ディア・バレル

泉 大津

第一章 不死の呪い

第1話 時計王の墓 前編

  

 

何も変わらない日常。いつもの時間に起き、風呂へ入り身嗜みを整えて通勤途中

  に牛丼屋で朝定食を手早く食べる。そして満員電車に乗り職場へ。

 帰りは遅く、コンビニで弁当を買い帰宅。疲れの溜まった身体を癒そうと、

  足すら伸ばせない狭い風呂へと。

 風呂自体は狭く、タイルの間には何度落としても出てくる黒カビ。

  唯一の楽しみである風呂ですら…いや、風呂があるだけマシか。

 バブルが弾け、世間は辛く厳しい状況に陥ってかなり経つ。

  それでも人間は慣れる生き物であり、現状に不満は無い。

 本年持って38才、いまだ嫁も無しだがこれでも若い頃はモテたものだが。

  …どこでどう道を誤ったのか。冒険家などという馬鹿げたモノに取り付かれ

  大事な時期を見事に棄ててしまった。だが、旅行会社でその時の知恵は役に立つ

  あたり、まぁ無駄ではなかったとも思える。


 …。不思議と、既に燃え尽きた若い頃の情熱が胸の奥で燻る。

  眼を閉じると不思議と広がる暁の荒野。まるでそこに居るかのような…、  

  いや、其処へ行けるかのような―――一つ鼻で笑い軽く首を振る。

 そんな妄想を抱く歳でもあるまいに、と。今一度首を振り、狭い風呂を出ようと

  風呂のドアを開い――――。

  「…え?」

 妄想が現実に? 何故かそこにある筈の狭い脱衣所は無く、

  赤茶色に染まった広大な荒野が広がっていた。何より驚いたのは、

  幻にしてはリアリティのあるボーイッシュな金髪で、活発そうな、

  それでいてウエスタンな格好をした少女が、目を丸くしてこちらを見ている。

 此処より俺の、いや、世間一般から大きく外れた怪現象が多発する。

 一つ目、少女の背に石や岩の破片などが集まり、巨大な翼を形成し、

  超重量の翼から生まれたのだろう爆風で飛翔した。その時に気付いたが

  周りには何か少し世紀末的なウエスタンな連中に囲まれていたのに気付く。

 二つ目、中空へと飛翔した少女のいわば瓦礫の翼が一度大きく羽ばたくと、

  無数の破片へと戻り驟雨の如く降り注いだ。

  「って暢気に見ている場合じゃねぇ! こんなもん喰らったら死ぬ!!!」

 左手に一発、右足に一発、掠り傷を貰いながらも辛うじて、

  逃げ切ったが、逃げ切れなかった奴等が赤茶けた

  大地に命を吸われるが如く倒れ込んでいる。

 全く持って理解不能。人が空を飛ぶだけでなく、あんな少女が平然と人間を

  傷つけている。その上、翼を失った少女が俺の目の前へと降りてきて一言。

  「ちょっとそこの変態親父」

 …初対面で変態親父扱いされたのは、生まれて始めてだが…

  若いし言葉を知らないのだろうと、思う俺の股間を嫌そうな顔で指差してきた。

  「…oh」

 そりゃそうだ! 今の今まで風呂だったんだ!裸で当然だろう!?

  こんな理不尽な展開でポリ呼ばれたらたまんねぇな…と、とりあえず後ろ向いて

  誤解を解こうと必死になるが、少女がそこらで倒れている奴から

  衣服剥ぎ取ればOKなどというワイルドなお言葉。

 然し現状それしか方法も無く、サイズの合いそうな奴の衣服を失敬。

 数分の間、静寂に包まれるが、現状把握したい俺が先に口を開いた。

  「と、取り合えずだな。風呂から出てきたらこんなとこに…」

  「あー、うん。まさか入浴中だったとは…そこは気にしないから」

 ん?今の返答から察するに、俺が此処に居ると言う事と少女が何か関わりありと?

