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 指導教授の研究室を辞去して、大学の構内を歩く学生の胸は、怒りで荒れ狂っていた。

 あの痩せ瓢箪、鶴のミイラめ! 俺の研究を、まるっきり無視しやがった! なにが提示した課題だ! 糞食らえ……。

 学生は立ち止まった。

 空を見上げる。蒼穹に、真昼間から、星が見える。

 いや、星ではない。

 地球と月とのトロヤ点で組み立てを続けている、人類初の恒星間宇宙船の勇姿である。宇宙船は巨大で、昼間でも見えるほど大きい。直径千キロに及ぶ反射鏡──反射能一に限りなく近く、紙よりも薄い軽量の素材でできている──が宇宙船の大部分を占める。

 反射鏡には太陽近くに配置されたレーザー砲からビームが送られ、光の圧力を受け、最終的に光速度の二十パーセントの速度で宇宙空間を突き進むのだ。数百年後には宇宙船は目的の星系に進入し、もし星系内部に人類の殖民に適した条件の惑星があれば、反射鏡の向きを変えて、惑星に近接軌道をとる手筈である。

 宇宙船の内部には、冷凍された受精卵が百万単位で眠っている。もし殖民に適した惑星が存在すれば、人工胎盤により育成をはじめ、育てられた殖民者が地球以外の惑星に降り立つのだ。

 殖民計画を推し進めるためのプログラムは、コンピューターに総て揃っている。住居、食糧、生産などのコンビナートを自動で生成し、人類はコンピューターの助けで惑星に広がっていく。

 軌道上で組み立てられているのは最初の一隻であった。計画では同じような宇宙船を次々と組み立て、送り出す。

 学生は肩を竦め、視線を戻した。宇宙計画には興味は全然ない。どうせ恒星間宇宙船には、生きている人間は乗り込めないのだ。目的地に達するのは数百年後だし、学生自身には、何の関係もない。

 それより、せっかくの研究ファイルをどうしよう。教授の提示した課題の研究を進めるには何の価値もない。

 学生はもう一度、肩を竦める。

 しかたない。長いものには巻かれろ、だ。

 学生は自宅へと足を向けた。

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