4-10 最終章1

―――――

山の洞窟の奥へ進むとそこは、乳白色の鍾乳石が何本も連なる、いわゆる鍾乳洞だった。

鍾乳洞は石灰石などの比較的に水に溶けやすい岩石が雨水や地下水によって侵食されて出来た地形、“カルスト地形”にできた洞窟である。ちょうどこの辺りは玄武岩と、石灰岩との岩石層の境目にあたる。

「マジカル、リン(P)」

真っ暗な一本道の通路を自らの生成した白リンで明かりを灯す。賢者として私が出来るのは、まぁこのくらいである。

我ながら情けない。

リンの灯りに照らされて鍾乳石が煌びやかに反射をする。私の目に最初に飛び込んで来たのは、この洞窟の道しるべ、黒いビニール皮膜のケーブルだった。

広い洞窟内部を迷わず奥に進めるのはこのケーブルをたどっているから。その動力ケーブルも、奥に向かっていくに従って、いくつも合わさり束となり、かなりの太さになっていた。ケーブルに導かれ、しばらく進むと再び広い空間が広がっている。

どうやらここが終着地点ね。


鍾乳石を削って作られた広い空間の壁際には、これまで辿ってきたケーブルが接続されている。

そして、空間の中心に居たのは額に赤い宝石“ガーネット”が付いた、折れ曲がるほど長い耳を持つ、全身がエメラルドグリーンのウサギ。

「ようこそ。」

「カーバンクル!!」

事件の元凶である、元素の鍵を盗み出した罪深き召喚獣だ。


カーバンクルはこちらの姿を確認すると、ウサギ特有の四つ足で座った状態で少し首を傾げ、

「あれ、ケットシーなんだ?意外だなぁ。ボクはてっきりカトブレパスがたどり着くとばかり思っていたけれど。」

こ憎たらしくそう言った。

「全部、全部お前のせいだったのか?!」

「全部?うーん、まぁ概ねそうだけど、全部というのはあまりにスケールが大きいね。それを認めたらこの星や人類の誕生までが僕のせいですか?という質問になっちゃうよ。」

面倒臭い系の奴だ。ワイズマンと気が合うわけだわ。

「それにね、ボクは君たちの素行の悪さを利用しただけだよ。管理局が解放するのはホント、想定外だったけど。まぁその封印の首輪はボクのやった一つの成果だよね。」

「貴様ぁーー!!」

珍しく激昂したケットシーが、カーバンクルに飛びかかる。

「おぉっと。」

しかしそれをひらりとかわし、

「また随分、お怒りだね。」

反転して軽やかに飛び退いた。ウサギ特有の跳躍だ。

「怒りで能力が増すのは、身体的能力だけだよ。対して、思考回路なんかはその状態ではロクなことがない。今すぐやめたほうが良い。

まして、キミは今、能力を封じられ・・・。おや?首輪がない。これはこれは。管理局がキミを信用するなんて、驚いたよ。問題ばかりを起こす契約者と聞いていたから、余計にね。」

「うるさい!!」

たしかにこいつ(カーバンクル)の言い方はカチンとくるものがあるけど、ケットシー、何をそんなに怒ってるの?ケットシーの怒りは度を越している。

アンタそんなに正義感強くないでしょ。

「さっきカトブレパスから聞いたんだ。今、僕の代わりにフェニックスが管理局に尋問されている。お前になすりつけられたありもしない罪を問われてね!!」

それは初耳だ。なるほど、私に修行を勧めたり、ケットシーが一生懸命になったのはフェニックスの容疑を晴らすため。そういうことか。

管理局はケットシーの嫌疑を晴らし、チカラの封印を解いた。しかし、変わってフェニックスの事態は尋問へと移ってしまった。

「ありもしない罪ねぇ〜。

まぁたしかにアレクサンダーの件はボクのでっち上げだけどさぁ、それはキミたちがあの大事な会議に参加しなかったのがいけないんじゃないかな?」

義務と権利を放棄して、アリバイがない点をつけ込まれた。

選挙に行かない有権者が国の政策に文句を言えないのと同じ理屈。キッカケはケットシーたちの方にある。カーバンクルの言い分はそういうことらしい。

「カァァバンクルゥ!!」

地面に突っ伏していたケットシーが再び飛びかかる。

しかしそれも、

「懲りないね〜。」

サッと躱される。ケットシーは顔面を地面に打ち付けて倒れこみ、その様子を見ながらカーバンクルは後ろ足で耳を掻いていた。

まるで、先ほどの録画でも見ているかのようだった。


「鍵は使わせないわ!」

「使わないよ。」

「・・・・・・えっ?」

は、話が違うんですけど・・・。

「あなた、真のラスボスでしょ。

元素の鍵のチカラで暴走して、最後の計画に移すんじゃないの?」

「それは“彼”の計画だよね。ボクは最初からその案には反対だった。我を忘れてしまうと分かっていて何でそんなことわざわざするのさ?

それにワイズマンがボクの暴走をちゃんと止めてくれるかも不確定だし、なにより実績がない。

そんな博打は出来ないよ。」

「・・・。」

カーバンクルにはワイズマンほどの使命感があるわけではないようだ。

拍子抜けだがそういう結末もあるということか。

「じゃあ、勝負ありね。ワイズマンは倒したから、じきにアンタへの魔法力の供給も途絶えるはずよ。大人しく投降しなさい。」

元素の鍵を使用しないとなれば、カーバンクルはまともに魔法を使う事も出来ないだろう。そう考えての降伏勧告だった。しかし・・・。

「勝負あり・・・どうしてさ?」

なに?

「ボクやワイズマンの目的は争いごとじゃ無い。

君たちが一方的に追い掛け回して攻め立てただけ。となると、ボクたちのとった行動は言わば正当防衛に当たるでしょ。」

「窃盗犯が減らず口を!」

カーバンクルは一般召喚獣である。使い魔として契約者ワイズマンからの魔法力の供給がなければ、現実世界に存在していることが出来ないはずだ。だからこのままの状態でいるだけでジリ貧だし、戦闘をするなんて自殺行為である。だから、

“その状況で出る、【減らず口】にはまだ何かある。”

私は警戒を解かずカーバンクルをまっすぐに見据えていた。のだけど、私の使い魔、ケットシーはそうじゃなかった。

「問答無用!お前を捕まえて管理局に引き渡せば事件は無事解決なんだ。あとは管理局の仕事だよ。」

「あらら、恋は盲目ってやつか・・・。

本当にそれで良いの?」

「構わない!」

いやいやいや。構うよ。

「ケットシー、いいからちょっと黙ってて。」

私はケットシーの首根っこを捕まえ制止した。

「何するのさ?」

「大事なことだから。」

これは犯人の事情聴取を兼ねている。こいつはこのまま捕まえて管理局に引き渡してもロクなことを喋らないだろう。だから、事件の全体像や動機の部分を解明するには必要なことなのだ。

「アンタの言い分、一応、聴いてあげる。」

私がそう言うとカーバンクルはルビーのような真っ赤な瞳を少しだけ大きくして、嬉しそうに語り始めた。

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