10話 不倶戴天 (前編)



イギリス、マンチェスターに位置する一角の酒場。

そこに集う大衆の中に1人の女性と2人の男性が楽しく盃を交わしている姿があった。



「今夜は2人の婚約祝いに、ここは私が奢ります。どうぞ、好きなだけ飲んでください。」



そう微笑みながら言う男性に、女性はにこやかに笑うと、グラスに注がれている赤ワインを口に含むと、男性の方に見やった。



「ありがとう、シリル先生。それよりもお祝いしてくれるのはとても嬉しいのだけれど、シリル先生は結婚する以前に女性とは、お付き合いしないのかしら?」



女性がそう訊くと、シリルと呼ばれた男性は、少し悲しげに笑うと「私は恋愛よりも、今は仕事を優先的に考えているので、今のところお付き合いする事は考えていないですよ」と答えると、女性の隣に座る男性が呆れた顔で。



「シリル。お前は俺と違って顔も性格も金もあるんだから、女なんて選び放題だろ?勿体無いぜ、俺がシリルだったら一生遊びまくってるのに、ホント勿体無いぜ。」



と、呆れる男性に対して、シリルは苦笑いを返した。

その話を聞いていた女性が、男性の方に顔を向けると「アンタの性格じゃあ、女性に3日で飽きられるわね。ほら言うじゃない、ブサイクは3日で慣れるけど、イケメンは3日で飽きるって」と、笑いながら言う女性に対し、男性は少し怒った様子で「それじゃあまるで俺がブサイクみたいじゃないか!」と反論した。



男性の反応に女性は笑いながら、だから飽きないのよ。と、また笑った。

そんな2人の様子を見ながら、シリルも一緒になって笑った。



その後、お酒の飲むペースが早い2人を見て。シリルは、これ以上お酒を飲まないよう、特に男性に注意をした。



「シリル別にいいだろ。俺はまだまだいける。アマンダ、お前はもう飲むな…俺は全然大丈夫だ…ゔおえぇぇぇ…気持ち悪りぃ」



と言う男性に、アマンダと呼ばれた女性は、呆れるように酒を取り上げると、何が大丈夫よ。この馬鹿男。と呆れている。


シリルも呆れながら「ディランは昔から変わらないな」と苦笑いをした。



シリルは席を立ち、そろそろ御開きとしますか。と言うと、近くにいる店員を呼ぶと、そのまま会計を済ませた。


会計を済ませたシリルは、ディランたちのいる席に戻り、酔ったディランの腕を自分の首に回し、そのまま店を後にした。


店を出ると、すぐさまアマンダが。



「シリル先生。ご迷惑かけて、すいませんね。お酒も飲まずに私たちばかり何だか申し訳ないわ」



申し訳なさそうにアマンダがそう言うと、シリルはアマンダに優しく微笑みかけた。


「いえ、大丈夫ですよ。それにディランとは幼少期からの付き合いですし、こういうのは慣れてます。それと、もう夜も遅いですし、私の車で家まで送りますよ」



シリルがそう言うと、アマンダは嬉しそうに、ありがとう。とお礼を言った。


少し歩いたところの路地に、車を停めていたシリルは、鍵を取り出すと。

そのまま後頭部座席へと、ディランを乗せた。



「アマンダ〜……俺はお前を世界一愛してる…だから幸せに……」



ディランの寝言に、2人は顔を合わせると。またディランの方に目を向けて小さく笑った。


「さぁ、行きましょうか。」


シリルがそう言うと、ええ。そうね。と返事を返して2人も車に乗り込み。そのまま自宅へと向かった。


静かな車内で、ディランの寝息をミラー越しにふと目が行き、そしてアマンダに話を振るシリル。



「そういえば、挙式はいつあげる予定なんですか?」



そう訊かれたアマンダは、少し照れ笑いしながら、そうね。と言うと続けて話をし出した。



「今はアタシもディランもお金に余裕がないから、来年あたりまでにはお金を貯めたいわね。それにこのご時世、何かとお金がかかるじゃない。今年は挙式をあげる余裕なんてないのよね」



