第6話 霊感少女、いじめをす? 前編

 昨日のカンニング事件が脳裏に焼き付いていて離れず、俺は今日も上の空で試験を受けていた。

 中でも印象的だったのは、あの大伴がかすかにではあるが、下校途中に笑っていたことだ。


 あいつでも笑うんだなあ……。

 当たり前だけど、当たり前じゃない。

 だってそうだろう?

 あの、大伴なんだぞ。

 実際、俺は今まで一度も笑ったところをみたことがなかったし……。


 大体、あいつに感情なんてものがあったのか?

 楽しいとか、悲しいとか、そんなのどっかに忘れてきちまったような奴だと思っていたんだ。

 いや、そんなの最初から持ってなかったとさえ、俺は思っていた。

 それが、涙をいっぱいにためた悲壮な顔も、自然にわき出たような笑顔も、一日で両方とも見ちまったんだよ、俺は。


 そんな衝撃的なものを見せられて、俺に冷静でいろとでも言うのか?

 いや、無理だ。

 いくら俺が剣道で精神修養が出来ていると言っても、限度ってものがある。


 俺は、限度を超えた頭で、中間試験最後の科目、理科を受けたよ。

 ただ、多分、理科は赤点を免れている。

 俺の直感が、そう告げているんだ。





「結城君……。明日、追試でしょう?」

HRが終わって帰ろうとしていると、近藤が突然、話しかけてきた。


「そうだよ……。良いなあ、点数の良い奴等は。明日は試験休みでのんびりするんだろう?」

「……、……」

「まあ、俺のやったことの後始末だからな。俺自身がキッチリけりをつけるけどさ」

「じゃあ、もう、数学の追試は大丈夫?」

「いや……。自慢じゃないが、これから勉強する」

「そうなんだ……」

近藤の奴、何だってそんなことを聞くんだ?

 性格の良い奴だから、笑いものにしたいわけじゃないとは思うけど……。


「あ、あのね。もし良かったら、私がこれから数学を教えてあげようかな……、と思って……」

「近藤がか? それって、長谷川が牧田を教えるみたいにか?」

「う、うん……、愛美は牧田君の家でやるんだって。あ、でも、結城君が嫌だったら、無理にとは言わないけど……」

「いや、嫌なわけはないけどさ……」

えっ?

 そんな超ラッキーなこと、ありなわけ?


「だけど、勉強って、何処でするんだ? 俺は何処でも構わないけど、数学のノートも教科書も家に置いてきちまったんだよ」

「あ、それなら、私が持ってるから……」

「……、……」

「私のノート、結構キレイに書いてあるから、見難くないと思う」

おいおい……。

 そりゃあ、至れり尽くせりだな。

 偶然とは言え、ちゃんとノートと教科書を持ってるなんて、やっぱ点数の良い奴は違うな。


「うーん……、有り難いな。だけど、今からだと、昼飯どうするんだ? 俺は食べなくても大丈夫だけど、近藤は腹が減ってるだろう?」

「あ、あのね……。こ、これ、作ってきたんだけど……」

近藤はそう言うと、鞄から弁当袋を取り出した。

 ……って、包みが二つあるじゃないか。

 これって、俺の分か?

 ま、まさかな。


「結城君、いつもいっぱいお弁当を食べているから、これでは物足りないかもしれないけど……」

「えっ? それ、誰か他の人のために作ったんじゃないのか?」

「……、……」

「俺が勝手に食べたら、そいつに迷惑だろう?」

近藤は、弁当袋の端をギュッと握り込んで、下を向いちまった。


 やっぱそうだろう。

 その弁当は、予定通り、そいつにくれてやってくれ。

 俺は気持ちだけもらっておくからな。

 近藤……。

 サンキュウな。

 ほら、もう、皆、帰っちまったぞ。

 残ってるの、俺と近藤だけじゃねーか。


「これ、結城君にと思って……」

「お、俺に?」

「うん……」

「そ、そうか……。何か悪いな、気を遣ってもらっちゃって」

こないだ、凄い顔で俺のことをにらんでいたから、近藤って俺のこと嫌いなのかと思っていたけど、そうじゃなかったんだな。

 ……って言うか、もしかして、嫌いどころか……。


 あ、いや、違うな。

 俺、昨日、ショックなことがあったから、頭がちょっと変になってるだけだ。

 そう、長谷川が牧田の面倒を看てるから、俺だけボッチなのを哀れだと思ったんだろう?

