第4話 彼女との帰り道

 半端ない緊張感の中、二人で並んで歩く。

 さっきまでは氷のような表情だった初芝さんだが、今は横で薄く微笑んでいる。


「あの……」

「何かしら?」

「初芝さんの家ってこっちの方角なんですか?」


 同い年で、しかもクラスメイトなのに負い目を感じているせいで敬語で話しかけてしまう。

 初芝さんは少し眉根を寄せて不機嫌な表情でこちらを見た。


「ルカよ」

「えっ?」

「ルカって呼びなさい」

「でも……」


 さっき付き合うことになったばかりでいきなり下の名前で呼べ、ってハードル高いです。

 でも呼ばないと怒られるような気がする。


「る、ルカさん……」

「ル・カ・よ」

「……ルカ」

「うん、いいわ」


 にっこりと満面の笑み。か、可愛い。

 思わずうっとりと見つめていると、ルカさんはちょっと頬を赤く染めた。


「私の家ならこのまま一緒に行けば分かるわ」

「はあ……」


 そんなやりとりをしているうちに我が家に近づいてきた。

 ちょうどお隣の家を通り過ぎようとしたとき、


「ここよ」


 ルカさんが立ち止まる。

 オレが2、3歩進んでから振り返ると彼女は隣の家を指さしている。


「えっ、もしかしてお隣さん?」

「……そういうことね」

「そうだったんだ……」


 何という偶然か。あまりにも出来すぎのような気がしないでもないが、まあ嬉しいことには変わりない。でも何となくルカさんの機嫌が悪いような気がするのだが。


「じゃあ、行きましょう」

「えっ?」

「あなたのご家族にご挨拶したいわ」


 あれ、昨日綺麗な人から挨拶された、って友里が言ってたような気がするけど……ルカさんのことじゃないのかな。


「う、うんいいけど。でも家にはオレと妹しかいないんだ」

「知ってるわ」

「へっ!?」

「昨日、妹さんから聞いてたから……いろいろとね」


 そうだったんだ……しかし今日は驚いてばかりだ。


「それじゃ、ご案内いただけますか?」

「あ、うん」


 門扉を開けて玄関に向かう。多分友里はもう帰って来てるだろうが、この光景を見たらどう思うだろうか。

 ゆっくりと玄関のドアを開ける。


「ただいま」

「お邪魔します」


 オレが玄関に入ると同時にルカさんも当たり前のように入ってくる。

 するとパタパタと妹の足音が聞こえた。


「お兄ちゃん、お帰りな……な、な~っ!?」


 そこには驚愕の表情を浮かべてオレたちを交互に見つめる妹がいた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 今、リビングのソファに制服を着たルカさんがいる。

 とても現実とは思えない状況に理解が追い付かないオレと妹の友里。

 目の前にはそんなことに全く気にしていないルカさんが、優雅に紅茶を口にしている。


「それでは改めまして、私は初芝ルカ。来人らいとさんのクラスメイトです。よろしくお願いしますね」


 にっこりと微笑む。オレは隣に座っている友里に目を向けると、昨日逢っているはずなのにポーっとした表情をしていた。まあ、そうなるよな。


「こ、こちらこそよろしくお願いします」


 慌てて頭を下げる友里。逢うのは2度目のはずなのにまだ緊張するらしい。


「それじゃあ、始めますね」

「え?」

「台所をお借りします」


 そう言うとルカさんはスタスタとキッチンへ向かう。


「ちょ、ちょっとル、ルカさ……ルカ?」


 『さん』付けした瞬間、するどい視線を浴びたので慌てて言い直す。


「何するの?」

「夕食をつくるんです」

「はえ? 何で……」


 オレの言葉が言い終わらないうちに、どこから持ち出したのか我が家のエプロンを手際よく装備する。


「私が来人さんの彼女になったからにはそれなりのことをしなければなりません。ですので気になさらないでください」

「い、いや気にするでしょ!?」


 付き合い始めたその日に彼氏の家に来て手料理?

 オレの疑問を軽くスル―したルカさんは、今朝オレが用意していた炊飯器にいであるお米を確認してから冷蔵庫を開け、野菜室をじっくり眺めた後、人参、ジャガイモ、タマネギを取り出してまな板の上に載せた。


「今日はあまり時間がありませんのでカレーでいいですか?」


 続いて鶏肉の入ったパックを取り出しながら聞いてきた。


「あ、はい……お願いします」


 オレと友里が呆気にとられて、立ち尽くしていた。



 コトコトと火にかけた鍋がたてる音を聞きながら、リビングで3人が話をしていると友里がルカさんに尋ねてきた。


「あのう、あたしがこんなこと聞くのは何ですけど、ルカさんは兄のどこが気に入ったんですか?」

「おい……」


 何気に失礼な質問だな。オレが眉根を寄せて友里を軽く睨みつけると、それを見ていたルカさんが、ふふふと笑う。


「仲がいいんですね」

「そ、そんなことないですよ」


 友里が両手をブンブン振って顔を赤くする。


「私は来人さんの目が好きなんです」

「目!?」

「はい。今日転校してきて教室に入った時、最初に印象に残ったのは来人さんの目でした。こんなことを言っては失礼かもしれませんが、他の子たちは現状に満足していて先を考えてない、というか輝きが感じられなかったんです。でも来人さんだけは違ってました。何ていうか悲しみを感じたんです。でもそれ以上の優しさみたいなものも感じて……」


 ルカさんは言いながらオレの目を見つめる。


「その瞬間、ああこの人だ、この人と一緒にいたい、って思ったんです。簡単に言えば一目惚れですね」

「あ、その……ありがとう」


 現実に聞くことになろうとは思わなかった『一目惚れ』という言葉にどう返事していいか分からず、ついお礼を返してしまった。


「でも、ル、ルカもそんなに美人ならモテたんじゃないか?」

「そうですね、それは否定しません。でも私は自分の顔が嫌いなんです」

「ええっ!?」


 驚くオレと友里に向けてルカさんは寂しそうに笑う。


「正確に言えば、嫌い、だったんです。周囲の人は私の中身なんかどうでもよくて、ただ可愛いとか綺麗とか言っては付き合ってくれだの、好きだのと。この顔でさえなければそんなことを言われなくて済んだのに、と思ってたんです」


 伏し目がちに小さな声で話すルカさん。これまで結構辛い思いをしてきたんだな。


「でも今はこの顔でよかったと思います。おかげで来人さんと出逢えて、付き合うことができましたから」


 さっきまでの悲しい表情が一転してにっこりとほほ笑む。

 くうっ、何というオーラだ。オレは当然として、友里までが顔を真っ赤にしている。


「ご、ごちそうさまです」


 ちょっと友里、何言ってんの!?


 その後、ルカさんがつくった絶品カレーを3杯もお代わりして友里の冷たい視線を浴びつつ、食べ過ぎの状態のまま隣に帰るルカさんを見送った。

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