  少し考えて脳内整理をしようと空を見た。日の入り間近の見事な夕焼けだ。

  が、一つ気になるのは、その位置に在ってしかるべき星座が無いと言う事だ。

  北斗七星、オリオン座などなど誰でも判るモノが何一つとして無い。

  何よりも日本でここまで星空がハッキリと見えるなぞ考えられ…なんぞ!?

 明らかに星とは異質の何かが空に浮いている。島のようにも見えなくは無い。

  「な、なんで島が浮いてんだよ…」

  「何って? ディア・バレルだよ?」

  「…何でそんな当たり前のように浮いてんだよ? 島が!!」

 軽く首を傾げられ、まるで俺が一般常識というかもう物理学的に狂ったアレを

  知らない方が非常識。みたいに笑われた。

  一見してボーイッシュで活発そうではあるが、笑うと愛らしく見える。

  「アレを知らないのって、生まれて間もない赤ちゃんだけじゃないー?」

  「お…おお。で、マジに知らないんだが…」

  「SSS級トレジャーポイント『ディア・バレル』

    前人未到でアタシ達レイヴンの最終目的地…かな」

 トレジャー…前人未到…トリプルエス…くっ、胸がざわつく単語並べやがる。

  「えーっとね、混乱してると思うので先に言っとくけどー」

  「お、おぅ」

  「先ず、君を呼んだのはアタシ。

   正確には連ねる力で世界の一部と一部を繋げたの。

   で、こっちの求めに応えた者は…」

  「あんなモン見てしまったら、否定しようもねぇからなぁ…、

   で、応えた者はなんだって?」

 何故か、わくわくしつつ、返答を待つ。勇者とか英雄とか選ばれし者的な

  ソレであろう返答を。

  「世界で一番欲深い奴!」

 アカンやつきた。どう聞いてもアカンやつきた。欲深って…酷い。

  こんな一般人を絵に描いたような男を欲深いって…。

 ガクリと赤茶けた土に膝を落とし、もう、返りたいと呟いた。

  「あ、ディア・バレルに着くまで帰さないからねー?」

  「お嬢ちゃん、それをなんて言うか知ってる?」

  「アタシにある意味召喚されたんだしー、役に立ってよねー?」

 理不尽だ…理不尽の権化が居るよママン。

 …然しだ。考えようによっては悪く無いか。

 一応、帰り道は在る。

 今、目の前に若い頃に求めて止まなかったロマンが続いている。

  すぅ…と一つ大きく呼吸し、立ち上がり少女に右手を差し出した。

  「仕方ねぇか。タクトと呼んでくれ、お嬢ちゃん」

  「ティアって呼びなよオッサン!」

  「オッサン言うな!せめてお兄さんと呼びなさい!!」

  「どっっっからどう見てもオッサンじゃーん!? しかも変態」

 OK、口の減らない子と言う事は理解した。あと強烈な我侭。

  そして残る疑問をぶつけてみる事にした。

 その疑問とは、単純明快にして大きな謎。

  「で、別の世界に来たってのは理解したが、何でお前さんは

    日本語喋ってんだよ」

  「そりゃーアレだよ。連神の能力の…んー、話すのメンドイしー」

  「重要だろそこ! ツラガミってなんだおい! そこんとこ詳しく!!」

  「やーだー! 自分で考えろばーか!!」

  「手がかりがねぇよ! 何一つ!!!」

 

