5.新人作家登戸、モテない訳

――僕がゴーストライトする『俺オレ』は、異世界モノだった。


 こう言うと、読み切ったように思われるけど、実際はまだプロローグさえ読んでいない。読むぞ、と思っても読むまでが長いのである。

 特に僕のような典型的『積読魔』の遅読読者は、新作を読む体力が常にレッドゾーンの危険状態。ときどきギアが入っているときは、次々と読むことができる場合もあるんだけど。平時はたいていこんな感じだ。


 作品を面白そうだと思っても、なかなか読めない。常にで読んでいるみたいな状況だから、面白いだけじゃなく、作品に『引き込む力』がないと途中で読まなくなってしまうこともある。無意識に、気づかずに……いや、『気力』はなんか違うし、それに、読むことが『作業』だっていうんじゃなくて……


 新しく小説を読み始めるのはのと同じで、ワクワクと同時にちょっと怖いんだよなぁ。


 『俺オレ』が異世界モノだというのは、あらすじを読むだけで明らかだったし、そもそもゴーストライトの依頼を受けた時点である程度の情報はもらっていた。

 よくよく考えれば、これは小説家としての初仕事なんじゃなかろうか。仕事なのにすぐに読むという貪欲さがないのは、ちょっとマズイのではないかと自覚している。

 自覚しているからこそ、脳が混乱して、濁った感情を整理できず。

 この状態で観さんの新作を読める訳もなく。気がつけばまた、観さんの小説を読んでいる。いっても、既読の巻の好きなシーンを、であって新作はページの浅いところにしおりを挟んだまま、キーボードの脇でホコリかぶっている。


 観さんの好きなシーンを読み返す。ページに手垢が目に見えて付いていると分かるくらい読み返しているシーンだ。


――安心感みたいなものなのかなぁ。


 いい年した男が、若い女性に振り回されるシーン。一緒に行動する彼らは別に恋人同士とかいう関係ではなく、成り行きで行動を共にしているのだが、読者の僕から見たら『早く、くっついて幸せになりやがれ。こんちくしょー』でもあったり。『やっちゃえー。一発』って感じ。

 この後何が起こるのか、面白い。……いや、逆に面白いのかも知れない。


「…………はぁ、」


 新たな手垢を重ねて本を置き、デスクトップを操作する。


 Geeglo [俺オレ 地下ch]


 検索バーにそこまで打ち込んで、――消した。

 すでに印刷する前に評判はチェック済みだ。それでも、また調べようとするのはよくない。読む前から『読まない理由』を探しているみたいだ。


「なぁ、幽霊。この前の小説の感想を聞かせてくれないだろうか」


 ソファーにうつ伏せに寝っ転がって漫画を読んでいた幽霊に声をかけると、彼女は足をバタ足したまま、漫画を閉じてこっちを見てきた。……いや、呼んだのは自分だけど。

 片頬を腕に乗っけた幽霊。そのグラビアな表紙に出てきそうな表情に、思わず緩むに力を込める。


「ふふふ、やっと人の話を聞くようになったのかね。登戸せんせー」

「あいまいな表現だった、ごめん。『俺オレ』を読んだ感想を教えてほしいってことです」

「ふぇふぇ、残念だよー。やっと改稿する気になったのかと思ったよー」

「そんな簡単に人は変わらないよ」


 僕の小説は僕の物語。読者の感想があるとして、意見を取り入れようが、つまらん作品はどうやってもつまらんままだろう。その読者にとって。

 ……てか、聞く気すらねぇよ。僕は僕の世界で勝負したいのに。


 幽霊はすらっとした肉付きの足を揃えて、くるっと体を回してソファーに前かがみに座った。こうしてみると、彼女が幽霊であることを忘れそうになるなぁ。


「ふっふふふ。登戸君、では『俺がオレに恋する訳ないし、オレが俺に告白するなんて嘘だろ』、通称『俺オレ』の感想を……」

「その前に、さっきからのその口調について」

「この本の影響です」

「……分かる。ってか、君のもともとの口調に似ている気がしてきた」


 幽霊はさっきしおりを挟んでいた漫画を見せてくる。しおりは第二巻の浅いところにあって……ん、あれ?


「君は漫画を読むのは結構遅いんだな。昨日からずっと読んでいて、そこまでなのか」


 漫画一冊って大体1時間とか2時間で読めると思うんだけど、幽霊は一冊5時間くらいかかっている計算だ。


「絵は情報量が多いからねぇ。全部文字にしてくれた方が嬉しいのです」

「よく聞くのは、文章をコミカライズして、映像化してとかの流れだろう。逆じゃないか」

「いやぁ、何ていうの。人間は、目で見た情報、感じた情報を言葉にするでしょ。逆に言葉にしないと認知することも保存、記憶もできない。だから若いころにドキドキした時の感情って中々思い出せないでしょ。言葉にしなかったモノって」