 長谷川と近藤は、「愛美、彩奈」って、お互いに呼び合う仲だしな。

 二人とも、誰にでも優しいってことか。


 まあ、せっかく弁当まで作ってもらっちゃったし、何はともあれ好意には甘えておくか。

 だけど、この借りはちゃんと返すよ……、近藤。

 何かあったら、俺も力になるからな。





「う、美味いな……。この唐揚げ」

「……、……」

「これも近藤が作ったのか?」

「うん……。少し、お母さんに手伝ってもらっちゃったけど……」

「この卵焼きなんか、かなりいけるぜ。このほうれん草が入ってるのが良いな」

「結城君……。気を遣ってない? 本当に美味しい?」

「気? そんなの遣ってないよ。マジで美味い。田中にしても近藤にしても、皆、料理が旨いんだな」

「ううん……。田中さんは私なんかより全然上手よ。毎日作っているんだもの」

な、何かさ……。

 こうやってると、ちょっと勘違いしそうだよ。


 近藤はニコニコ笑いかけてくるし、弁当はマジで美味いし……。

 も、もしかして、俺、本当に近藤のことが好きかも知れない。


 ほら、そうやって俺を見つめて笑いかけてくるその表情……。

 それに、ふんわり香るシャンプーの匂い。


 あ、そう言えば、今日の近藤は三つ編みじゃねーか。

 俺、弱いんだよ……、昔から。

 幼稚園のときのミオちゃんもそうだったけど、何て言うか、その、胸がキュンとなるんだ……、三つ編みの女の子を見ると。


 まあ、近藤が今日三つ編みなのは偶然だろうけど、何から何まで、俺好み……。

 まったく、無愛想で反応の薄い大伴とは大違いだぜ。


 大体、大伴なんて、素っ気ないおかっぱだし、笑うことさえ奇跡的な確率でしかない。

 おまけに、俺の嫌いな霊とばっか話しているんだからな。

 隣に座ってなきゃ、半径5メートル以内には近寄って欲しくないよ。


 ……って、いかん、いかん。

 俺、何で大伴のことなんか思い出してるんだ?

 どうでも良いじゃないか、あんな奴のことは。


「……君? 結城君?」

「んっ、何だ?」

「ううん……。何か、少し困ったような顔をしていたから……」

「俺がか?」

「うん……」

「い、いや……。何でもない。別に、大したことじゃないんだ」

ほら見ろっ!

 近藤だって変に思ったじゃないか。


 まったく、大伴……。

 全部おまえのせいだぞ。

 気をつけろよ。

 俺の気持ちに、勝手に入り込んでくるときには。


「ねえ……、一つ聞いても良い?」

「……、……」

あんま良くないけど……。

 ちょっと悪い予感がするし。

 でも、そんなにじっと見つめられると、ダメとは言えんなあ。


「昨日、愛美と手を繋いで、何処に行ったの?」

「手を繋いで?」

「うん……、何か深刻そうな顔で、教室を出て行ったでしょう?」

「あ、ああ……、あれか」

そう言えば、長谷川に手を引っ張られたな。

 ……って、あれが手を繋いで見えたのか?


