The Sword of Spirit

@Major-No-Body

Prolog

Prolog

1948年6月17日AM9:50

ドイツ

第三帝国首都ニュー・ベルリン




 猛烈な対空砲火が機体を揺さぶる。

 ナチス・ドイツ軍の高射砲塔フラック・タワーの128㎜砲だ。

 新型の近接信管を使い始めたらしく、命中精度が上がっている。窓から見える味方機が何機も黒煙を吐き、炎を上げて墜ちていく。

 2機のPー80シューティングスターが、ロールしてフラック・タワーに向かっていくのが見えた。

 翼下に懸架したロケット弾を放ち、離脱していく。だが、1機が20㎜機関砲に翼をもがれ、地上の建物に突っ込んでいった。


 貨物室では、サブマシンガンや自動小銃を持った兵士達が向かい合わせの座席に座り、ほとんどが不安な表情を見せていた。

 だが、私を含む一角の座席に座る男達は、一様に──表情は堅いものの───不安な表情ではなかった。

「おい、アーロン!」

私の隣に座るデイヴィット・ジョンソン軍曹が肘で小突いてきた。

「この飛行機、トイレってあるっけか!?」

貨物室内は対空砲火の炸裂音とエンジン音で満たされており、声を張り上げても聞きづらい。

「なんだって!?」

私もジョンソンに負けじと声を張り上げる。

「この飛行機に! トイレは!」

 ジョンソンが次の言葉を言おうとした瞬間、床下で大きな音がし、幾つか破片が突き抜けてきて、天井に突き刺さった。

「怪我人は!?」

我々とは違う所属の兵士達──第101空挺師団───の大尉が大きな、ごわついた声で訊いた。

「怪我人なし!」

「被害なし!」

空挺部隊の隊員が返事をする。

「よーし! お前ら運が良いぞ! あと少し───」

 貨物室内に火花が散り、空挺部隊の兵士達が悲鳴を上げ、何人かがのたうち回る。

「ぎゃあ!」

「撃たれた! 撃たれた!」

「ヘンドリクス! ヘンドリクス!?」

続いて20㎜砲弾が連続して飛び込んできた。砲弾は進路上にいた若い兵士を尻から吹き飛ばして血の霧に変え、砕けた砲弾が空挺部隊の大尉の頭を切断した。

 一瞬にして、貨物室内が阿鼻叫喚の地獄へと変わる。

「左翼エンジンから火が出てるぞ!」

空挺部隊の兵士が叫ぶ。直後、機体が激しくがたつき始めた。

「もう機体を安定させられない! ここで降りろ!」

 操縦士の声が、貨物室内のスピーカーから微かに聞こえた。

「おい、野郎共! 空の旅はここで終わりだ! 一旦ここで降りるぞ!」

 部隊長が立ち上がり、私も、他の隊員も立ち上がって降下用ドアに歩いていく。

 生き残った空挺部隊の兵士達も我々を見て、戦死した戦友の遺体を跨ぎ、脇にどけて降下準備に入った。

 私の前にいる部隊長───ヴェルズリー大尉が、降下用ドアで周りを見、後ろに立つ私の耳元で叫ぶ。

「下はフラック・タワーだらけだ! 黒煙が3つあるフラック・タワーがあるから、そこに降りるぞ!」

私はそれを後ろに控える仲間に伝えた。

「レディ………!」

 ドンと衝撃が走り、後ろを見ると貨物室の側面に大穴が開いていた。

「ああ、くそっ! 行け行け行け!」

仲間達が駆け出し、降下用ドアから飛び出ていく。

 私もそれに続いてドアから飛び出した。



 真昼間のニュー・ベルリン。

 大量にあるフラック・タワーと4つの強制収容所が観光名所の、そしてちょび髭の独裁者が生んだ白い街。

 空は招待されてもいない連合軍の輸送機、爆撃機、戦闘機が埋め尽くし、それに対して急いで編成されたナチス・ドイツ軍歓迎委員会の対空砲火がいささか単調な彩りを加えて、我々を迎えてくれる。

 欧州方面における連合軍航空戦力の殆どを投入し、輸送出来るだけの地上戦力をニュー・ベルリンに降下させるという前代未聞の強襲作戦。

 目標は、ニュー・ベルリン制圧。



 1944年、ノルマンディ上陸作戦に失敗した連合軍は、上陸作戦の失敗によって戦力の立て直しに成功したナチス・ドイツ軍と新兵器群により、ソ連が敗北し、イギリスが再び危険な状況下に置かれつつあった。

 1948年、ナチス・ドイツ軍に対する大陸反攻作戦は全て失敗し、追い詰められた連合軍は、ナチス・ドイツ軍から奪取した新兵器技術を使いナチス・ドイツ首都ニュー・ベルリンを強襲する作戦を計画。

