第22話 調査録、アトラクティブ

 翌日の朝。俺が学校に登校すると、冷泉は昨日の宣言通りに本日も欠席の様子だった。事前に本人から知らされていた俺自身に驚きは無かったのだが、それ以外のクラスメート達はというと2日続けて転校生が休んだ事に心配を抱いたのか、教室内は彼女の話題で持ち切りだった。


 結局、本人が学校に来てようがいまいが今のクラスは冷泉を中心に回っているらしい。

   

「何があったんだろうな。病気がちなタイプには見えなかったが」

 誰が座ってる訳でもない無人の机を眺めながら龍二は言う。

 

「さあ、風邪でも引いてるんじゃないか」

「あ、さては修。お前探偵業の件をサボれると思ってるだろ」


 適当な返事をしたせいか、妙な方向に話が進んでしまった。調査結果だけを見れば、俺は恐らく龍二の想像を遥かに超えてるに違い無い成果を上げたのだが……。事実を話す訳にもいかない以上、何の成果も上げられていない無能な探偵を演じる必要があったのは悲しい所だ。


「忘れて貰った方が助かるとは思ってたな、正直」

「そうはいかない、依頼した以上は最後まで付き合ってもらう」

「大体な……冷泉の事を調べてどうするんだ。付き合いたいとか思ってるのか?」

「どうかな。彼女が欲しいのは確かだが、性格の合う合わないの問題もあるし、せいぜい友達になりたい程度の考えだよ」

「……友達か」

「転校して来て1週間、冷泉さんにもそろそろ友達が出来てもおかしく無い時期だろう。周囲は賑やかそうだったが、俺から見れば本人は距離を取っていた風に思えたな」

「…………」


『代行者の私に――この世界での友人は一人も存在しない』 

 その時俺は、どこか寂しそうな口調で冷泉が話していた言葉を思い出した。


 現実世界からやってきた代行者。例えるなら、一人きりで異国の地を訪れた様な状況なのかもしれない。更にそこは命を懸けた戦場であり、頼れるのは自分自身だけ、敵が何処に潜んでいるのか分からない場所だった。友人を作ったとしても、もしかしたらその人物から寝首を掻かれるかもしれない。


 ……怖いだろうな、そんな状況。


 今思えば、彼女から脅迫染みた行為を受けた事にも納得が行く。警戒されて当然だったのだ。俺が探偵業なんて遊び事にうつつを抜かしていた間も、冷泉にとっては周囲の人間に気を許せない状況が続いていたのだから。本人の心境を聞いていない以上、俺の推測でしかないし、尋ねた所で教えてくれるとも思えなかったが。


 今も……それは変わらないのだろうか。


 週末の出来事を経て、俺はある程度冷泉と打ち解けたのではと考えていた。代理戦争を生き抜く上で、信頼を寄せられる唯一の人物。そう認識していたからこそ俺は「彼女を信じる」と月影の奴に宣言したのだ。


 だが、結局それは俺の独りよがりな気持ち。未だに彼女が俺の事をどのような存在として捉えているのかは分からない。現時点で明確な殺意を抱かれていると思いたくは無いが、わざわざ友好関係を築きたいとも思っていないかもしれない。


 俺は……彼女あいつの友人にはなれないのか。


「――おい、修。聞いてるのか?」

「ん、悪い。何か言ってたか」

「だからさ、冷泉さんの見舞いに行くんだよ」

「……見舞い?」

「隣の席の馴染みで見舞いに行くとかさ、そういう調査の仕方もあるんじゃないかって話だよ」

「隣の席の馴染みなんて言葉、初めて聞いたぞ」


 見舞いと言われても、大体俺は冷泉の家の住所を知らなかった。流石に他所の学区まで移動する程に遠い場所とは思わないが……あいつが登校して来ない限り連絡手段が取れない現状は何とかした方がいいかもしれないと感じていたのも事実だった。


「そういえば住所が分からないんだったな……なら、本条先生に聞いてみるのはどうだ? あの人なら俺達と年も近いし、プライバシーがどうのなんて堅苦しい事を言わない気がするぞ」