そう答えるアマンダにシリルは「それなら私が資金を援助しますよ。ディランには色々と恩がありますからね。」と返した。


その言葉を聞いたアマンダは、笑いながら、シリル先生は人が良すぎよ。と口元を隠して笑った。



アマンダのその返しに、そうかもしれませんね。と言うと「でも恩があるのは本当ですよ。彼のおかげで今の私があるようなものですからね。」と、優しく微笑んだ。



「確かにディランは、人を惹きつける力があるわよね。アタシも最初はシリル先生狙いだったんだけど、彼に何度も猛アプローチを受けるうちに、だんだんと惹かれていったのよね。

ねぇ、シリル先生。ディランとの幼少期の話を少し聞きたいわ。」



アマンダがそう言うと、シリルはにこやかに微笑んだ。



「そうですね。私とディランは性格は見てのお通り真逆なんですが。ディランは人を笑わせるのが本当に大好きで、特に先生に悪戯をするのが好きで、いつも周りを笑わせていたんですよね。

それである日、私に何か面白い悪戯がないか相談してきたんですよ。そこで私が考えたのが、トイレットペーパーのダミー作戦と言って。外側だけはトイレットペーパーがあるように見せかけて、実は中身のないトイレットペーパーなんですよ。

そしてその中身のトイレットペーパーを先生の愛車にグルグル巻きに再利用して、足りない部分は、またトイレットペーパーで補ったんですよね。

まあ、先生は見事に引っかかったんですが、後で物凄く怒られた上に反省文10枚書かされたみたいです。

当然の結果といえば当然なんですけど、そのおかげで退屈のしない学校生活を送れました。」



楽しそうに思い出話をする、シリルの話を聞きながら、アマンダも自然と笑みが溢れた。



「アタシもディランと同じ学校だったら毎日退屈しなそうで、とてもいいわね。」


「はい。見てて飽きませんからね。」



シリルはそう言うと、もう家に着きましたよ。と言いながら家の前に車を駐車させた。


家の中までディランを運ぶと、アマンダは改めてお礼を言うと、コーヒーでも飲んで行く?とシリルに訊くが、シリルは、いえ、まだ仕事が残っているので遠慮しておきます。と言いながら続けて、それでは、おやすみなさい。と言うとディランの家をあとにした。



************



21時頃を過ぎた時間。

明かりのついた一軒の店が。

店を閉めようとしていると。

1人の男性が、フラフラと店の亭主に近づいて来ている。

人の気配に気づいた亭主は、その客に対して詫び入れるように、すまんが今日は店仕舞いなんだ。また明日来てくれ。と言うと、男はブツブツ何かを言いながら亭主に近寄る。

その行動に不思議に思った亭主は、お客さん?と、少し心配した様子で訊いてみると、男の眼は泳いでおり焦点が合っていない様子。

そして近づくにつれ、男の言っている言葉がハッキリと聞こえた。



「人……肉…人……肉…食ベル…肉…」



その言葉を聞いた亭主は、急いで店に入るが、男は人が変わったように、それはまるで獣の姿同然と言ってもいいほど、男の姿が一瞬で変わり。

そして亭主の首筋を思いっきり齧り始めた。

首を噛まれた亭主は、悲痛な叫び声を出すと。

店の中から亭主の妻が現れた。

煩いわね…今何時だと……と言ったところで、目の前の光景を見るや否や。

叫び声を上げながら急いで、散弾銃を取り出すと。男の頭を狙いながら引き金を引いた。そして静かな夜に銃声が3発鳴り響くのであった。



翌朝の午前8時。


ビリリリリッと、呼び鈴の音が鳴ると。シリルは飲んでいたコーヒーをテーブルに置き。

はい、今出ます。と言いながら玄関へ向かった。


ガチャッとドアを開けると、そこにはグレーのスーツを着た中年太りの、ちょび髭を生やした男性が立っていた。



「これはこれは、ベルディ警部。私に何の御用でしょうか?」



ベルディ警部と呼ばれた男性は、にこやかに笑うと「ブラックウェル先生、朝早くに訪問して申し訳ないんだが。最近、この近辺で妙な事件が多くて、我々だけでは手に負えんのだ。そこでブラックウェル先生の協力が必要なんだが、協力してくれないかのう?」と、シリルに頼み事を依頼するベルディ警部。


