ややこしい名前でスミマセン
我が名は『イサイアス(Isaias)』。大海の彼方で目覚め、南洋の島々をことごとく恐怖に陥れ、愚かな人間どもを蹴散らすべく北の大陸を目指し……
「え、イサイアス? アイサイアスじゃないの?」
「イーシアスでしょ」
「イサイサスだと思ってた」
「違う、イズィアスだよ!」
「え? イーセイアじゃないの?」
お、愚かな人間どもを蹴散らすべく北の大陸を目指し、
「8月1日にプエルトリコとドミニカ共和国に上陸した時は『熱帯暴風雨(Tropical Storm)』やったやん? なのにフロリダ州に上陸したら『カテゴリー1のハリケーン』って、どういうこと?」
「3日の夜、ノースカロライナ州に上陸した時は『ハリケーン』やったのに、4日未明にバージニア州東部に上陸したら『トロピカル・ストーム』に戻ってるって、どういうこと?」
い、雷と竜巻で大地を揺るがし、樹々や家々を薙ぎ倒し……
「うわっ、ノースカロライナ州にタッチダウンした
……なんかもう、
とっとと北上して大西洋に戻ろうっと。ひゅるるるるぅぅぅぅ……
***
そんなワケで、アメリカで今年5つ目のハリケーン『イサイアス』は東海岸各州に爪痕を残しつつ北上し、姿を消した。
旧約聖書に登場する預言者『イザヤ』の名で呼ばれた今回のハリケーン。英語では『 Isaiah(アイザイア/アイゼイア)』となるはずが、なぜだかラテン語の『Isaias(イサイアス)』が採用されたおかげで、日頃から小難しい話題を読み上げ慣れているはずのニュースキャスター達もかなり苦労したようだ。
BGM代わりに付けっ放しにしているテレビのニュース番組で、毎日見かける天気予報担当のお姉さんが「どれが正しい発音なのかよく分からない名前のハリケーンが去ってくれて、ホッとしました。毎回、あの名前を言うの、ホントに大変だったのよ」と本音を漏らした時には、思わず「あー、分かる!」と相槌を打ったものだ。
このイサイアス、『観測史上、初めて7月に発生した2つ目のハリケーン(1つ目は、7月25日にテキサス州に上陸した「ハナ(Hanna)」)』と『大西洋の観測史上、最も早い時期に発生したトロピカル・ストーム9号(=以前の9号の平均発生日は、10月4日)』という2つの偉業を成し遂げたことで、記録的ハリケーンとなった。
ちなみに、ハリケーンとは「強風を伴う熱帯低気圧」のことで、基本的には台風と同じものだ。国際分類による「最大風速33 m/s以上」という規定があるため、正確には「強い台風」に匹敵する。日本の台風(最大風速約 17m/s以上)に相当するのが、トロピカル・ストームだ。
『オズの魔法使い』のドロシーを家ごと巻き上げて魔法の国に飛ばしたのが、トルネードだ。その規定は「最大風速100m/s 以上の高速な渦巻き状の上昇気流」。大木であろうが、大型住宅であろうが、粉々に粉砕してしまうほどの威力を持つ。こんなものに巻き込まれても家ごと無事に着地したドロシーは、とってもラッキーな事例だ。
今回、我が家の被害は屋根の一部が損壊したくらい。私が住んでいる地域では数万世帯が停電になったので、ラッキーだったと思う。
可哀想だったのが、愛犬サスケだ。折れた木の幹や枝が散在して足の踏み場もない裏庭の掃除が済むまで、ずっとトイレを我慢する羽目になったのだから。
きゅうううん、きゅうううん、と情けない鳴き声を上げながら、ブルドーザーの如く裏庭を片付ける私と相方の姿をストームドアのガラス戸越しに眺めるサスケの姿は、まるで憐れな子犬のようで。
アメリカは6月からハリケーン・シーズンが公式にスタートする。
最盛期は8月中旬から10月下旬まで。8月初旬にハリケーンがアメリカ国内に上陸するのは、極めて珍しいことなのだ。
新型コロナウィルス感染拡大とハリケーンのダブル・ブッキングだけは、丁重にお断りしたいのだが……
アメリカの夏は、前途多難。
(2020年8月6日 公開)
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