猫とワクチンと私

 このところ、我が家の愛猫がちょっとおかしい。



 みゃあみゃあ、と少し高めの声で鳴きながらかたわらにやって来て、長い尻尾をふわりと揺らしながら、柔らかな身体をすり寄せてくる。

「シュリちゃん、どーしたん? お腹空いたんかな? それとも、遊びたいん?」

 そう声を掛けながら、嬉しそうに喉を鳴らすモフモフ・ダイナマイト・ボディを撫で回す。

 ふみゃあん、と大きく一鳴きして身をひるがえしたシュリが、「付いてくるんだにゃあ!」とばかりに走り出す――


 ここまでなら、いつもと同じ。

 お腹が空いたのにフードボウルが空っぽの時や、一緒に遊びたい時など、とにかく誰かの気を引きたい猫の行動としては、ごくごく普通。

 

 最近のシュリの場合、ここから先が、ちょっとおかしい。

 彼女に誘導されて行き着く先が、決まって、フードボウルの前だからだ。しかも、ボウルの中にはドライフードがたっぷり残っている。

 わざわざ私の気を引く必要などないはずなのに、おかしいなあ、と思いながら、しばらくシュリの様子を観察してみると……


 ボウルに顔を突っ込んで、うみゃっ、うみゃっ、と満足気に鳴きながらドライフードを頬張っては私の方を振り返り、「ママ、そこに居るにゃ!」とでも言いたげにじいっと私の顔を見つめ、またボウルに顔を突っ込んで、うみゃっ、うみゃっ、と食べ始める……この一連の流れを、お腹がいっぱいになるまで延々と繰り返すだけ。


 ウチの子は可愛い。でも、甘やかすのは良くない。特にシュリは、自分の可愛いらしさを自認していて、「カワイイは武器になるんだにゃ」と理解しているフシがある。それくらい……もとい、賢い猫だけに、油断は禁物。

 試しに、食べるのに夢中になっているシュリのそばをそっと離れてみた。しばらくすると、私が居ないことに気付いたらしく、うわおおおおおおんっ、と繁殖期の猫のような声で鳴き始めた。

 普段の、鈴を転がすような小さく愛らしい鳴き声からは想像できないほどの異様な濁声だみごえに、あわてた私が駆け寄ると、また、何事もなかったかのように、うみゃっ、うみゃっ、と食事を始めた。

 


 ……これって、もしや、俗にいう「赤ちゃん返り」?

 

 人生の半分以上を色々な猫達と暮らしてきたけれど、ここまで主張の激しい「赤ちゃん返り」をする猫は、シュリが初めてだった。



 人間の子供同様、猫や犬も「赤ちゃん返り」をする。

 飼い主としては、「ちょっと甘やかしすぎたかな? それとも、何か寂しい思いをさせたかなあ……うーん、なんでやろなあ?」と悩んでしまう。我が家の場合、大型犬のサスケが居るので、「もしかしたら、『ママ、最近、サスケばかり可愛がってるにゃ!』ってヤキモチ妬いてるんかなあ?」と心配にもなる。

 常に先住猫のシュリを優先するようにしているつもりでも、散歩や運動、トイレの時間を飼い主と共に過ごす犬と、ほとんど全てのことを自分で出来る猫とでは、どうしても扱い方に違いが出る。

『シュリは手のかからない子。サスケは手のかかる子』

 そんな勝手な思い込みで、シュリに寂しい思いをさせてたのかも……と反省しつつ、猫の「赤ちゃん返り」について調べてみた。


 

 結果。


 生来、猫は気分屋だけに、「成猫の気分」と「子猫の気分」がコロコロ入れ替わりやすい。それ故、頻繁に「赤ちゃん返り(=子猫の気分で甘えたいモード)」が見られるのだそうな。