その言葉を聞いたシリルは少し悩むと、わかりました。と言うと続けて、先ずは現場検証をしたいので案内を頼んでもいいですか?と言った。

それを聞いたベルディ警部はニコッと笑い。シリルにお礼を言うと、では早速行きましょうか。と言い事件が起きた現場へと向かった。


事件となったコヴェントリーにある小さな防具屋は、店の中は荒れ放題で、遺体はまだその場にある状態だった。


シリルは店に入ると、店主の遺体に近づき、外傷などを確認した。



「首筋に喰い千切った後がありますね。アンデットなどの魔族も考えられますが、イギリスのセキュリティは完璧なはずなので、魔族が侵入することは先ず考えられませんね。あと考えられるのは召喚師なんですが…店主を襲ったのは人族なんですよね。」



シリルはそう言いながら、もう1人の犯人の遺体へと近づいた。

遺体の額には、店主の妻が散弾銃で撃った痕が残っている。

シリルは手袋をはめると、犯人の遺体を調べた。

シリルが犯人の首元の後ろを見て見ると、薄っすらと痣のような模様があることに気がついた。



「ブラックウェル先生。何か気になる点でも見つかりましたか?」



背後から、ベルディ警部に声をかけられ。

シリルは振り返らずに「少し気なる箇所があるのですが、遺体を解剖して見ないとわからないですね。」と答えた。


「それでしたら場所を用意しますので、犯人の遺体は好きに解剖しても構いませんぞ。」



ベルディ警部はそう言うと、シリルは、ありがとうございます。とお礼を言うと「そういえば、この事件に関して、ここが初めてではないんですよね?」と訊くシリルに対して、ベルディ警部は、ああ。この事件で3件目になる。と答えた。



「そうですか。確か、犯人は同一人物ではなく。この3人に共通点がないと言ってましたよね。そこで前の事件の犯人で、まだ生きている人はいますか?」



シリルがそう訊くと、ベルディ警部は、前の事件のブライアン被告なら生きておりますな。と答えた。

それを聞いたシリルは、ではその方の解剖許可もお願いします。と言うと、ベルディ警部は驚きながら、だが彼はまだ…と言いかけたところでシリルが煽るように話を被せて来た。



「ベルディ警部。私の言った言葉がわからないのですか?この3人に共通点があるなら話しは違います。ですが、この3人には何も共通点がありません。ならば、誰かしらがこの3人を陥れて人を襲わせたと考えるのが妥当だと思いませんか?

そうなると死んでいる人間と、生きている人間を解剖する事によって、結果が違う事があるんですよ。ベルディ警部、理解していただけましたか?」



シリルがそう言うとベルディ警部は、歯をギリッと鳴らすと「それは君の結論だろ。だが、結果が出なかった場合はどうするのですか?」と訊くと、シリルは小さく溜息を吐いた。



「ベルディ警部、前にも話しましたが。私の眼は普通の人には視えない。異なるモノが視えるんですよ。この遺体からにもソレがはっきりと視えるんですよね。そうなると犯人は、この3人に関わりのある人物となるんですよ。ベルディ警部。もう一度訊きますが、解剖の許可を頂けないでしょうか?」