 これが、最初の仲間、とんでも我侭娘ティアとの出会いだった。

 どうにも説明下手なティアから情報を聞き出すのに、実に二ヶ月を要した。

  彼女の言ったツラガミとは、個人固有の力であり、人それぞれに特色があるという。

 そして、その力で俺の記憶の一部とティアの記憶領域を連結させる事で日本語を

 理解したと言う事。勿論、俺がこの世界の共通語を理解した事にはならず、

 二ヶ月過ぎた今も、ティアに習いつつ習得中である。

 ちなみに、日本語で言神、コトガミと書いてコチラでは、

  フィディア、旧い言葉で『右手と欲望』を意味するらしい。

 現時点で俺の右手が光って唸る事も無く、ひたすら共通語を勉強しながら一つの

  遺跡へと旅を続けていた。


 □時計王の墓□

  約500年前に、栄えていた国が、リヴガイアの南部に存在した。

   時計好きの王様として有名であり、

   現在はただの砂漠地帯で国名が失われて久しい。

  有名所であり、観光地であると同時に、

   トレジャーランクS級を誇る未発掘の場所でもあるらしい。

  砂漠地帯らしく空気は乾燥し、日中は暑く、夜は寒い。

   余り長居したくない気候。

  

  「観光名所であり、以前未発掘の場所でもある…か」

  「おおよそ考えられる事は全部試されているんだけどねー?」

  時計王というだけあって、遺跡そのものの形状もまた真ん丸である。

   中心に15m程の…

   叩いてみたが空洞というわけでもなさそうな柱が立っている。

   やや風化が始まっているのか、叩いた一部がボロボロと崩れ落ちた。

  中心に柱に、周囲には…上空から見ないとなんともだが、

   円形でこの配置は…日時計。

   「その時計王が好んだ時間とかは?」

   「ばかなの? あほなの? 国名すら失われてるって言ったでしょ?」

   「いや、まぁ、そーなんだが…馬鹿って、アホってお前」

  現状日時計に関わりそうな情報無し、

   そもそもそんな簡単なら苦労もしない…か。

   次に時計の数字にあたる建造物へと歩み寄った。…然し足元が凄い。

  砂埃というかまぁソレに近いモノがサラサラと流れていく。

   …流れて、ふむ。流れる先を見るとどうやら時計回りのようだ。

  さながら秒針のように緩やかに流れて周回しているようである。

   「日時計にみえて、そうでない。あるいはその両方か…」

   「というかさー? もっと簡単な解決法なくない?」

  あれば苦労しない。が、何か考えがあるのかと、まぁ尋ねてみたら案の定。

   「全部破壊してみたらOK! みたいな」

   「OK、脳筋少女は黙ってろ、手がかりとお宝もろともに破壊する気か」

   「むぃー…」

  ここで一呼吸置いて考えを纏めてみる。

   日時計の可能性と普通の時計の可能性。砂が流れているので、砂時計という

   可能性も捨ててはいけない。…考えてはいるが情報足らずではある。

  こういう時は、一度近隣の街にでも戻り古い伝承を調べるというのが、ベタだな。

   「良し、下見はこれで十分だな。後は近くの街で書物を漁ろうか」

   「それはいいけどさー? 読めるの? 字が読めるの?」

   「…ぐ。 それは、頼みましたティア先生」

   「それに、君、無一文なんだよ? 一人だけ寒空の下で野宿するの?」

   「お宝見つけるまで貸しといてくれよ! 呼び出したのお前さんだろが!」

  何とも嫌そうな顔しつつも、

   それもそうかと納得してくれて、どうやら凍死は免れたようだ。

   俺達は一度、観光地らしく、

   少し離れた場所にある街『サワード』へとやってきた。

  見渡す限りに殺風景で治安悪しを絵に描いたような所。

   建物は石造りで拘りとかもなく、ただ頑丈に造られただけだろう。

  そこで宿を取りつつ、ティアに通訳してもらい、

   古い文献が置いてある場所があるか、

   それを尋ねると右手を出されたあたり、まぁそうだわな。

  ティアが嫌そうな顔で情報料を支払うと、

   古ぼけた図書館らしき建物への地図を書いてくれた。

   そこに行く最中、明らかに俺達を警戒するような視線がちょくちょく刺さる。

   「何か、嫌な視線を感じるんだが…」

   「そりゃそうだよー、二ヶ月前にやっちゃった連中

    『リガーデッド』の下っ端だもん」

   「なんだそりゃ?」

   「アンタんとこでいう所の…組合みたいなもの?」

  ギルドか、成程。と頷きつつ、それって危ないギルドに手を出したってこと?