 ただし、体調不良や生活環境の変化によるストレスが原因で、急に甘えん坊になったり、以前よりも甘え方が過激になったりすることもあるらしい。

 よく食べ、よく遊び、よく寝る『健康優良猫』のシュリが体調不良であるはずもなく。彼女をシェルターから引き取って以来、ずっと同じ家で暮らしているので、「生活環境の変化」は問題外だ。

 「でも、パンデミック以来、僕らの生活環境も変わったから、それが関係しているんじゃないか?」とは相方のげんだが、今更感がハンパない。



 今日も今日とて、シュリの「子猫気分」スイッチは入りっぱなし。

 はて、どうしたものか。



***


 

 このところ、アメリカのコロナワクチン接種事情がちょっとおかしい。



 1月、国内のワクチン需要に供給が追い付かず、接種予約が次々とキャンセルされた──とは、前回のエピソード『この国は、アメフトとモフモフと大いなる矛盾で出来ている』で既に述べたが、2月に入っても状況は全く変わらず。ワクチン優先権の高い職種に従事しているはずの相方も、上司から「国内外への出張や異動がない場合、接種時期は未定」と告げられた。


 3月2日、バイデン大統領は「We're now on track to have enough vaccine supply for every adult in America by the end of May.(5月末までに国内の全成人にワクチンを供給する計画が、順調に進んでいる)」との声明を発表。

 思わず、テレビ画面に映る彼に向かって「ウソやん」とツッコミを入れた。


 3月中旬、相方の勤務先のメルアドに『ワクチン接種の集団予約が可能です』との連絡が届いた。職場に併設されているクリニックからのメールだったそうで、相方はすぐさまクリニックに赴いた。パンデミック以来、クリニックの予約専用回線は常にパンク状態なので、受付で直接交渉する方が手っ取り早いからだ。

 『家族の予約も取れるかどうか、聞いてみるよ』と相方からLINEメッセージが入ってから数10分後。

 怒り心頭の相方から電話が入った。

「僕もキミも基礎疾患や既往症がないから、予約は受け付けられないって断られたよ」

 どうやら、ワクチンが入荷された時点で全職員に通達メールが送信された模様。大雑把な国民性だけに、仕事も大雑把だった。


 3月31日、またもや、相方の勤務先のメルアドに『ワクチン接種の集団予約が可能です』との連絡が。

 今回のメールは医療保険の担当者から。相方はすぐさま保険のウェブサイトを開き、メール内容の真偽を確認したそうな。

 正午過ぎ、ランチタイム中の相方から『今すぐ医療保険のサイトを開いて、キミのアカウントもワクチン接種の予約が出来る状態になってるか確認して!』とのメッセージが入った。

 「……へっ? いやいや、接種優先順位最下位の私が、こんな早くに予約できるワケないやん」と呆れつつ、アカウントを確認してみると……


「おおーっ、『集団接種予約可能』になってる!」


 早速、相方と電話で相談した上で、翌日の集団接種の予約を確定。

 とは言え、安心するにはまだ早い。接種会場で「あなたの予約、取れてませんよ」と言われる可能性も否めない。ここはアメリカ。相手に不手際があろうが、強気に出たもん勝ちの国だ。



 一息ついた後、同じ医療保険に加入している友人2人(A子さんとB子さん)に「集団接種の予約した? ウチの相方にメールが届いてたんやけど」と連絡してみた。

 彼女達のダンナさんは相方と同業者。頻繁に国外出張がある部署に所属しているため、既に2回目のワクチン接種も完了している。そんな彼らに集団接種に関するメールは届いていなかった。


 「機械はニガテ」が口癖のA子さんは、医療保険サイトのアカウントを持っていなかった。

 ダンナさんが保険会社に直接電話すると、「予約は受け付けられません」と一蹴いっしゅうされた。それでも「若くて基礎疾患もないYさん(=私)が予約出来たのに、60歳で高血圧症のウチのワイフが予約出来ないなんて、絶対におかしいだろ!」と食い下がったところ、「あなたの奥さん、職場併設のクリニックは未使用ですよね? 今回は職場での集団接種のため、医療記録のない方の予約はお断りしているんです!」と強い口調で切り返されたのだとか。