シリルがそう言うと、ベルディ警部は、君には敵わないな。と言うと続けて、上の者に許可を訊いてみる。と答えた。


その言葉を聞いたシリルは、ニコッと笑うと、ありがとうございます。ベルディ警部。と言うと、現場を後にした。




場所を移動したシリルは、マスクと手袋を着用し、汚れてもいい白衣に着替えると。

遺体の解剖へと取り掛かった。


シリルは遺体をうつ伏せにすると、気になっていた痣の部分にメスを入れた。

するとそこから黒い物体が見えると、シリルはピンセットでその物体を取り出した。


取り出された黒い物体は、すぐさま粉々になって砕け散ってしまった。



(宿主が死ぬと、この黒物体も生きられないと考えるべきでしょうか?それとも他の手段で生かす方法があるか試してみるのも手だけど…どの道失敗は許されないでしょうね。)



シリルは遺体の首元を糸で縫い合わせて、そのまま布を被せると。

ベルディ警部の元へ行き、生きている犯人の所へと案内してもらった。



「ブラックウェル先生。先程の犯人の遺体で何かいい情報は得られましたか?」



ベルディ警部がそう訊くと、シリルは首を横に振り、いえ。これといっていい情報は得られませんでした。と答えた。



「ですが、次の解剖で情報を得る為に今回は様子見だけさせてもらいます。」


「そうですか。もうすぐで犯人の幽閉された所に着きますぞ。」



ベルディ警部がそう言うと、長くて薄暗い階段を下り終えたところに。

大きな扉に頑丈そうな錠前を外すと、両隣に立っている警察に一礼すると、そのまま中へと入って行った。


中へ入ると奥の方に頑丈な鉄格子があり。その牢屋の中には、身体中を鎖で椅子に縛られながら座る犯人の男がいた。


「随分と厳重なんですね。」


シリルがそう言うと、ベルディ警部は少し顔を怖ばせながら「なんせ。ここに運ぶまでに何人犠牲になったことやら…」と、少し身体を震わせながら話すベルディ警部に対してシリルは「それは大変でしたね。それと、ベルディ警部は戻っても構いませんよ。ここからは私1人で十分なので。」と言った。


その言葉を聞いたベルディ警部は、いや、君を1人にするわけにはいかない。と返した。


「そうですか。無理はなさらないでください。」



シリルはそう言いながら、犯人がいる牢屋の前まで辿り着いた。

男は痩せ細っていて、今にも死んでもおかしくない状態だった。

男はシリル達のことが見えているのか見えていないのか、ただ一点を見つめながらブツブツと何かを歌っている。



「通リャンセ…通リャンセ……ココハ…ドコノ細道ジャ……鬼神サマノ…細道ジャ……」



男の歌う歌詞に少し驚いたシリルは、何故、日本の童歌を。と口にしていた。

隣に立つベルディ警部が、このよくわからない歌をご存知で?と訊いてきた。



「はい。この男性の歌う曲は、日本の童歌の通りゃんせ。というんですよ。よく子供が遊ぶ歌としても知られています。例えるならロンドン橋の遊び方に似ていますね。

ですが、この歌詞に気になる点があるんですよ。本来の歌詞なら、ここはどこの細道じゃ、天神さまの細道じゃ。になるはずなんですが、この男性は鬼神と言っていました。何か事件に関係があるのでしょうか?」



シリルがそう言うと、ベルディ警部は頭に疑問符が浮かび上がる様子で、鬼神とは何ですか?と訊いてきた。


「鬼神とは目に視えない超人的威力を持つ神のことを指します。そして鬼神には2種類タイプがありまして。

善鬼神は炎魔王や竜王などのことを言います。そして悪鬼神は羅刹という食人鬼などのことを言いますね。

恐らくこの男性が云う鬼神とは羅刹の方の鬼神だと思うのですよね。

そうなると色々と厄介になっていきますね…」



シリルはそう言うと、難しい顔で少し悩み始めた。

そんなシリルの姿を見たベルディ警部は少し不安そうに、鬼神が呼び覚まされたら、どうなるのですか?と静かに訊いてきた。

ベルディ警部の問いにシリルは少し押し黙ると、男性の方へと目を向けた。



「私も詳しくは知りませんが、恐らく世界を破壊と滅亡に陥れる力があるとだけは、間違いなく言えるでしょう。」


シリルが静かにそう言うと、ベルディ警部はそれ以上何も訊いてくることはなかった。


「さてと、ある程度情報を得られたので。私は一旦街に戻り、あるモノを入手してから、また日を改めてここへ来ますね。」



シリルがそう言うと、ベルディ警部は少し驚いた顔で、え!今の情報で何かわかったのですか?!と訊くと、シリルは目を細めると。ええ。生かす方法でしたら、ね。と答えるが、ベルディ警部には今一度伝わらず、生かす?と、また頭に疑問符が浮かび上がるのだった。