   この子…後先考えないなぁ。

   取り合えず襲ってはこないようなので目立たず行動。

  さて、大して時間もかからず図書館へと辿り着いて、

   文献を漁る事にしたのだが…。

   うん、読めない。タイトルすら。

  図書館にいる褐色のお姉さんが、何かこちらに言い寄ってきたのだが…。

   本に意識を奪われて、通訳可能なティアが居なくなっている事に気付く。

  と、取り合えず焦るな俺。一応、ティアに共通語は学んでいるんだ。

  時計王にまつわる古い文献を探しています。と、尋ねたんだが…、

   やはり文法がおかしかったのか、クスリと笑われてしまった。

   これでも俺、五ヶ国語理解してるんだぜ…なんて屈辱だ。

   「…文献…は、…に、…」

  よし、全く理解不能。

   さて、どうしようと頭を抱えている俺の後ろから、ティアの声が。

   「その文献は、38番目の棚に沢山ありますよこの馬鹿」

   「OK、最後の馬鹿ってのだけお前が付け足したな」

  とりあえず場所は判った。親切に教えてくれたお姉さんに、

   こちらの言葉で礼を言うと…あれ?

   笑顔であるが、やや口元が引きつって…。

   「オッサン…、未婚の人にそれはダメだって!」

  のぉ!! まさか、ミスとミセスを間違った的なアレか!? 

   慌てて頭を下げている俺の横で、ティアが助け舟を出してくれたようで、

   事なきを得た。

  全く、言葉が通じないというのは、不便だ。

   なるはや理解しないといけない事である。

   お姉さんに教えてもらった本棚へ行くと…よし、絶望する。

  軽く見ただけで100冊はあるだろう分厚い本がズラリ…。流石は500年か。

   500年という長い時間が、真実を捻じ曲げ枝分かれした結果が此処に在る。

  …いや、まてよ?

   「なぁティア。国名は失われているんだよな?」

   「そだよー?」

   「じゃあ、何故、時計王の文献がこんなに沢山あるんだ?」

   「…ん? そーいえば、国名すら判らないのにそれ以外が残っ…あーっ!」

  気が付いたか。ここは譲るべきか、金銭面での借りもあるしな。

   「つまり、国名を見つければ…ってことかなぁ」

   「答えでは無いかもしれんが、ヒントではあるだろうな」

   「よーし任せて! 調べてみるー!!」

   「お、おお」

  と、勢いよく本の谷へと飛び込んだティアだが…さて。

   国名が失われているが、文献はやたらある違和感。こんなもの誰でも気付く。

  ようは其処から先へ辿り着けないでいるわけだな。同業者達も。

   近くにある読書用に設置されてある椅子に座り、考えてみる事にした。

  が、当然答えも出る筈も無い。仕方無いのでメモっておいた共通語のお勉強だ。

   

  それから何時間経っただろうか、

   ティアがかなり疲れた表情で戻ってきたあたり、収穫なし…と。

   その日は諦めて宿へと帰り、まさかのご相室となる。

   「変な気を起したら、蜂の巣だからねー?」

   「せめてもう少し育ってからその言葉は使おうか、発展途上」

   「むぐ…」

  見た目15か6くらいだろう、そんな子に劣情なぞ催すかっての。それよりも…。

   「寝室にも本があるな」

   「サワードの歴史って奴だねー」

   「へぇ、確か0と1だったかな」

   「うん。正確には、サとワなんだけどねー。

    一つべつの意味で裁縫って意味でもあるの」

  成程。0から1つまり、語源の由来は生産ってとこかな。

   …生産。時計…0と1。

   いや、簡単過ぎだ。が、一応調べてきたティアに確認とるかな。

   「なぁ、ティア。時計王が治めていた国は、時計の生産国でもあったか?」

   「ほぇ? あ、うん。確かそう書かれてるの見た記憶あるよー?」

   「成程」

  未発掘の場所がこんなに簡単にか? 意識を誘導させる為のフェイクか?