 実はA子さん、「(医療保険で100%カバーされるため、無料で利用できる)職場のクリニックは、ウチからはちょっと遠いから不便なのよね」との理由で、自宅近くの個人クリニックを利用していた。とは言え、同じ医療保険で70%カバーされるクリニックだったため、ダンナさんも「特に問題ないだろう」と思っていたそうな。私がダンナさんの立場だったとしても、「問題ないやん」って思う。

 アメリカの医療保険、マジでワケ分からんし。


 

 さて、ここから先が、ちょっとおかしい。


 A子さん同様、自宅近くのクリニックを利用していた彼女の娘さん(23歳、大学院生)も予約を断られた。が、「アルバイトで中高生の家庭教師をしている」とオペレーターに伝えると、「その場合、教育関係者枠で接種可能です。お近くのドラッグストアで予約して下さい」と言われたそうな。

 誰よりも若く健康な彼女は、その日のうちにドラッグストアの予約サイトから接種予約を入れ、1週間後に1回目の接種を受けることに。A子さんはと言えば、結局、バージニア全州民が接種対象となる日をひたすら待ち続けるしかなく……

 「接種可能な人の年齢制限とか、基礎疾患の有無とか、全く関係ないやーん」とツッコミを入れたくなったのは、私だけではないはずだ。


 一方、B子さんは私と同年齢。彼女は職場併設のクリニック利用者なので、問題なく予約がとれるだろう……と思いきや、「貴方の年齢では、基礎疾患や既往症がない場合、予約は受け付けられません」と一旦は断られた。

 実は彼女、癌サバイバー。

 たまたま、電話応対したオペレーターが彼女の医療記録をざっと調べてそのことに気付いたらしく、一変して「免疫状態が心配なので」と翌日の予約を入れてくれたのだとか。大雑把な国民性とは言え、デキる人はキチッと仕事をする。B子さんの場合、たまたま優秀なオペレーターに当たって運が良かった、としか言いようがない。


 同じ医療保険に加入していても、上記のような違いが出るって、どうよ。

  

 ともあれ、4月1日、相方と私は無事に1回目のワクチン(モデルナ)接種完了。

 勤務先や自治体が主催する集団接種の場合、ワクチンの種類は選べない。一方、オンライン予約が出来るドラッグストアやクリニックでは、接種するワクチンの種類が明記されている場合がある。A子さんの娘さんは「絶対、ファイザー! モデルナより副反応も軽いみたいだし!」との理由で、ファイザーのワクチンを提供しているドラッグストアで予約したそうな。

 副反応については、オンライン上で色々と話題になっているが、身近な例として、モデルナのワクチンを接種したB子さんのダンナさんに聞いてみたところ……

「1回目、2回目ともに接種後、筋肉痛に加えて40度近い高熱、関節痛、吐き気を催すほどの頭痛、全身の蕁麻疹など様々な副反応に苦しめられた。数日の間、寝込んだまま動けなかったよ」


 ……マジですか。


 実は私、インフルエンザの予防接種を受けるたびに、注射したところがぽっこりと腫れ上がり、微熱が出る。接種会場で「ワクチンはモデルナです」と告げられて、「大丈夫なのか、私」と本気で不安だったのだが……接種後、相方も私も筋肉痛のような状態が丸1日続いたものの、翌日には痛みも完全に引いていた。

 結果オーライ。

 接種会場でもらった『I GOT MY COVID VACCINE(コロナワクチン、接種したぜ)』ステッカーを父の墓前に供え、「2回目もこれくらいで済みますように」と手を合わせた。


