第3話 忘れられない言葉

「少年は他人の家に住んでいるのか? 親戚の家で居候してたりとか?」

「違うと思います。この一年間、親戚がいるとか聞いたことありませんから。」

「少年が住んでいる家は彼の家なのか?」

「……え、それは考えもみなかったことですね。でも、多分彼の家だと思います。」

「少年とは誰と一緒に住んでる?」

「彼の両親です。」

「彼の両親はどんな人?」

「彼と同じように優しい人達ですよ。いつも良くしてもらってます。」

「少年の両親の仕事は?」

「良く分かりません……両方とも仕事に行ってませんから。」

「行ってない?」

「そうです。仕事を辞めたそうです。」

「そうか……。」


「うん、だから理由は分からないと。」

「そうです。あまり人のプライバシーについて聞くもの何だし、そこで諦めました。何か言いたくない理由があるのかも知れません。」

「そうだね…ちょっと話題がずれたね。」


「そういえば…あの少年は君が目が見えなくなった後の……最初の友達?」

「そうです。」

「初めて友達ができた気分は?」

「何て言うか、変な気持ちです。」

「私にとって……まるで真っ暗な世界に、突然光が差し込んで来たようなものです。」

「……。」

「……。」

「……。」

「あ…ご、ごめんなさい。恥ずかしいことを言ってしまいました…。」

「ううん、素晴らしい描写だと思うよ。」

「えへへ。」

少し間を置いて、少女は続けた。


「彼と友達になった後、生活の中で色んなものが変わりました。彼はいつも私を外に連れて行ってくれました。私一人だと、行けないような場所でした。彼はどの芝生が一番柔らかいか、どこの風が一番気持ち良いか、全部知ってます。彼はどの道路が一番車が通るか、どこの公園が一番静かかを知っています。彼は、私の知らないことをいっぱい教えてくれました。」

「うーん、聞く限り……彼は本当に素敵な人だね。」

「あ、あなたもそう思いますか?」

「ふーん、その幸せそうな顔を見たら分かるよ。」

「……え、そ、そんなこと…。でも私は思ったんです。迷惑じゃないかって。でも彼は言いました。『構わないよ。どうせいつもは一人で来てるから、付き合ってくれる人が居た方が楽しいじゃん?』だから私は安心しました。」

「その少年は、他に友達が居ないのか?」

「えっと……良く分かりません。彼が他の人と一緒に居るのを見たことがありませんでした。」

…この二人、結構似合うな。

「天気が悪い時や、外に出ない時は、本を読んでくれました。童話、小説、エッセイ。読書の範囲は凄く広くて……。そういえば、彼の家にはかなりの蔵書がありました。」

「普段もきっと、本を読むのが好きなんだね。」

「だと思います。」

「じゃあ、君の一番好きな本、もしくは文章は?」

「私の好きな本、ですか……。」

「うん? 君の場合、まさか《私の生涯》とかじゃないよね。」

「え……?」

「理解できなくはないが、ちょっと年寄り臭くないか? 私の偏見かも知れないが。少女は前向きな、ロマンが満ち溢れている文学作品を見るべきだ。」

「あ、え、あの……。」

「こほん……失礼した。やり直そう……。好きな本、もしくは文章は何でしょうか?」

「はは……何だか答え辛いですね。」

「……うん?」

「私の好きな本は……。」

「え、まさか本当に……。」

「ち、違いますよ!《森の悪魔》です!」

「ふーん、名前からすると、童話かな? 悪くない。凄く少女らしいチョイスだ。」

「うっ……。」

少女の慌てっぷりを見ると、思わず笑ってしまった。でも少女はすぐに元に戻り、話題を変えた。

「この年になって、物語だなんて、ちょっと恥ずかしいけど、彼が読むお話は好きでした。」

「彼の声が好きで、だから話を聞くのが好き、だろう?」

「うん、彼の声は……って、え? ちがっ、違いますよ……! うう……、私は別にそんな……」

よし、また成功した。

「わかった、わかった。もし私の周りに美声を持つ人が居たら、私も

お話が好きになるのかも知れないな。」

「ほ、本当ですか?」

一言で簡単に左右される性格だ。

「それはとても優しくて、暖かい声でした。一つ一つの言葉が、私の心も安らいでくれる気がしました。初めて、両親以外の人から、そんな温もりを感じました。」

「それはそれは、絶対に忘れられない声だったんだろうね。」

「そうです。そして、彼はその声で、一生忘れることのない言葉を贈ってくれました。」

「待て。」

一生忘れることのない言葉?

「面白い。今回も当ててみよう。」

「ふーんっ!」

「ぷっ。私のマネをするな。」

「うう……。」


「あの言葉を聞いた時、私の気持ちはがらっと変わりました。」

「告白!?」

「え? えーっと……違います。」

少女の顔は一気に赤くなった。告白じゃなかったのか? それしか思いつかないのだが。

「それを聞いた時、嬉しかった?」

「あまりにも突然で……嬉しいより、別の気持ちの方が大きかったと思います。」

「その言葉を聞いた時、驚いた?」

「はい……。とても驚きました。だって、あの事をもう完全に忘れましたから。」

「驚く言葉……まさか引っ越すから、別れの挨拶とか?」

「あ、ち、違います。」

別れでもないのか。きちんと考える必要がありそうだ。

「その事って、引っ越した事?」

「違います。」

「その事って、前に目が見えなかった事?」

「いいえ、違います。でも、近いです……。」

「忘れたあの事は良い出来事だった?」

「違うと思います……あまり考えたくなかったので。」

「忘れたあの事は悪い出来事だった?」

「違うと思います……私の為にした事ですから。」

「良い出来事でもなく、悪い出来事でもない……もしかして、前に失敗した手術の事?」

「はい……毎回成功するように祈り、毎回失敗するあの手術……。」

今までの情報を見る限り、答えはこれしか無さそうだ。

「もしかして、もう一回手術を受けろとか?」

「……そうです。」

当たったようだ。

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