第4話 踏み出せる勇気

「そんなところです。彼が言ったのは……。君にもう一度世界を見せてやりたい。」

「うわ、それはまた感動的なセリフだね。」

「で、ですよね? そして、彼は私に角膜移植の手術を受けて欲しいと言いました。あの時は…本当にビックリしました。前の手術の後、私は考えないようにしてきましたから。」

「拒絶反応の事は教えた?」

「はい。すぐに教えました。彼は少し考えたけど、それでも私の手を取って、『大丈夫、もう一回、やってみよう。』と言ってくれました。」

「で……受けた?」

「……いいえ。手はとても暖かかったのですが…私はもう……失望したくありませんでした。以前、手術が終わる度に、自分の目が見えるように願っていました……。でも、どんなに足掻いても、目の前は真っ暗で、チクチク痛みました。何回か試した後、私は怖くなりました……。希望を抱いて、失望していくのが怖かったです。初めて、私から手を離しました。『もう思い出したくないの……目の事は。』私はそっぽを向いて、そう言いました。正直言うと、凄く不安を感じました。彼は私の為を思って、そう言ったのに、なのに私は……。」

「彼の性格からして、先に謝るのは彼だろう?」

「はい。彼はすぐ謝ってくれました。自分は考慮が足りなかった、もう二度と目の事は言わないって。きっとあの時の私は気にしすぎたんです。」

「君のせいじゃない。あんな事を経験したんだ、トラウマになるのも仕方ない。」

「そ、そうですかね、ありがとうございます……。それからの数日間は相変わらずの生活でした。でもあの事がずっと引きずっていました。もちろん、彼もその事を言いませんでした。ただ、私のせいかな。彼の声に少しだけの落胆が込められ

ている気がして…。」

「君は声に敏感だね。」

「はい……顔が見えなかったせいで、私は声の中で感情を探す事に集中しましたから。あの日、私達は別の町へ行く列車に乗りました。『今回は長い散歩になりそうだね』って彼は笑ってそう言いました。ずっとあの事が引きずってて、あの時の私は多分…凄く暗かったと思います。おそらく彼もそう感じたでしょう。列車に乗っても、会話はありませんでした。」

「まさかずっとって訳じゃないだろうね。流石にこれはちょっと……。」

「そ、そうですよね……しかも私のせいで…。何かを言おうとした時、彼の方が先でした。彼は私に『遠い所へ……行きたい?』。何でそんなことを聞くのか良く分からないけど、とりあえず頷きました。そしたら彼は『僕もだ……つまりだね……僕は君を遠い所へ連れて行ってあげたいんだ。』と言いました。『元々、君が一人で行けるようなところへ。』『でも、もしもの話だけど……もし君一人だったら、遠くへ行く勇気はある?』。彼は間を置いてこう言いました。とても不安そうな声でした。全然……考えたことがありませんでした。今まで、見知らぬ所へ行けたのは、彼が側にいるから…。私の世界はずっと闇に包まれていました。家以外の所は、全部知らない場所でした。とても暗くて、恐ろしい場所でした。友達だけじゃない、彼は私の目になっていたんです。あの時階段から落ちなかったら、彼と友達にならなかったら……。私は今でも一人だったでしょうね。だから彼がそんな事を聞くなんて…私は……答えられませんでした。彼は私の戸惑いに気付き、謝ってくれました。『変な事を言って、ごめんね……。』。『僕はただ、そうでありたかっただけなんだ。』。『君一人でも、あの暗闇を抜け出して欲しい。暗闇以外の景色も見て欲しいんだ。』。彼の声は震えていました。多分……私を傷つけたくないからでしょうね。暗闇以外の景色だなんて……。それはとても遠い昔の事です。覚えているのは、ただ青い空と、木々の緑だけです。失望するのは怖いけど、私は本当に、もう一度世界を見たかったんです。」

少女の目は輝きだした。

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