 ちなみに、A子さんの娘さんの場合、接種当日と翌日に酷い筋肉痛で、鎮痛剤のお世話になったとか。

 ううむ、副反応……こればっかりは接種してみないことには分からない。少なくとも「ファイザーはモデルナより副反応が軽い」というのは事実無根のようだ。



 

 4月に入り、アメリカでは劇的な現象が起き始めた。

 4月2日、コロラドとニューハンプシャー両州がワクチン接種制限を緩和。結果、16歳以上の全ての州民が接種対象となった。

 これを皮切りに、接種対象を16歳(または18歳)以上の全州民に切り替える州が続出。ワクチン接種率の上昇に拍車を掛けた。


 4月18日、バージニア州でも16歳以上の全ての州民が接種対象となった。

 あれだけ困難だった接種予約も、ワクチンが安定したこともあってスムーズに行われるようになった。この日を待ち侘びていたA子さん。早速、娘さんに頼んで近所のドラッグストアのサイトから予約してもらったそうな。

「18日に予約した時は、接種日は30日だったの。キャンセル待ちもしていたんだけど、翌日になったら『明日のキャンセルが出ました』って」

 キャンセル出るの、ムッチャ早いやん、と驚いた。


 4月19日、全米50州と首都ワシントンで接種制限が緩和され、国内全ての地域で16歳以上が接種対象となった。



 既出のエピソード『日本に帰らせて頂きます』でも述べたが、元々、アメリカでは医療施設以外の場所(ドラッグストアやスーパーマーケットの薬局など)でインフルエンザなど各種予防接種を行うシステムが確立されている。誰もが日常的に足を運ぶ場所で接種を受けることが出来るのだから、ワクチン接種が急速に進むのもうなずける。

 が、接種する側の人員が足りなければ、どうなるか――


 そんな現場を支えるためにアメリカが取った秘策が、『人員増加のためのボランティア』だった。

 州の規定によって異なるものの、多くの州で、引退した医師や看護師、医学生や薬学生、獣医師、州兵、果ては消防士に至るまで、コロナワクチン接種のボランティアとして駆り出され、特別な訓練を受けた後、接種現場へ次々と送り込まれているのだとか。アメリカでは、子供の頃からボランティア活動に勤しむのが当たり前。加えて、とっても大雑把……もとい、大らかな国民性だからこそ、「ボランティアかあ、大変だね。応援してるよ!」と快く受け入れられるのだろう。

 これが日本なら、「医師や看護師資格を持たない人がワクチンを接種するなんて、危険過ぎる!」となるのが目に見えている。

 緊急時だからこそ、柔軟な思考で対処すべきだと思うのだけれど。これもまた、国民性の違い。仕方ない。



 が、ここから先が、ちょっとおかしい。

 

 4月初めから猛スピードで加速したワクチン接種率も、徐々に伸び悩みを見せ、4月末には鈍化の一途を辿り始めた。国民の3分の1が接種を断固として拒否していることや、ワクチン接種に躊躇ためらう人々(特に黒人層に顕著)への働きかけに時間が掛かっていることが大きな要因とされている。

 加えて、1回目の接種を終えた人が2回目の接種予約をキャンセルする、という奇妙な現象も増えつつある。

 「せっかく1回目受けたのに、なんで2回目キャンセルするん? 意味ないやん」と思うのだが……短期間で開発が進められた新しいワクチンだけに、長期的な安全性への疑問が残ると考える人もいれば、『2回目は、副反応が酷く出る傾向にある』という(あくまでも)ウワサに恐れをなしてキャンセル、というパターンも少なからずあるようだ。某社製ワクチンの接種後に副反応で死亡者が出てしまったことも、2回目を断念する要因となっている。


 続出する2回目キャンセルと、低迷を続けるワクチン接種スピード。

 そうなると、地域住民のために設けられた大規模接種会場が相次いで閉鎖され、ワクチンの供給が需要を上回り始める。

 その結果、ワクチン不足で接種予約もままならなかったあの頃がウソのように、実に簡単に接種予約が取れるようになった。

 良いのか悪いのか、よく分からない。


 アメリカ疾病予防管理センター(CDC= Centers for Disease Control and Prevention)のデータによれば、5月3日の時点で、アメリカ全人口の31.8%が『ワクチン接種を完了し免疫を獲得した状態(fully vaccinated)』となった。

