書ききった物語と巨悪に潜む暗い影1

24.新人作家、物語の終わらせ方

「よし、書けたー!」

「おぉ、お疲れ様。はい、スープ」

「ありがとう」


 アメリカから帰った僕はすぐに『俺オレ』の原稿に取り掛かり、――書ききった。

 ボールペンにキャップをつけて机に放り投げ、幽霊からお椀をもらう。その中身は明らかにスープじゃなく……


「なぁ、これ生卵だろ」

「溶き卵だよ! (>_<)キャーッ!!」

「それを生っていうんだよ。あと、そのキャーは何だ、キャーって」

「冗談冗談だって、ほら、せんせーの分」


 溶き卵のお椀をPCの近くに寄せて、幽霊からスープをもらう。

 相変わらずの美味しさ。変わらない安心感みないなもんを感じて、ほっこりする。

 毎日出されるから飽きる訳じゃなく、逆にこれがないと朝って感じしない……いや、朝昼夜構わず出るんだけど。


 もしかしたら、これが『王道』っていうことなのかもしれない。

 同じような物語でも、そこに込められた愛を感じられたら……いや、幽霊は別に僕のこと好きとかじゃないんだけど、さ!


「それにしても、一気に書き進んだね~。パソコンの打ち込みも結構いい感じじゃん。今回は手書き原稿じゃなく、ちゃんと電子データで渡せて、編集さんも喜ぶんじゃない」

「まぁ、ちょっと悩んでいたことが解消してな……」


 『俺オレ』のエンディングをどうするか。

 アメリカに行って、僕がずっと悩んでいたその『答え』が見つかったのだ。


 『俺オレ』の終盤。

 TSした『オレ』は、『俺』が自分であることを知ってしまったが、『俺』のことが好きの気持ちは失っていない。

 逆に『俺』は何も知らないまま、『オレ』のことを好きでいる。

 ……という、その状態のまま、彼らは『入れ替わる』。

 『オレ』は男に戻り、『俺』は女になってしまう。

 『オレ』は二度目になるTSで、心が病んでしまうが、『俺』はその状態を楽しみながら、ついには『オレ』に告白しちゃうのだ。TSしたまま。

 それと同時期に、二度目の入れ替わり前。『俺』に好意を寄せ始めた女と、『オレ』に恋した男がいた。その男女は、運悪く二人が『入れ替わった後』、つまり見た目が同じで、中身が違う相手に告白をしてしまう。

 もう何角関係になるんだよ、という複雑なラブコメ。


 この物語を結局どうやって……


――『幽霊』ってのは、未練があってこの世をさ迷ってる。


 アオシマの言葉がリフレインする。

 僕がぼんやりと記憶を探っていると、幽霊はむすぅとしていて……。

 これはまた、彼女を放っておいてしまった。

 僕は彼女に怒られる前に、


「それにしてもいいな、ノベノベって。僕でも使いやすい」


 幽霊は僕の書きたての『俺オレ』完成版が載った原稿用紙をペラペラをめくりながら、上機嫌で答えた。


「そうなのよ。ノベノベって、くろうとかよりもUIスッキリしていて、書き手にやさしい世界なのよ。挿絵とかは付けられないっていうのがくろうとは違うとこかなぁ」

「挿絵……そういえば、『俺オレ』の挿絵の人ってあの漫画の人だったんだな」


 幽霊にはまだ言っていないが、僕は山野に連絡先を教えてもらい、アメリカにいる間に『俺オレ』のイラストレータの人とメールで連絡をとっていたのだ。

 本にするためには、僕が本文を書いたじゃだめで、表紙や挿絵も必要となってくる。

 だから、その催促の電話だ。


 幽霊は初めて僕の部屋に来た時と同じように、本棚からあの漫画を取り出して、


「あぁ、そうだったね。あの日はまだ、『自分が誰であるか』何て忘れていたから、気付かなかった」

「その漫画の作者さん、えっと、『そるてぃー』さんって漫画だけじゃなくて、イラストもやってんだなぁ」

「もともとプロのイラストレーターとして活躍してて、その傍ら趣味で、よく文学マーケットで小説出したり、ニゴニゴ漫画とかで漫画書いてたら、いつの間にか漫画で商業誌してたっていうね……すごいんだよ、その人」

「文学マーケットって、あのコミックスマーケットの文学限定バージョンみたいなもんだっけ……そるてぃーさん小説も書けるって……やばいな」


――多才ってこういうことを言うんだよなぁ、たぶん。


 そう思ってたら、どうやら違ったらしく。

 文マケで小説出してるってのは、サークルで出してるってことで、小説じゃなく、その表紙を担当しているってことらしい。


「でも、それでもすごいなぁ。フットワーク軽いし」

「そうなんだよね。実際に見たことはないんだけど、女性コスプレ界隈でも有名らしいし……せんせーもそるてぃーさんの柔軟さを見習って……えっ、ちょっといい!?」

「ん……どうしたんだ」


 幽霊は話途中、原稿用紙を持ったまま驚いた声を上げた。

 流石女子、会話と同時に文章を読んでしまう能力持ち……。

 まぁ、彼女のリアクションはのもので、僕は無意識にニヤリと口元を曲げてしまった。


「あの最後まで読んだんだけど……」


 幽霊は相変わらずの『超速読』で『俺オレ』の完成原稿を読み終えた。


「相変わらず、読むの早いな」

「うん、……で。これは、どういうことなの!?」

「どういうことも何も。それが『俺オレ』の最終原稿だ」

「最終原稿って…………!!」


――


 僕が素直に認めると、幽霊は素直に疑問を口にした。


「あれ、編集さんはいいって言ったの。いや、これから編集に持っていくってことかな……」

「いいや、

「えっ、どうして」

「どうしてもなにも。……それが、僕の出した答え。『俺オレ』のだ」


 『幽霊』が現世にとどまる理由は……


――生前果たせなかった思いを誰かに叶えてもらうか、受け継いでもらうか。


 またもアオシマの言葉が頭に響く。

 分かっている。もう、理解している。


 だから、僕なりの……。

 僕が思いつく、最善の方法を尽くすまでだ。


 そこで、僕が目指すべき作品のラストは。

 目指すべき物語、その行き着く先は……


「…………?」


 変な顔で固まっている幽霊に向けて、僕はある言葉を続ける。


「幽霊、一つ……



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