「愛美って、強引なところがあるけど、結城君も嫌がっているようには見えなかったし……」

「……、……」

「それに、その前に何か話していたわよね?」

「ま、まあな。別に、大した話じゃなかったんだが、ちょっとな」

「ちょっと……?」

「……、……」

そ、そんな目で俺を見られても困るんだけど。


 昨日、村上先生にも言われちゃったんだよな。

 カンニングの件は他には漏らすな……、ってさ。

 大伴は、結局、何のおとがめもなしで終わったことだし。


「それ、もしかして、花ちゃんに関すること?」

「ど、どうしてそう思うんだ?」

「だって、最近、結城君、いつも花ちゃんのことばかり見ているから……」

「……、……」

「私、見ていたのよ。昨日も先生に連れられていく花ちゃんを、心配そうに目で追っていたでしょう?」

「……、……」

「もしかして、結城君って、花ちゃんのことが……」

「ち、違うぞっ! それは先生から口止めされてるから言えないだけで……」

「先生? 村上先生が他の人に言ってはいけないって言ったの?」

「うっ……、いや、それは……、その……」

こ、近藤……。

 そんなウルウルした目で俺を見るなよ。

 一応、約束しちまったから、俺は言うわけにはいかないんだしさ。


 だけど、大伴のことなんて、全然関係ないぞ。

 あいつのために黙ってるわけじゃない。

 そりゃあ、ちょっとは可哀想な気がするけど、俺、そもそも霊感なんて好きじゃないしな。





 近藤には、それから数学を教えてもらったんだ。

 だけど、何か、微妙に気まずくてさ……。

 正面から目が見られないんだ。


 だから、数学の方も何を教えてもらっていたのか、あんま覚えていない。

 近藤は、

「これで明日は大丈夫だね」

と、言っていたけど……。





 俺は近藤を送って行ったよ。

 俺の家とは正反対の、近藤の家まで……。

 その間、二度と大伴の話題は出なかった。


 別れ際……。

 近藤が家の扉を閉めるまで、何度も何度も俺に手を振っていたっけ。

 照れくさくて俺は手を振らなかったけどな。





 俺は、納得できないものを感じていたよ。

 俺が理想とするような、自然な良い感じになったって言うのに、大伴のことでぶち壊しになっちまったんだからさ。


 どう考えても、俺、一つも悪くないよな?

 約束は守らないといけないし、近藤に嘘もついていないし。

 だけど、何なんだ、この胸のもやもやは……。

 ああ……、早く追試を終えて、剣道がしてえな。

 こういうのは思い切り面をぶちかませば、何とかなるはずだからさ。


 俺は、薄暗くなる中を、もやもやを抱えたまま歩いたよ。

 繁華街の一角を横切り、パチンコ屋の角を曲がった。

 昼に近藤の弁当を食べたけど、肉屋の揚げ物の匂いが、やたらと良い匂いに感じたよ。


「んっ?」

ふと見ると、学生服の野郎が二人、景品交換所の陰で何かやってる。

 あれって、牧田と新田じゃないか。

 牧田の奴、もう追試は楽勝なのかな?

 こんなとこで新田と遊んでるなんて、余裕じゃねーか。


 だけど、何か様子が変だぞ。

 新田の奴、牧田の胸ぐらを掴んで耳元で何か話してるじゃないか。

 もしかして、これってカツアゲか?

 うん、そうだ……。

 間違いない、牧田が財布から札を出してる。


 俺、反射的にダッシュしたんだ。

 こういうの許せないからさ。


「おいっ、新田っ! 何やってんだよ」

「結城? おまえこそ何やってんだよ」

「俺、見ていたぞっ! 金、牧田に返せよ」

「うるせえな。牧田がくれるって言うからもらっただけのことだろう?」

「くれる? 何で牧田がおまえに金をあげなきゃいけないんだよ」

「ふんっ、そんなの牧田に聞いてみろっ! 牧田が好きで俺にくれたんだからな」

俺は、ふざけんなと思ったよ。

 だから、すぐに牧田を見たんだ。

 そうしたら……。


「結城君……。僕が新田君にあげたんだから、良いんだよ」

って言うじゃないか。

 目にいっぱい涙をためてさ。

 明らかに、牧田は嘘をついてる。

 だけど、これじゃあ、新田をぶっ飛ばすことも出来ねえ。


 新田は、薄ら笑いを浮かべたまま、雑踏に消えていったよ。

 俺は、それを呆然としたまま見送った。


 ま、牧田……。

 何故だ?

 どうして、新田なんかにたかられてるんだ?

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