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 人類初の恒星間宇宙船は、直径千キロメートルの反射鏡を展開し、太陽軌道に配置された数百基のレーザー砲からの照射を受け、じっくりとであるが、容赦ない加速を続けていた。

 速度は光速度の二十パーセントに達し、普段ない宇宙塵の衝突により反射鏡の数パーセントは失われていたが、機能は充分に果たしていた。

 それまで観測されていた宇宙磁場を利用し、宇宙船は反射鏡に電場を懸け、航路を変更し途中の恒星の重力場を利用したスイング・バイ軌道を取って速度を上げる。また、速度を減じるときも使用される。

 観測装置が星系のスペクトルを観測し、惑星の位置を突き止めるべく、忙しく働いている。

 gy=c

 惑星の表面重力に、恒星年を掛けた数値が光速度に等しいか近似値である場合、その惑星は人類の居住に最適であるという「オルガの公式」に従って殖民候補星を捜索する。地球に生命が生まれた三十億年前、地球の時点速度は今より速く、この公式が成立していたのである。

 遂に宇宙船の観測装置は、有望な惑星を見つけ出した! 宇宙船は地球へ向け、惑星発見の報告をレーザー通信で送信すると、接近手続きに入った。

 反射鏡を二つに分割し、宇宙船は進行方向に船尾を向け、反射鏡を二度反射させたレーザー光線によって、今度は減速を開始する。

 最後に惑星系の主星にぎりぎりまで近接し、減速を懸ける。強い輻射熱と放射線が宇宙船を無慈悲に炙り上げる。無人の宇宙船でなければ採れない軌道である。

 惑星系に近づき、それまで宇宙船を運んでくれた反射鏡を切り離し、宇宙船は衛星軌道に乗った。

 質量、地球を一として〇・九六! 表面重力〇・八八! 大気組成も、理想的であった。宇宙船の一部分が衛星軌道から離れ、地上へと降下を開始する。

 宇宙船の内部で、人工胎盤により植民者たちの育成が開始される。やがて数年後、最初の植民者が最初の一歩を踏み出し、殖民計画のためのロボットがヨチヨチ歩きの植民者たちを育て、成長するだろう。

 宇宙船が地球を出発して、すでに三世紀が経っていた。

 が、宇宙船のメイン・コンピューターは、殖民計画を開始するときに、人間で言えば「困惑」に近い状態に陥っていた。

 殖民の初期条件を定義するプログラムが見当たらないのである。替わりにあったのは、別の膨大な資料の塊であった。

 あの「〝ツッパリ〟〝ヤンキー〟研究」のファイルであった! 学生が提出したファイルを宇宙船のメイン・バンクに納めるさい、無理矢理ファイル形式を変換し、記憶させたため、他の重要なファイルを削除してしまったのであった。ハッカーによる致命的なバグであった。

 宇宙船は問題を解決するため、地球と連絡を取ろうと試みた。宇宙船をここまで送り届けた地球のレーザー砲は、それ自体で強力な送信機となる。が、いくら地球の方向に受信機を向けても、地球のデータは一向に感知されなかった。地球で、何か、大変なことがおきている可能性があった。宇宙船は独力で問題を解決しなければならなくなった。

 宇宙船のコンピューターはそれでもかなりの冗長性を与えられている。たとえメイン・プログラムに重大な瑕疵があったとしても、なんとか自分で問題を修正し、植民者の安全を守るよう問題解決の能力を与えられていたのである。

 コンピューターは手許に残された学生の研究ファイルをとっくりと吟味した。

 一応、ある社会の、一貫した資料が揃っている。首尾一貫した論理と、規範がそこにはある……ようだ。

 コンピューターは手元の資料を翻訳し、社会形成のプログラムとして再構成を開始した。

 決断が下され、コンピューターは最初のプラントを建設した。プラントからは植民者の生活のための食糧、住居、衣服などの生活必需品が続々と生産され、その他の生産品も順次プラントが完成して後、手許へ送り出されるだろう……。

 奇妙な形であるが、惑星にはある社会が作り出されていった……。

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