第五節:花のネズミにご注意


「わぁ、これはすごいわね…」


朝の陽気な喧騒の中、私とマリーはスクイーズの街の門の前に立っていました。

大きな壁に囲まれたその街の門には村では見たことのない数の馬車が出入りし、様々な人の声が飛び交っていて私は圧倒され放心しているとマリーが声をかけてきました。


「ほらっ、さっさと入りましょ。ここの街は検閲とかしてないからそのまま入って大丈夫よ」

「あっ、うん…」

周りの喧騒など気にも留める様子のないマリーに続いて私はおっかなびっくりしながら大門を潜ります。

門を潜るとそこは人の賑わう大きな通りになっていました。両脇には露店が連なり活気のある声が通行人を呼び込んでいます。お店の中を覗くと色とりどりの果物を売っていたりその隣では宝石などをあしらった指輪やネックレスが売っていたり、旅に使えそうな雑貨屋に薬草屋や武具屋、その一つ一つに目移りしながら歩いていると魔術に関わる書物が売ってるお店がありました。

「丁度いい機会ね、ちょっと覗いて行きましょアリス」

私が魔術書のお店を見ているのに気付いたマリーが声をかけてきました。

「うん、とても気になっていたの」


「いらっしゃい!おや?その格好は旅の魔術師か何かかい、お嬢ちゃん?」

店の前に行くと愛想の良さそうな店主のおじさんが声をかけてきました。沢山の口髭を撫でる少し丸っとしたシルエットはなんとも落ち着く感じです。

「えぇそうよ、そんなところ。アリス、どれがいい魔術書かわかる?」

店の前に行くなり何個かの魔術書を見比べ始めたマリーを見習って私も物色して見るもののどれがいい魔術書かなんてまるでわかりません。とりあえず手に取った魔術書を読んでみるとそれはどうやら魔法の生物の解説の本で私が開いたページにはグリフォンの性質について書かれていました。

「内容で判断しようとしてもダメよ、アリス」

グリフォンについて書かれていることをなんとか読み取って理解してやろうと奮闘している私にマリーが言いました。

「そこに書かれている文字をみるといいの」

マリーはそう言うと空中にサラサラと字を書き始めました。

「これが薔薇の詞であとはちょっとこうしてっと…」

空中に浮かぶ光の文字の軌跡はマリーが指先でくるっと小さな円を描くと小さな魔法陣に代わり、パッと光ったかと思うと現れた薔薇の花をマリーは華麗にキャッチします。

「文字にはその人の魔法陣の特徴が現れてくるものよ、だからそこに注目するの。おじさん、これとこれ頂戴?」

「ん?あぁ、その2つね。金貨2枚と銀貨1枚だよ。」

どうやらおじさんもマリーの魔法に見とれていたようでした。マリーの声でハッとして答えるおじさんにマリーは悪戯っぽく提案します。

「ねぇおじさん、これと交換ってのはダメ?」

マリーが差し出したしたのは1冊の魔術書。

「これ私が書いたやつよ」

「いやいやお嬢ちゃん、さっきの魔法には驚かされたが、流石にこれは…おや?ほぅほぅ、まさか彼の『花の魔術師』がこんな可愛らしいお嬢ちゃんだとは…!」

マリーの差し出す本を受け取った店主のおじさんはその署名をみると驚いた表情をみせマリーの提案を快諾してくれました。

「これはまた新しく書いたものかい?」

おじさんはポケットから老眼鏡を取り出すと中を流し読みしながらマリーに訊ねます。

「うん、そう。前に書いたものも紹介してるけど半分くらいは新しいものの筈よ」

「そうかい、そうかい。ならお嬢ちゃん、もう1冊くらい好きなもんを持っていきなさい。ところでひょっとすると隣のお嬢ちゃんは『氷雪の姫君』かい?」

「ううん、違うよ。あの子は今故郷でゆっくり暮らしてる。おじさん、あとはこれ貰ってくけどいい?」

「あぁ、構わないよ。では二人の旅の無事を祈ってるよ」

私達は魔術書屋のおじさんにお別れを行って再び人でごった返す道に戻ります。

「ねぇマリー、あなたってもしかして凄い魔法使いだったりするの?」

「さぁ、どうかしらねー?」

マリーははぐらかしながら私にさっきの魔術書を差し出してきます。

「とりあえずそれ読んで魔法の勉強をするのね。ところでアリスってお金もってる?先に宿でも決めてしまいましょ」

私はマリーから魔術書を受け取った姿勢のまま凍りつきます。

「どど…どうしよう…。私お金なんてないわ…」

そんな私にマリーは呆れたように言います

「はぁ、なら稼ぐしかないでしょう?」



私はマリーに連れられやってきたのは街の真ん中にある大きな酒場でした。

ただ酒場の看板がかかっているものの、とても大きな建物で高い石造りの塔には大鐘楼がとりつけられ、村の小さな家々しか見たことのない私にはまるでお城か何かのように感じられました。