 潜入している諜報員から、ナチス・ドイツ軍の最終兵器が完成したとの報告があったからだった。

最終兵器はニュー・ベルリンの新兵器開発施設にある。

 連合軍は最後の力を振り絞り、反撃に出たのだ。



 私はフラック・タワーに降り立った。

 生き残った空挺部隊の隊員と、私の仲間も無事に降りたようだ。

 このフラック・タワーは爆撃機か輸送機が突っ込んだらしく、上部構造が半壊していた。そのため壊れた方にドイツ兵はいなかった。

 降り立った兵士達──約60人ほどが集合し、ヴェルズリー大尉が地図を広げる。

「よし、まずはこのフラック・タワーを降りなきゃならん。反対側の無事な方に行く。ドイツ野郎がいるだろうから、片っ端から殺せ。それと工兵はいるか?」

「はっ、ここに」

空挺工兵のワッペンをつけた軍曹が、ヴェルズリー大尉の近くに膝をつく。

「爆薬を揚弾機に仕掛けて、弾薬庫を吹き飛ばせるか?」

「出来ますが、そうなると脱出が問題ですね」

「2時間後くらいにセットすればいい。見つからないよう、紛れ込ませるんだ」

「イェッサー、やってみます」

「101師団の半分は工兵の護衛だ。あとは私についてこい。脱出ルートを確保する」

「イェッサー」

 兵士達は武器をチェックし、戦う準備をする。

 私もM21サブマシンガンをチェックし、大丈夫な事を確認した。

「行くぞ!」

ヴェルズリー大尉の号令の元、兵士達が動き出す。

 瓦礫の山を越えると、128㎜連装対空砲があった。爆撃機か輸送機が突っ込んだあと、復旧作業をしていたのだろう、ちょうど砲身が動き出したところだった。

「アーロン、あの対空砲を制圧しろ。アレックスとデイヴィットを連れていけ」とヴェルズリー大尉が私に命ずる。

「イェッサー」

「他は下へ降りる連絡路を確保する」

 私はアレックス・ハーマン伍長とジョンソンに付いて来いと手を振り、対空砲の堡塁に登る。瓦礫があったため、そこまで苦ではない。手榴弾を手に取り、対空砲に向かってハーマンとジョンソンと同時に投げ込む。

《手榴弾だ!》

 ドイツ語を3つの爆発音がかき消した。

 サブマシンガンを構えて覗きこむ。ドイツ兵が何人か倒れていた。生き残ったドイツ兵も突然の事に混乱しているようだ。

 トリガーを引き、生き残ったドイツ兵を撃ち殺す。ハーマンとジョンソンも自動小銃を撃ち、対空砲についていたドイツ兵を一掃した。

「クリア」

「ナチス野郎め、地獄へ落ちちまえ」

 ジョンソンが唾を吐く。

 フランス系ユダヤ人であるジョンソンは、ナチスへの憎悪の念が特に強い。噂では、フランスにいた親族が全員アウシュヴィッツ送りになったらしい。

「良いだろう、大尉の所に戻ろう」

 私は二人を引き連れ、ヴェルズリー大尉と合流する。

 連絡路には幾人かのドイツ兵の遺体が転がっていた。まだ我々が降り立ったことは、フラック・タワーの指揮所には知られていないのだろう。

「バッケル、君は空挺部隊の連中を連れて、エレベーターと階段を探せ。下へ降りて、工兵部隊が戻ってくるまで確保するんだ」

「イェッサー」

 空挺部隊の少尉が、ヴェルズリー大尉から命令を受けて走り出す。

「大尉、戻りました」

「よくやった、アーロン。早速だが、新しい任務だ。3人で移動手段を見つけてくれ。101師団のバッケル少尉と一緒に下へ降りて、車輌格納庫みたいな所を探してくれ。無ければ無いでいい」

「イェッサー」

 次は敵の車輌奪取か。

 バッケル少尉の率いる空挺部隊は大型エレベーターと階段を見つけ、2つのグループに別れて下へ降りていった。

 我々はエレベーター組に付いていく。

 一階に降り、扉が開くとドイツ兵の集団が整列していた。トラックも一緒に並んでいる。

 ドイツ兵達は我々の姿を見て、虚を突かれたようだった。

 我々は手榴弾を投げ、銃を撃った。ドイツ兵達はろくに抵抗出来ぬまま倒されていった。

 トラックに乗り込んで移動する直前だったのだろう。我々は乗客をそっくり入れ換える形でトラックを頂戴した。

 ヴェルズリー大尉を無線で呼び出すと、工兵部隊が破壊工作を終えた事を聞かされた。

 我々は本来の目的地へと向かう準備をする。

 ナチス・ドイツ軍の、我々より優秀な武器を集め、将校の死体から情報を引き出す。

 私は装甲トラックの運転席に座ったままの死体を乱暴に引きずり下ろした。ナチス野郎なぞ、知ったことではなかった。

 エンジンをかけ、仲間達が乗り込むのを待つ。

助手席のドアが開き、ヴェルズリー大尉が隣に座った。

「アーロン、お前の目的はわかっているからな」

私は予想していた言葉に頷く。

「心配するな……俺はお前の事を知ってる。適当な所で代わってやるさ」

「ありがとうございます、大尉」

「礼はいらん。さあ、行くぞ」

 私はトラックを発進させ、道路に出る。道路は爆撃痕や落ちた飛行機の残骸などで滅茶苦茶になっていたが、それをかわしながら進む。

「第82空挺師団は目標に降下完了。他の連合国軍空挺部隊も予定通り目標に降下しました。ただ、第101空挺師団の司令部とは通信が繋がりません」

荷台にいる無線兵とヴェルズリー大尉が話している。

「不味いな。他の部隊とは連絡はできるか?」

「いえ、101師団の部隊とはどこも無線が繋がりません」

「わかった。呼び続けろ」

我々は敵と遭遇しないまま、道路を走り続けた。

 爆撃でひしゃげた標識が見えた。

“ニュー・ベルリン第三強制収容所”



 「そろそろだな。アーロン、行ってこい」

 ヴェルズリー大尉がハンドルを持つ。

私は頷き、運転席側のドアを開ける。

サブマシンガンを持ち、大尉に敬礼した。

「ありがとうございます、大尉。では」

「ああ、幸運を祈る」

 私はタイミングを見計らい、トラックを降りる。受け身を取り、素早く立ち上がると、道路から離れて、瓦礫に身を隠す。

 サブマシンガンを構え、目的地へと向かう。

 待っていてくれ。

 そして、間に合ってくれ。




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