   日時計であり、普通の時計でもあり…砂時計の可能性…ふむ。

  0と1を表すということは、日時計で一時きっかりに…痛い痛い蹴るなコラ。

   「考え中に蹴るんじゃない!」

   「何か判ったならおしえろーやどろくー!」

   「ヤドロクいうなし!!…まぁ、

    入り口の可能性と罠の可能性、二つあるが…」

  恐らくはこうだろう。

   昼1時に0(サ)時から1(ワ)時までの間を縫え(裁縫)という事。

   だが、俺から見たら余りに簡単過ぎる。罠の可能性が否めない。

  この程度なら今まで幾人も発見出来ただろう…と、ティアに伝えた。

   「その先が前人未到って線は無いのかなー?」

   「お、おお。それもあるな。成程、

    未踏破の迷宮か何かが在るという線もあり…か。

   「ほら、リガーデッドの連中もこっちに気付いて襲ってこないでしょ?」

  意外に聡いな。泳がせておいて、漁夫の利を得ようって魂胆か。

   あいつらも入り口は見つけているが、

    そこから先で足踏み。成程、在り得る話だ。

   つまり、それは俺達が入り口を見つけて先へ行き、

    お宝に辿り着くまで襲ってこない…と。

   「となれば、決行は明後日だ」

   「明日じゃなくて?」

   「前人未到の迷宮かも知れんのだぞ? 

    保存食やら最低限度考えられる道具は必要だ」

   「迷宮ならさー?」

   「お、何か必勝法でも?」

   「アタシが迷宮の壁で翼作って、壁破壊して、

    翼作ってまた破壊して進めばいいじゃない?」

   「却下だ。崩落したらどうする」

  何てパワープレイ思い付くんだよ…。遺跡なんだよ、遺産なんだよ! 

   それそのものも宝なんだよ!と、夜も深けていく中、

   遺物の尊さを説いたが馬の耳になんとやらだった。


  □時計王の墓□

  

  二日後、準備を整えて昼前に0時の建造物の前にやってきた。

   建造物といって も、柱ではあるが…さて、

   中央から伸びる影が日時計でいう所の一時を指し示した。

  俺達二人は、柱に長いロープを巻きつけ、互いの顔を一度見合わせると、

   0時から1時までの間を縫うように歩く。するとどうだろう。

   どういう原理か不明ではあるが…成程! 罠くせぇな!!