「本条先生か……しかしあの人も担任代行として来てるだけで、後々面倒になりそうな事は断られるんじゃないか」


 それに本条先生とは昨日軽く雑談、もとい悩み相談に近い交流をして、多少なりとも感謝の気持ちが芽生えていた。こちらとしても、迷惑を掛ける事は避けたかったのだが。


「断るかは置いといて、性格の良い人だなとは思うぞ。昨日の放課後、部活の練習に顔出してくれたんだけどな、図書室から集めてきたらしいバスケに関する本なんかを読みながら勉強してたよ。こっちからすれば、顔を出してくれただけでありがたい話だったのにな」


 担任兼、バスケ部顧問の国吉先生が入院した事に頭を痛めていた龍二だったが、どうやら本条先生と上手くやれているらしい。というより、先生の歩み寄り方が良かったと言うべきか。昨日の俺が感じたように、あの人のさり気ない優しさや人柄を龍二も感じ取ったのだろう。


「……ホームルームが終わったら、聞くだけ聞いてみるさ」

「ああ、何か分かったら教えてくれ」


 噂の本条先生が教室に入って来たのは間も無くの事だった。彼女が転任してきて2日目のホームルームは特別変わったプリントを配る事も無く、連絡事項を伝え終わった後は他愛もない雑談話に花を咲かせてる内に終了した。

 

 正規の担任である国吉先生には悪いが、既にあの人以上の人気を獲得している事は明白だろう。ホームルームが終わり次第に声を掛けようと思ったが、残念ながら彼女目当てに群がる生徒が何人も居たので断念せざるを得なかった。あの場で冷泉の住所など尋ねたら、周囲の人間が黙ってはいないだろう。



 

 昼休みを迎えると、俺は龍二に断って本条先生を探しに職員室を訪れる事にした。

 

 2階に存在している職員室の入口前に立つと、失礼しますと声を掛けながらノックを鳴らした。どうせ先生達も昼時だろうと返事を待たずに中へ入ると、案の定数名の教員が自分の席で弁当箱を広げている姿が見てとれた。

 

 右に左に首を振って目当ての人物を探す。声を掛けて来る教員は居なかったが、わざわざ貴重な昼時の時間を邪魔するのも気が引けたのでこちらとしても都合が良かった。

 

 しかし……職員室内を一通り見回してみたが本条先生の姿は見つからない。学食にでも行っているのだろうかと踵を返そうとした瞬間、別の教員の話が俺の耳に入って来た。


「それにしても国吉先生、いつ復帰なされるんでしょうか」

「流石にこのまま数カ月って事になれば休職扱い、もしくは退職も考えられる話だからな」


 会話をしていたのは近隣のクラスの担任をしている教師二人組だった。クラスが近いからか、職員室内でもお隣の席をあてがわれているらしい。しかし……休職に退職だと、国吉先生はそんな大病を患っているのか。俺は思わず、2人の教師に声を掛けていた。

 

「……あの、国吉先生のクラスの者なんですけど。今の話はどういう事でしょうか」

「え!? あーいやいや何でもないよ。君が心配する事は何一つないさ、そうだろう?」


 教師の一人が慌てた素振りでそう言うと、もう一人もそうそうと同意する。どう見ても、後ろめたい事情があるのが見透かせる光景だった。とは言え……冷泉のような脅迫染みたやり方も出来ない俺は、そうですかと素直に退散するしか無い。ついでに本条先生の所在についても尋ねてみた。

 

「本条先生? そうだな、昨日も昼頃は姿を見せていなかったよ。我々も彼女と挨拶をしたのは昨日の事でね、流石にどこに居るかは分からないかなあ。親睦を深めるための会でも開こうとは思ってるんだが、どうしたものか」


 何やら若干の下心がありそうな言い方だったが、俺の欲しい情報は得られなかった。昨日の昼頃と言えば、まさにこの俺が先生と相談事に近い話をしていた時間だったが……まさかとは思うが今日もあの場所を訪れているのか。


 俺は2人の教師に軽く礼を述べると、職員室を出る。行き先の候補に挙がったのは学食と玄関ホール、どちらを目指すべきか一瞬悩んだが距離的には後者の方が近かった。職員室を出てから右手に見える下り階段を気持ち急ぎならも駆け下りると。

 