 一方で、変異ウイルスが感染力を増す中、「集団免疫に必要な接種率は、80%以上」という専門家の声もある。このまま接種率が伸びなければ、集団免疫の獲得など、夢のまた夢だ。

 こんな時こそ、大雑把な国民性を大いに生かして「ワクチン? 無料なの? じゃあ、どんどん打っちゃって!」と接種率アップに貢献すべきだ。


 頑張れ、アメリカ。負けるな、アメリカ。



***



 ここだけの話し、私は注射が大のニガテだ。

 身体に突き刺さる針を見るのもコワイので、ぐいっと顔を背けて目を閉じる──



 ワクチン接種1回目の担当者は、看護師のIDを首から下げた、年配の優しそうな黒人女性だった。

「消毒するからヒヤっとするわよ〜。今度はちょっとチクっとするわよ〜、はい、終わり」

 彼女の言葉に、涙が出そうなくらい感動した。

 アメリカに移住して以来、インフルエンザ予防接種に始まり、両肩の痛み止めの筋肉注射に至るまで、様々な注射を打ってもらったけれど、日本の白衣の天使さん達のように優しく声を掛けてくれたのは、彼女が初めてだったから。



 ワクチンを接種したのは左腕。自分ではよく見えないけれど、看護師さんが貼ってくれた黄色い絆創膏の上に何かしらの絵柄があることだけは分かった。

 帰宅後、左腕を鏡に映してみたところ……


 黄色の地色に浮かんでいるのは、オレンジ色の人参を握りしめた灰色のウサギ。


「バッグス・バニーやん!」


 さすがアメリカ、遊び心があってエエねえ、と思いつつ、相方の絆創膏が気になったので、「どんな絆創膏、貼ってもらったん?」とTシャツの袖をまくってみた。

 ごっつい男の腕にバックス・バニーが居たら、写真を撮ってFacebookにアップしようと思っていたのだが…… 

「あれ? 普通の絆創膏やん」

「キミ、僕の子供だと思われたんだよ、きっと」

 そう言いながら、相方は苦しそうに笑いを堪えている。

 確かに、一般的なアメリカの成人女性と比べて、小柄で童顔なアジア人女性は子供っぽく見られがちだなのだけど。

「いくらなんでも、こんなに大きな子供がいるほどの年齢には見えへんよ」

「そうじゃなくて……そんなTシャツ着てるから、余計に幼く見られるんだよ」

  

 相方の言う『そんなTシャツ』とは……


 不機嫌そうな猫が中指を立てている絵に、『Fluff you! You fluffing fluff!』の文字が描かれたTシャツ。

 ちなみに、英語の部分は「f*ck you(クソったれ!)」をソフトに可愛らしく言う時のフレーズで、猫だけに「fluff(=ふわりとふくらませる)」と「fluffy(=ふわふわの)」を掛けているのがポイント。『ふわっふわになっちゃえ! 超ふわっふわっ!』的な?


「これ、一緒に買い物してる時に買ったんやけどね? 『似合う、可愛い』って言ったやんね?」

「似合ってるよ。その猫の顔、不機嫌な時のキミにそっくりで……」

 褒められているのか、けなされているのか、よく分からない。

 

 確かなことは、ただひとつ。

 アメリカで大人の女性として扱われたければ、ウケを狙ったTシャツを着るのもほどほどにすべし。

 