   「ここから砂時計ってわけかよ!!」

   「ちょっと地面に、地面が! 穴が!」

   「罠か入り口か…いかなきゃ判らないか――上等!」

  砂時計も想定していたので、命綱もある。ここは飛び込んでみるべき…と。

   そのままずりずりと、

    まるで蟻地獄のアレにハマッたかのように引きずり込まれていく。

   一瞬だけ強烈な圧迫感はありはしたものの、

    すぐに解放されるどころか砂と一緒に

   遥か下へと引き摺り落とされる所だった。命綱つけてて良かった、と一息。

   「見渡す限り真っ暗でわかんねぇが、迷宮っていうよりゃ大空洞だなこりゃ」

   「こら! 変態ドスケベえろ親父!! は な せ!!!」

   「こるぁ! 暴れるな落ちるだろぶげらっ!!」

  暴れるティアの右肘が俺の顎に直撃し、

   おもわず手を離してしまうが…ああそうだった。

   「連ねよ、連神!!」

   「お前、そういや飛べるんだよなぁ。羨ましい事この上無いわ」

  砂で形作られた翼を羽ばたかせながら、ホバリングしているあたり、

   飛行性能はヘリ並みかと思われる。

   いや、ガトリングガン搭載した戦闘ヘリか…。

   「で、これからどうし…」

  この先を考えようとした瞬間、

   命綱が張力を失い視認すら出来ない奥底へと落ちる。

   「ちょっ!おま! 助けろよ!!」

   「飛べないオッサンはただのオッサンだよねー?」

   「オッサンは飛べてもただのオッサンだから!! 早く助けろっての!!」

  何か聞き覚えの在る言葉でツッコミしつつも、

   なんとかティアに掴まれてゆっくりと降りていく。

   掴まっている間にリュックから松明を取り出し、火をつけると。

   「お、おお。まさに大空洞だなこりゃ」

   「何か縦長に続いてるねー? 誰かが掘ったのかなー?」

   「馬鹿な!何百メートルもありそうなトンネルなぞ、

    どうやって掘るんだよ!!」

  どうみても自然物だろう大洞穴。これは驚いた。…驚いたが、はて。

   時計王の遺跡。一個人のお宝にしちゃ、

    ちょっとスケールでかくね?などと疑問に思った。

   「ねぇねぇ、オッサン。皆さー、勘違いしてるのかも?」

   「おー、お前さんもそう思うか?

