騎士なの!」


 合っていたようだ、なるほど、金色の騎士の名前はロッテさんというらしい。

 マイペースに話を進める少女の会話から正解を引き出せたことに自分を褒める。


 ――そういえば、少女の名前を聞いていないことにハルトは気付いた。


「………えっと、それで君の名前は?」


「――あっ! 私の名前はモニカ! モニカって名前です!!」


 思い出したかのように、モニカと名乗った少女は慌てて自身の名前を口にした。

 両手をぐっと握り、一生懸命伝えようとする仕草がとても可愛い。


 そんな、あどけない仕草に心を奪われていると、モニカは無遠慮にハルトの手を握った。

 やわらかい肌の感触にハルトの心臓は大きく揺れ動く。


「――っ! なにをっ!」


「…………………えっと、ハルトもロッテを探しているのだよね?

 じゃあ、二人で探した方がきっと早いよ!」


 動揺を隠せないハルトに当たり前のことを話す様にモニカは言い切ると。

 満面の笑みを浮かべて、真珠色の髪をなびかせながらハルトの手を引っ張るのだった。

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