自己と啓発と私

・始めて自己啓発本の存在を知った時、お前わくわくしただろ?

 今までの人生の負債を返すだけでなく、薔薇色の未来すら約束すると謳い文句があったものな。

 まあ、周りは胡散臭いだの、宗教臭いだのと反発したかもしれないが、選民思想の気があるお前は手に取ったわけだ。

  

・最初の時なんか、一つ一つメモやら付箋やらつけてさ、有り難がってたよな。

 読み終わった時には「どうして十年前に読まなかったんだろう!」なんて、読者の声みたいな台詞も発してたよな。


・それを人目のつくところに持っていって、カバーも付けずに読んでいるだけで、優越感に浸ってたよな。

 職場に持ち込んだ時なんか……「勉強家だね」「すごいね」だなんて言われて、お前は冷静を保とうと必死だったけど、にやけ顔が丸見えだったな。

 

・お前は知っていたのかな?

 その誉め言葉は、「勉強するやつ」に対して無理矢理捻り出して作られた、苦渋に満ちた社交辞令だったことを。

 そして「勝ち組になる方法」なんて恥の塊みたいな本を、何の呵責もなく開けっ広げて読むお前に、内心引いていたことを。


・幸か不幸か、お前の栄光も長くなかったな。

 何冊か読んでいく内に、最初のときめきは何処へやら、読み終わることが目的に変わっていった。

 どんな効率的な方法も、画期的な手段も、お前は読み終わったと同時に忘却してしまう。

 何となく「ためになった」で終わらせ、すぐに次の自己啓発書に移るんだ。 


・読めば読むほど、本に描かれた理想と空っぽな自分を比較し始める。そして「このトシ、性格じゃ無理」「そんなに都合良くいかない」などとごねる。

……自己啓発書って、そういうトシ、性格の人を対象に書いてるんじゃなかったか?

 

・皮肉なことだな。人を成功させるための自己啓発が、お前にとっては挑戦を諦めるための道具になりさがったって訳だ!笑えるなぁ!


・お前の本当に笑えるところはさ、こんなザマなのに、自分のせいだとは考えもしない浅はかさだよな。

 やれ運が悪かっただの、巡り合わせだの、見る目がないだの……


・すでに自己啓発に期待できないことは知っているが、お前は読むことを止められない。

 読まなくなったら、「何かをやろうとしている」という精一杯の虚勢すらも張れなくなってしまうからだ。

 だが、勿論頭には入ってこないし、変わろうという気もない。今のお前にとって、自己啓発書は単なる精神安定剤でしかないんだ。


・助けも呼ばない、話を聞く気もない、勿論戦う気もない……なのに、当のお前は、自分を悲劇のヒーローみたいな像に仕立てあげる。

 そんなに自己陶酔がお好きなら、いくらでも鏡の前で自慰でもしてろよ。

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