 そこに、本条先生は居た。


 靴箱に背中を預けて、誰かが来てくれるのを待ちわびているかのような表情をしていた。外から太陽の光が差し込んで先生の姿をまばゆく彩っていたその光景が、俺にはどこか綺麗な情景絵のように感じられてしまい、思わず見惚れてしまいそうだった。

 

「……先生」

「榊原君、やっぱりここに来たんだ」


 俺の存在に気が付くと態勢を直して歩み寄って来た本条先生は、俺が先生の事を探していた状況を把握している様子だった。困惑の表情を浮かべていると、直ぐに先生は言った。

 

「だって榊原君、ホームルームが終わってから何か用事がありそうな顔をしてたじゃない。あなたの性格なら他の生徒に遠慮して昼休み頃を狙って来そうだなと思ってクラスに顔を出したんだけど、どうやら行き違いになったみたい」

「……俺がここに来ることも分かってたみたいですけど」

「昨日、あなたとあの原っぱで話した事は流石に覚えてるでしょ。だから教室に居ないとすれば、またあの場所に居るかこれから向かうんじゃないかなって考えたの。靴箱を調べたらまだ榊原君の靴は残ってたから、この場合は後者かなって」

「……なるほど」


 どうやら俺と同じような読みだったらしい、それにしても感がいいと言うべきか昨日の件を踏まえても鋭い人だなと思う。ホームルーム後は他にも人が集まっていたというのに、俺が用事を抱えていた事に気が付いていたのか。

 

 本題に入る前より先に、俺は一度職員室に寄った事を話した。

 

「ああ、最初からそこで待ってれば良かったね。ちょっと先回りし過ぎたかあ。でも昨日みたいな相談事なら、周りに誰も居ない方が良かったんじゃない?」 

「残念ながら今回はそういう用件では無かったので……何かすいません」


 ただクラスメートの住所を知りたかっただけのはずが、余計な気を遣わせてしまった事に申し訳無くなった。普通の教師相手ならこんな感情を浮かべる事は無いはずなのだが、一体何故だろうか。


「そう、でも相談にはいつでも乗るからね」

 先生の方は、悪い顔一つせずに気さくな表情だった。

 

「あの、うちのクラスに冷泉瑠華という生徒がいるんですけど分かりますか? 昨日も今日も欠席してる女子なんですが」

「勿論分かるよ、学校には風邪で休みますって連絡が来たみたい。その子がどうかしたのかな、もしかして榊原君の彼女とか?」


 どうしてこの人はすぐに色恋沙汰の方面に話を持っていこうとするんだろうか……。俺はやんわりと否定してから連絡先を尋ねてみた。クラスの女子が見舞いに行きたがってるので頼まれたと言い訳をしつつ。

 

「ふうん、教えるのはやぶさかではないけど……嘘っぽい話」

 ……本条先生が鋭い人物という件は、やはり認めざるを得ないらしい。

「ここは何も聞かずに教えてもらえませんか……?」

 既に嘘がバレている事を感じながらも俺は懇願した。

「わかった、教えてあげる。でも変な事に使ったら駄目だからね」


 どうにか了承を得ると先生は、脇に抱えていたファイルに綴じられている書類をパラパラ捲り始め、その中の1枚を目に通すと冷泉瑠華の住所を口頭で教えてくれた。俺はお礼の言葉を伝える。


「もし冷泉さんの体調がまだ悪そうだったら教えてね。あまり欠席が長引きそうなら、プリントを届けないといけないし。それじゃあね、榊原君」


 そう言い残して先生は近くの階段を上って行った。これから職員室に向かうのだろうか。近くに掛けてあった時計を眺めると、昼休み終了の時刻まで少しばかり猶予があった。俺も昼食を済ませてしまおうと、足早に教室へと向かう事にした。



       ★



 校門から学校の敷地内に入って、数歩歩いた先。榊原君ともう一人の教員らしき人物2人のやり取りを、彼らの死角に当たる場所から私は眺めていた。普段身を包んでいる制服では無く、昨日と同じような私服姿だったが警備員も居ない昼時の校門前に私を注意するような人物はどこにも見当たらなかった。

 

「……あの人は」

 思わず、冷泉瑠華わたしはそんな独り言を呟いてしまっていた。

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