 ――う~ん、よくわかんないけど……まぁでも、


「言葉にしたからって受け取る側が結局『成長』しちゃうから、同じ言葉でも読み取る意味が変わらないか、それ……ってか、生前の記憶をすっかりなくしている君が言うのが、これほどまでに説得力に欠けることだとは。まぁ、見切り発車のweb小説にならよくありそうだけど。キャラの記憶の齟齬とか」


 web小説執筆関連で時々見かける単語――見切り発車。


 文字通り、設定をある程度で切り上げて、そのまま本文を書き始める手法だ。とりあえず書いてみるというのは、物語のイメージを固めるのにとても良い効果をだすが、『見切り発車』は書き出して『公開する』までを含む。


 プロットも何となくのお粗末なものだろう。だから、エンディングがない。伏線が脆い。途中でキャラの心情に齟齬が出る。もともとキャラクターに重点を置くこともできていないだろう。世界観とキャラのどちらを先に作るかってのは、人によって違うけども。


 だが、テンプレ君はそもそも『設定』しか作らない。出オチの部分だけ作って満足する。承認欲求の塊だから、すぐに公開する。んで、数か月もしないうちに作品は未完結のまま放置する。

 エタる、エタった。エターナルともいう。


「せんせーはweb小説に親でも殺されたのか、心配になってくるよ。書いていて、キャラが出しゃばってくることもあるでしょ。キャラが勝手に動くってやーつ」

「勝手に動くからと言って、急にキャラの性格が変わるなんておかしいだろ」

「う~ん、そうなんだけどさ。だからキャラを作るなら、本編で描かない部分を書いたり想像したりして、固めるのが一番なんだけど、さ」


 幽霊は両腕を組んで、


「少しwebに求めているものが高すぎやしませんかねぇ、せんせーは。決してwebのレベルが低いとか言っているんじゃないけど、別に作者がお金を貰ってお仕事で書いている訳じゃないんだし、さ。……ね?」

「公開するなら、公開できるもんにしておかねぇと。そんな態度の癖に、批判があると文句を言う。『コメント欲しい』って、『一言でもいい』と言っているくせにだぞ。……すぐに心を折る、へこたれる。批判じゃなくても、言葉のニュアンスからなんでも批判だと、暴言だと吐き捨てる卑屈作者やろうを公開する資格なんてないだろ。物書きなら、冷静にその言葉の意味を色々探り出すべきだ」


 ――、と


「ちょっと、せんせ~とは分かり合えないなぁ。創作する資格とかそんな議論ってホント、ナンセンス。自由だし、書きたかったら書けばいいんだよ。webに公開するもしないも、同じこと。どちらかと、そもそも批判する側はどんな権利で、『公開する資格』とかの話してるのか分からないな〜」


 っていうかwebで一番多いのは、批判じゃなくて、無反応なんだけど……そう、幽霊は呟いて、僕の目を見て話し続ける。


「webはもっと遊んでいい場所だと思ってる。顔文字とかワラとか、擬音語だって使いまくっていいと思うし、一人称の視点変更も『読者が感情移入しにくい』とかでタブーとされてることもあるけれど、じゃんじゃんやってもいいと思うんだよ。んで、それを使って、失敗して『PV増えない』『評価が付かない』と嘆くのもちょっとくらい許してあげなよ。作者は自分なりの『遊び』を責任もってやる。それで、『遊ぶこと自体』に対して、ケチを付けるのはお門違いというかね」


 幽霊の言っていることは。だけど、論点が微妙に違う気がする……別にそこまで議論がしたいわけじゃないんだけど、さ。


「……………………レオレ」

「あれは(-_-;)…………おっ」


 幽霊は僕の本棚から一つの本を取り出した。


「これ、ノベノベの作品じゃん。何なに、せんせーってもしかしてツンデレ?」

「web発だとは知らなかった。単に表紙とあらすじが気になって買っただけだ。ノベノベ自体知ったのはつい最近だし」


 幽霊は、その本のあらすじとイラストを見てニヤリと口元を動かした。


「へぇ、せんせー

「あぁ」

「今度乗せてよ」


 幽霊は、その本を持った手を後ろに隠して僕を覗き込むように言った。

 免許とってまだ一年経ってないから法律的に二人乗りは……とか『幽霊』だから気にせんでもいいようなことを考えて。あと、彼女のニヤニヤ顔に迫られていると……なんて答えればいいのか分かんなくなった。


 しばらく沈黙が続いた。続いたと言っても、体感時間で、時計の針の音の間隔が長く伸びているような状況。

 さて、どうしようか。そう思った時、幽霊は声色を変えて話題を切り替えた。


「まぁ、バイクはいつかでいいよ! えっと、『俺オレ』の感想を言えばいいんだったっけ。あの作品は私的に……」


 あぁ、自分から雰囲気を悪くしておいて人に助け舟を出してもらうとは。

 デキル男なら、「いいぞ、乗せてやるよ」とか即答するんだろうな……


 ――僕がモテない訳だ。


 しゅん、としながら僕は彼女の感想に耳を澄ませた。あぁ、幽霊の声好きかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る