あれから刑務所を後にしたシリルは、ロンドンに位置する。

商店街へと足を運んでいた。

シリルは魔法薬店と書かれたお店に入ると、店員のお姉さんに話しかけた。

「お久しぶりです、ソアラさん」と、女性に挨拶をすると、女性は少し驚きながらも、すぐに妖艶な笑みを見せると「もう先生ったら、全然お店に顔を出してくれなかったから凄く寂しかったのよ。アタシは先生に会いたくて会いたくて身体が疼いていたんだから、責任取ってよね?」と言うと、シリルの身体にベッタリとくっつくソアラ。


そんなソアラの行動に動じることもなく。シリルは「責任は取れませんが、食事なら構いませんよ。それより少し訊きたいことがあるのですが、この店に置いてある魔法石って全部でいくつありますか?」と言うと、ソアラは、そうね。と言いながら棚の方を見ると、50くらいかしら?と答えた。



「50ですか…あともう50は欲しいですけど、今から鉱山に取りに行く暇もありませんし。仕方ありません。なるべく早く範頼さんに報告するしかありませんね。

すみません、ソアラさん。ここに置いてある魔法石、全部ください。」



シリルがそう言うと、ソアラは、オッケーと返事を返して、棚に置いてある魔法石を全て袋に詰めると、シリルに渡した。

シリルは、ソアラから魔法石を受け取ると、財布からお金を取り出し、ソアラにお金を渡した。

そしてシリルは、ありがとうございます。とお礼を言うと、ではまた来ますね。と、続けて言った。

ソアラもお礼を言うと、今度、夜のお相手してよね。と、にっこり笑うとシリルは、考えておきます。と言い残し。店を後にした。



夕方になり。シリルは自室で魔法石を擂鉢で粉状になるまでスルと、瓶に入った聖水の中へ、魔法石を混ぜた。

すると、透明の色から徐々に青色に変化していくと、そのまま冷蔵庫の中へ瓶を冷やした。


そんな事を繰り返す事、数時間。

またもビリリリリッと呼び鈴が鳴ると、一旦作業を中止して、玄関へと向かった。



「はい、どちら様ですか?」



シリルがそう言いながら扉を開けると、そこにはニカッと笑う、ディランの姿があった。



「よッ!昨日は色々と世話になっちまったな。今朝、アマンダから少し説教を食らってな。そこでお詫びにと酒を持って来てやったぞ!」



ディランはそう言いながら酒瓶を見せつけてきた。

そんなディランの態度を見たシリルは、呆れながら溜息を吐くと、ディランの持っている酒瓶を取り上げながら、今日はお酒は飲みません。と注意をした。



シリルにそう言われると、ディランは苦笑いしながら、そう言うと思ったよ。と言うと「まあ、その酒はお前への贈り物で。実は今夜、昨日の詫びを兼ねて、うちで食事しないかって誘いに来たわけよ」と、続けて話すディランに、シリルは「そうですね。まだやり途中の仕事が残っているけど、お誘いとなれば、断る理由もありませんし。ではお言葉に甘えて、ご馳走になります。」と、にこやかに笑った。



ディランの住むアパートに着くと、アマンダが食事の用意をして待っていた。



「アマンダさん、こんばんは。そしてお誘いありがとうございます。それと、デザートのカップケーキを持って来たので、もし良かったら食後のデザートにでも召し上がってください。」



シリルはそう言うと、アマンダにケーキの入った箱を渡すと、アマンダはシリルからケーキを受け取り、ふふッと嬉しそうに笑うと「ホント、シリル先生って律儀な人よね。ありがとう。」と、お礼を言うと、アマンダはケーキの箱を冷蔵庫にしまった。