入口の前には通りとは比べ物に数の露店が並び人も一層混み合ったものになっていました。人混みを抜け中に入ると広場のような場所があり、周りには旅の支度が全て出来てしまいそうな大きなお店や真っ赤な炉からの熱気の凄そうな鍛冶場のような所もありました。広場の奥が酒場になっているようで大勢の人が食事をとったりお酒を飲んだんりして賑わっていました。

マリーが酒場の厨房とは反対にあるカウンターの方へと人混みをかき分けながら進むのに私もなんとかついて行きます。

「こんにちは、お姉さん」

「こんにちは、今日はどう言ったご要件でしょう?」

マリーはカウンターの受付にいたお姉さんの1人に挨拶を交わしどんどん話を進めて行きます。

「えっと、とりあえずギルド証。まずは今晩泊まりたいから二人部屋一つ用意して欲しいの。それとこれは今回の報告書。それに情報地図も貰える?」

「畏まりました、こちらが情報地図になります。お部屋の方は用意しておきますのでまたお声をかけて下さい。」

「あっそうそう、忘れるとこだった。この子にもギルド証作って欲しいの!魔法つかえるからカテゴリはとりあえずのところ魔術師でお願い」

「ひゃいっ?!」

マリーと受付嬢さんのやりとりをぼーっと眺めていた私は急に私の話題になり変な声が出てしまいます。

「何よアリス、変な声出して…。昨日の夜教えた氷の花を出すやつ、あれやって!もちろん詠唱も忘れずにね?」

「え?あ、うん…。『我が掌に雪華よ咲き乱れよ!!』」

私の詠唱にあわせ掌の上に淡い水色の魔法陣が広がり一輪の氷の花が現れます。氷の花はまだ不格好で花びらも少し分厚いものになってしまいました。

まだまだ特訓しないといけません。

でもマリーは頷き、受付嬢さんは驚いた様で感嘆の声を漏らしていました。

「素晴らしいですね…。実力は充分ということでこちらの書類の方に記入をお願いします」

私が書類を書いてる間にマリーはずっと私のことを少し誇張気味に受付嬢さんに話しているものですから私は顔が真っ赤になってしまいました。

「…はい。ではこちらでギルド証の発行手続きは完了です。ギルドについての説明は必要でしょうか?」

「いいわ、私がしとく。ありがとねお姉さん」

マリーはそう言うとこちらを振り向きます。

「とりあえずご飯にでもしましょ、その時に色々と説明してあげる」



「…ざっとこんなとこね」

マリーからギルドについて色々説明を聞き私はぐったりしていました。

「まあでも心配しなくていいよー、私がついてるし!」

笑顔を向けるのマリーに私は弱々しい笑顔を返します。

「うん、それよりもクエストよ、クエスト!」

ご飯を食べ終わった私達は酒場の隅にある掲示板に近づきます。

掲示板に貼ってある依頼を私は眺めます。草刈りや街の清掃などからモンスターの討伐や未開の森の調査と色々なクエストがありました。

私は先程のマリーの説明を思い出します。

ギルドのメンバーはギルドの管理する依頼、クエストを受けることができるらしいのです。旅をする私達はこのクエストを達成することで旅費を稼ぐのです。


「とりあえず、こんなところかしらね」

マリーの指差したクエストは…

『スノーラビットの狩猟』

スノーラビット、この地方に住む雪のように白い兎で特に危険もないけれどすばしっこく捕まえるのには一苦労する慣れ親しんだ動物。

マリーは昨日簡単に捕まえてたみたいだけど…

マリーがそのクエストの依頼に手を伸ばすと横から手が伸びぶつかります。

振り返るとそこにはこちらを振り返る二人組がいました。1人はオオカミの獣人の少年、灰色の髪と同じ色のマントに身を包んでいました。もう1人は真っ白な狐の獣人の少女、彼女は深い紺のマントでした。


「あら?あなた達もこのクエストを?」

「あぁ、あんた達もそのようだな…」


少しピリピリし始める雰囲気の中ニヤリとするマリーに私は少しだけ嫌な予感がしました…

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