第一節:それは序章みたいなもの

その日の朝は雪の溶け始めた山の端からゆっくりと日の光が溢れ、鬨の声が朝の訪れを告げて始まりました。

この朝を待ちわびていた私は布団をはねのけベッドから飛び起きます。

この日は私の15歳の誕生日の朝。

でもそれだけでこんな慌しかったのでありません。

私、アリス・ウォーカーは世界各地を巡る旅人の家の子ですからみんな旅をするのです。

私や私のお母さんのように故郷へ戻る人もいれば、旅の先に安住の地を見つける人もいましたし、最後のときまで旅を続ける人もいます。

だけど誰もがみな、15歳の誕生日に旅に出ていったのです。つまり私にもやっとこの旅立ちの日がやってきたのでした。

小さな頃から夢をみて想像を膨らましてきた待望の日。その頃はわくわくで夜も寝むれずに寝不足気味になってしまいお母さんに怒られちゃいました。

とにかく早く出発したくてたまらなかったんです。

私はお母さんを起こしてくると井戸の水を汲みにいきました。

村の中央にある井戸には既に薬草屋さんのおばあちゃんがきていました。

「おはようございます!おばあちゃん」

「あら、アリスちゃんおはよう。今日は早起きさんねぇ」

「だって今日は15の誕生日だもの早く出かけたくてしかたがないわ」

私はそう言うとおばあちゃんに代わって二人分の水を汲み上げました

「もうアリスちゃんも旅立ちとは早いものねぇ。これはアリスちゃんにお餞別。」

おばあちゃんのくれた小さな袋を開けると中には乾燥したハーブが入っていました。少しだけツンとした香りが鼻をくすぐり私は思わず顔をしかめてしまいます。

「動物やモンスターが嫌がる匂いがする薬草よ。夜に外で寝ることがあったら焚き火に少し混ぜておきなさい。じゃあ無事を祈ってるわ、いってらっしゃい。」

「ありがとう、おばあちゃん。いってきます。」

私はハーブをポケットにしまうと、おばあちゃんにお別れを告げて家に帰ります。

しかし足どりは自然と弾んでしまい桶の中の水は踊ってこぼれてしまいました。

そうして私が家まで水の足跡を残しながら帰ると、眠そうにしながらお母さんが暖炉に火をつけ朝食の準備に取り掛かっていました。

私は汲んできた水を大きな桶へと移し替えると、鏡の前ではねた前髪を寝かしつけにかかりました。それから部屋に戻って着替えも済ませリビングに戻ると美味しそうな朝ごはんが湯気をたてて出迎えてくれました。

すでに起きてきていて熱そうなコーヒーをすするお父さんの向かいに座るとさぁ朝食です。

「お母さん、いただきまーす」

台所の奥から「はーい」とだけ返事がします。

いつもよりも早く食べ終えると流しへとお皿を持っていき、荷物を取りに部屋にもどりました。

出発の準備を整え食卓に戻ると、お母さんから一冊の本を渡されました。

表紙に題名はなく、シューレン・ニク・マーヴェルとだけ署名のされた本。それはずうっと昔のこと、この世界を突如襲った神話の災害「崩嵐」を鎮めたと云われる伝説の兄妹、その妹のシューレンが残したという手記でした。

その内容は彼女が自分の旅を記したものか、旅で見つけた財宝や魔術の神秘、あるいは「崩嵐」のときの真実かもしれないとお母さんは言っていました。でも出発の朝だというのに中身を教えてくれません。

でもお母さんは意地悪をしてたんじゃありません。

だって、この本は開くことが出来ないんですから。

深い緑の分厚い革の装丁に包まれたページはのりでくっつけたかのようにぴったりと閉じたままで読むことは出来なかったのです。とても強い魔法で守られているみたいで火の中に放り込んでも燃えなかったのだとか。

これも小さい頃からずっと気になっていたものなので、とりあえず色々とページを開けられないかと試してみたけれどやっぱりダメでした。

仕方ないのでリュックの空けておいたところに滑り込ませると改めて身だしなみを整えます。

行ってきますって声をかけたお父さんはいってらしゃいとだけ、少しだけさびしそうでした。

お母さんは玄関までくるとさっき私が寝かしつけた前髪をまたなでつけてきます。

「アリス、気を付けていってくるのよ?」

「うん、お母さんわかってるわ」

「お母さんはあなたのことが心配だから、、、いえ、そうね。私のときも早く旅にでたくておばあちゃんの話なんて聞いてなかったわね」

「おかーさん、話まだー?」

「ふふ、ごめんなさい、アリス。でも最後にこれだけ。いまからきっと色んな人にあって、いろんな国にいって、色んな景色をみて素敵な旅をするでしょう。でもどんなことがあってもここはあなたの故郷、ここがあなたの帰るべき家よ。ちゃんと帰ってきて私とお父さんにあなたの旅の話を聞かせてね?」

「うん、わかった。」

「よし!それならよろしい!いってきなさい!」

お母さんはそう言うと私を送り出してくれました。

いってきます、お母さん。

さぁ、いよいよ出発です。

私はまだあくびをしているお日様に向かって歩きだしました。振り返ると小さくなったお母さんがまだ手を振っています。

丘の小道をいくと直にお母さんも家も村も丘に隠れてしまいました。


さあ、私の旅にはこのあと何が待ち受けているのでしょう?

期待と不安で胸が高鳴ります。

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