シリルが椅子に座ると、隣に座るディランが「そう言えばシリル。お前、いつまでこっちにいるんだ?」と訊いてきた。

そんなディランの質問にシリルは、少し苦笑いで答えた。



「早く日本に帰ってやらないといけないことが沢山あるんだけど、実は警察の方から依頼を頼まれていてね。それが片付くまではイギリスにいるかな。」



シリルがそう言うと、ディランは静かに、警察の依頼って、まさか…。と、いつにもなく神妙な顔つきになるディランに対してシリルは優しく微笑んだ。



「はい。ディランが思っている事件の依頼を、今手伝っているんですよ。元々少し気になっていた事件なので、正直、有難いお話でね。それに早くこの事件を解決させて、街のみんなを安心させたいという気持ちもありますし。」



シリルがそう言うと、ディランは少し困った顔を見せるも。

真っ直ぐとシリルの顔を見ると「俺が何を言おうと、一度決めたからには最後までやり遂げる男だもんな。シリルは。ま、お前が協力するからには事件も早く終わりそうだけどな。」と、笑って見せるディランに、シリルは、ありがとう。と返した。


そんな2人のやりとに、少し不安そうに見つめるアマンダの姿があった。

その様子に気づいたシリルは、優しく微笑むと、「アマンダさん、大丈夫ですよ。必ず事件を解決させますので。」と言うと、ディランも続けて、「そうだな。シリルが協力するからには、何も問題もないだろ。」と、ニッと歯を見せて笑った。


2人の言葉を聞いたアマンダは、2人に聞こえないように、無事に終わるといいのだけれど…。と呟いた。



その後。食事を楽しんだシリルは、腕時計を一度見ると、「それでわ。私はそろそろ失礼しますね。家に帰って仕事の続きもしたいので」と言うとディランが、ホント。仕事熱心だな。と呆れながらも、さっきの話を聞いていたディランは、あんまり無理するなよ。と言った。


その言葉を聞いたシリルは、ありがとう。アマンダさんも今日はありがとうございます。と言うと、アマンダも、こちらこそ、ありがとう。と言いながら玄関まで見送る2人に、もう一度お礼を言うと、2人に別れを告げた。



ディランの家を出たシリルは、街の広場の噴水に差し掛かったところで、噴水の前で子供らしき人影が何かを歌っているのに気がついた。


こんな夜遅くに、子供1人?と、思いながらも、見捨てるわけにもいかず、シリルは、その子供のいる場所まで移動した。



「通りゃんせ、通りゃんせ。

ここはどこの、細道じゃ。

天神さまの細道じゃ。

ちっと通して、下しゃんせ。

御用のないもの、通しゃせぬ。

この子の七つの、お祝いに。

お札を納めに、まいります。

行きはよいよい、帰りは怖い。

怖いながらも。

通りゃんせ、通りゃんせ。」



少年が歌い終わると、シリルは拍手をしながら少年に近づいた。



「君、歌上手いね。どこでその歌覚えたの?それに夜遅くに出歩いてると危ないよ。」



シリルがそう言うと、男の子はニコッと笑うと、危ないって、鬼神のこと?と言う少年に対し、シリルは目を少し見開いた。



「お兄ちゃん、何で知ってるの?って顔してるね。でも僕意地悪だからお兄ちゃんには教えてあーげない。」



そう笑う少年に、シリルは、大人をからかわないの。と少し困った表情を見せた。

そんなシリルに対して、少年は悪戯っぽく笑うと「それよりもお兄ちゃん、こんな所で油を売っていてもいいの?早く事件を解決させないと手遅れになるかもよ?」と言いながら、ま、解決すればの話なんだけどね。と低い声で、シリルの耳元で囁いた。



シリルは少年の言葉を聞くと、一瞬目を見開き、すぐさま少年の方を向くが、そこにはもう、少年の姿は何処にもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る