 そして2回目の接種の日。

 この日は、アメリカ国旗と同じ色合いの花柄Tシャツを着用。接種担当者の愛国心をくすぐる作戦だ。


 接種後、腕に貼られた絆創膏の色は青かった。肌色ではなく、鮮やかなスカイブルー。そして、絵柄入り。

 帰宅後、鏡に映してみたところ……


「トゥイーティーやん」


 ブルーの瞳と長いまつ毛がチャームポイントの、黄色い鳥のキャラクターだ。

 やっぱり子供と思われたのか。

 はたまた、私の服のセンスがちょっとおかしいのか。



 うーん、よく分からない。

 

 

***


 

 4月29日、2回目ワクチン接種から数時間後。私の様子がちょっとおかしい。


 筋肉痛に加えて、熱っぽさと倦怠感がハンパなく、立っているのもツライ。夕飯の支度なんてやってられない……そんな思いが頭の中をぐるぐる駆け回る。 

 なんとか夕飯を終え、後片付けは相方に任せて、早々にベッドに潜り込んだ。

 途端に、悪寒で身体中が震えはじめた。



 ……あ、これ、ヤバイ。



 とにかく、身体の震えが止まらない。熱を測ってみると……まさかの38度越え!

 体温計の数字を見た瞬間、意識が遠のきそうになった。


 そして真夜中、とうとう40度を超えた。


 マジでヤバイ……本能的に、そう思った。

 咄嗟に、隣でイビキを書きながら寝ている相方を何とか叩き起こし、解熱剤と水を持ってきて、とお願いした。


 熱にうなされながら浅い眠りに就き、次に目覚めたのが翌朝7時頃。解熱剤のおかげで熱は少しだけ下がったものの、この日は1日中、38度台をキープ。解熱剤を飲むためには何か食べなきゃ……と思いながらも、食欲は全くない。

 この日、私が口にしたのは、冷たいりんごジュースと解熱剤を飲むために無理やり口の中に押し込んだヨーグルトだけだった。


 翌朝、ようやく37度前半まで熱が下がり、なんとか起き上がれるようになった。が、この日は酷い頭痛に悩まされ、動くと吐き気もするので、結局、ベッドの上で過ごすハメになった。

 

 

 インフルエンザの予防接種のように、今後、コロナワクチンも毎年接種する必要があるのだとしたら……正直、ぞっとした。

 とは言え、今後も接種は受け続けるつもりでいる。私と私の大切な人達を守るためだから。

 


***


 

 不思議なことに、私が寝込んでいる間、シュリは1度も「赤ちゃん返り」をしなかったという。

 目が覚めた時、足元で眠っているシュリの気配を感じることもあったが、鳴き声で起こされることは1度もなかった。



 思えば、シュリは、いつも私のそばにじっと寄り添ってくれていた。

 未知のウィルスの脅威と不安に世界中が包まれていた頃。

 『おうち時間』を鬱々と過ごす私の支えになっていたのは、シュリだった。

 「力を抜いてゆったりまったりするにゃ」とばかりに私の前に伸び伸びと横たわり、「好きなだけ撫でれば良いにゃ」とお腹を出して愛らしいポーズを取る――そんな彼女にどれだけ救われていたことか。 

 私の方が彼女にべったりで、彼女の温もりを必要としていた。


 ワクチン接種の目処が立ち、急に目の前が開けたような気がして心が軽くなり。

 1回目の接種完了後、「これで自由だ!」と心底、ほっとして。

 浮かれた私の心が少しずつ外に向けられていくほどに、彼女と触れ合う時間が少しずつ短くなっていたのかもしれない。

 「ママ、シュリのこと、置いてかにゃいで。もっとシュリと一緒に居てにゃ」と募る寂しさを、「赤ちゃん返り」という方法で伝えようとしていたのかもしれない。



 猫はとっても気分屋だけれど、とっても繊細な動物でもある。

 猫好きを自負する私が、そんなことさえ気付いてあげられないとは……「ダメなママだにゃ」とシュリに怒られそうだ。


 だから、たっぷり甘えさせてあげよう。


(2021年5月5日 公開)

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