    一個人の宝にしちゃ、ちょいとスケールがなぁ」

   「違う違う。まだ可能性だけだけど、時計王のお宝ってさ…」

   「お、おぅ」

   「ディア・バレルへの四至宝の一つかも?」

  …なんでそうなった? 疑問をぶつけてみると、

   それらしい文献があったらしい。

  良し、この子は大事な事は言わない子と理解。

   いやま、調べられない俺が悪いんだが。

  あえて突っ込まず、一個人の宝から、

   世界レベルの遺産へとランクアップしたお宝。

   そんな期待に胸を膨らませつつ、地面へと降り立った。

  周囲に明かりは無く、松明で照らして確認すると、

   中央に流砂が勢い良く流れている。

   …取り合えずはお宝よりも出口を探すべきだな。

  仮にお宝を発見しても出口がなけりゃ意味も無い。

  アレが出入り口とも思えない。

   昼の1時にしか開かない上に、砂の圧力がだな…多分に一方通行。

  だが、お宝がある以上、置いた奴も居ただろう。

  出口もある可能性は低いながらにある。

   「良し、先ずは出口の確保だな」

   「えー…お宝は?」

   「バカチン! 見つけても出られなかったら意味が無いだろう」

  あ、むくれっ面になった。まぁほっといて周囲の探索を進める。

   壁は滑らかである。元々流砂がもっと上まで来ていたのかも知れない。

   もしくは時間で増減するのであれば、

  尚の事、急ぎ出口を見つけないとだからな。

  周囲に警戒しつつ、足早に砂の川を下っていくと、ドドドド…という音が。

   「行き止まりっつか、砂の滝じゃねぇか!!」

   「噂は本当なんだねー…」

   「何の噂?」

   「ディア・バレルへは翼無き者は決して辿り着けないって噂」

  それつまり飛行能力無いと無理ってこと? まぁ、ソレ自体が空の上だしな。

   ともあれ、出口を探す為、来た道を一度戻ろうとティアに話しかけたが、

   これまた年端もいかなさそうな幼い声に遮られた。


   「此処に、出口はありませんです。格好いいお兄さん」


  誰もいる筈も無い…いや、可能性としては在るが、在り得無い。

   薄暗い中、いつの間にか俺の横でちょこんと立っている青い長髪の女の子が

   こちらを見上げていた。いや…というか。

  唯一聞き取れた単語に思わず自分に指差し。

   「…俺?」

   「他に誰かいますですか?」

  何てお行儀の良い子だろうか、脳筋ティアの対極ともいえるような。

   白系で厚手のスカートの左右を軽く両手で捲り上げて、ペコリとお辞儀。

   「アリス・レインクォッドと言いますです。アリスと呼んで下さい」

  背後でやたら殺気を感じなくも無いが、

   その主がティアなのでまぁ無視していいだろう。

   「此処へ、辿り着ける方を待ってましたです。

    何処までお知りになられました?」

  単語単語でしか判らないが、…情報交換を求めているのか、

   それとも協力を…か。さて、その前に素性が気にな…ああ。

  ティアがぼそぼそと伝えてきたのは、

   彼女がリガーデッドの一員であると言う事。

   証拠に左腕部の生地に半分髑髏と半分覆面の刺繍がしてある。

   リガーデッド(半死人)という意味らしい。

  そのまま前に出てきたティアが警戒心丸出し&喧嘩腰で声を荒げる。

   「ちょっと! 邪魔しないでくれる!? ブッコロスよ!」

   「お、おいティア。どっちが悪人かわかねぇだろ」

  そんな俺達を見て、軽く右手を口に当てて笑って見せた。可憐でありはするが、

   見た目以上に修羅場を潜っているのかも知れない、そう思えた。

   「あはは。敵意は無いのです。

    お察しの通り、ボクはリガーデッド所属のレイヴン。

    で、も、です。彼等に利用価値が無くなり、

    そこに少人数で此処まで辿り着いた。

     そんなお兄さん達と、手を組みたいです」

   「へー? で、アタシ達も価値が無くなれば、切り捨てるってわけね?」

   「勿論です」

  何か険悪なムードなのに、満面の笑みを浮かべているこの子が恐ろしく思えた。

   残念な事に二人の会話が今一判らない俺は、

   とりあえず空気がこれ以上悪くなる前にティアの肩を叩いて通訳を頼んだ。

  …成程。リガーデッドに利用価値が無くなった所で、俺達を見つけて…ふむ。

   「えー…と、確かアリスって言ってたよな。ティア通訳宜しく」

   「敵だよ!? 今の内に砂にでも埋めておいた方が…」

   「いや、彼女の知識はここから先に行くのに必要だろうし、

    何より仲間ってのは信用だけで全てが集まるわけじゃない」

   「信用以外に何があるっていうのよ! ばかなの!?」

   「利害一致という関係もあるんだよ。目的が同じならな」

  まぁ、こんな幼い子と腹の探りあいとか勘弁なわけだが…ん?

   何か俺の足元でアリスちゃんがピョンピョン跳ねてて可愛い。

   「コイツが力を見せるから膝をついてってさー」

   「お、おぉ」

  さて、言う通りにするか、否か。少なくとも此処に一人で来た実力者であり、

   そんな子が行き詰って協力を仰いでいる。そう採っていいかも知れない。

  俺は軽く頷いて、いそいそと膝をついて身をかがめたわけだが…。

   名前もそうだが、お人形みたいに可愛らしいな。

   …と考えている間に額に手を当てられた。

   「ボクは嘘をつく。 この人はツェルニス語を理解している」

  …何か言ったようだが、はて、何か変わった事も無く。

   「う…嘘神。高位フィディア…アンタ、何者!?」

   「ボクはボク。

    君達と同じくディア・バレルを目指す厄介者(レイヴン)です」

  あれ? 何? この子の言葉がまるっと理解出来た!?

   「ちょっとまて! 何で俺、あれ? ツェルニス語理解出来て…なんで!?」

   「ふふ。ボクの力は嘘を真に変える力。…でも変えたモノの大きさに比例して

     副作用も大きくなるですが…」

   「嘘を真に変える!? なんちゅうチートや…あかん関西弁になってまう」

  暗い大空洞の中、松明の明かりが、青く長い髪を照らす。

   何処か危なげな微笑を絶やさない、幼い少女アリス。

  彼女の目的もディア・バレルへと行く事らしく、俺はティアの反対を押し切り、

   仲間へと迎え入れる事にした。

  一つ、不満があるとすれば、同年代、    

   それも美女とこういう利害関係を築きたかった…と。

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