第11話 疑問点、ステートチェンジ

「……あり得ねえ、どうなってやがる」


 変貌した榊原修の姿を目撃した少年が、酷く混乱した風な言葉を漏らしている……どういうことだろう。そもそも、彼が代行者だと断言していたのは他ならない少年自身だったはずだ。しかし、今ではまるで『あり得ない現象』が目の前で起こっているかのように狼狽している。


 何のことは無い。彼が代行者としての素顔をこれまで隠していて、今頃になってその正体を明かした。それだけの事では無いのか……?


 もっとも、その事実が本当だとしたら私はとんだ道化に成り下がってしまうかもしれない。私は彼がたまたまクラスメートの男の子で、それも只の一般人だと信じていたからこそ助けてあげたというのに。


 それもつい先程、彼と一悶着起こしていなければそんな気まぐれを起こす事も無かった。あの偶発的な遭遇が無ければ私は彼を信じようと思わなかっただろうし、彼が少年に殺される様をこっそりと見物していたのかもしれない。


 非情だと恨まれようと、『敵の敵は味方』なんて考えは私の辞書に載ってはいないのだから。


 たまたま遭遇した、敵では無い知り合いが目の前で襲われている。私にとっての理由はそれだけで充分だった。結局人は、自分の手の届く範囲の人達しか救う事が出来ないのだから。


 だからこそ、彼を助ける行為に迷いは無かった。


 残念ながら、眼前の少年の情報を得る機会の無いまま戦闘に入ってしまい、結果としては惨敗もいいところ。それでも、私は彼の事を恨んでなどいなかった。助ける選択をした自分が悪いのだからと。後悔するとすれば、それは自らの行いに関してだけだった。


 だけど……


 私が今まさに目撃している榊原修、あれは間違いなく『代行者』の姿だ。『』に、あれ程の殺気を振り撒いている存在が他にいる筈もない。


 つまりは――私の敵という事になる。


 そうやって頭の中で事実を列挙してみると、あまりに不可解な疑問点が数点浮き彫りになってしまう事実に気が付いた。


 なぜ彼は自分が少年にあわや殺されてしまいそうな状況に置かれた時に、何の抵抗もしなかったのだろう。私が少年を尾行していた事実に気が付いていたのか。しかし気が付いていたとしても、私が彼を庇って飛び出した行為を確信出来たとは思えない。


 なぜ彼は、その正体をこのタイミングで明かす気になったのだろう。少年と私を戦わせた上での同士討ち、もしくは一人が倒れる展開を望んでいた? この答えもノーだと思う。仮にそうだとすれば、彼が動くべきだったのは少年が私に止めを刺しきった後という事になる。そのタイミングは、決して今では無かった。


 それに私たちは、人殺しの数を競っている訳ではないのだから。


 何より疑問だったのは――どうして彼は、自分の『転送武器ウェポン』を呼び出さないのだろう。何故、私の『転送武器』を握り締めているのか。


『転送武器』は、その所有者専用の武器と言ってもいい。持ち運ぶ分には問題無いとしても、それで戦うとなれば話は変わってくる。熟練された戦士でも、百パーセントの実力を発揮するためには相応に使い込まれた武器が必要不可欠だからだ。


 ただでさえ代行者は皆、自分達専用の転送武器を所有している。他人の転送武器を持って戦うなど、ハンデ以外の何物でも無い。どうして……?


「……なるほど、それがトリガーになったってワケか」


 少年は冷静さを取り戻した様子で、もう一人の代行者に向かって語りかけていた。


の奥底に眠っていたであろう、テメエが表に出て来る切っ掛けになったトリガー。そいつが代行者のみ所有出来る転送武器だった。そんなトコロだろ?」


 記憶領域? トリガー

 少年は、代行者の私自身ですら知らない情報を口にした。


「悪いが俺にも分からない。しかし、貴様の言っている事が事実なら……こうして再び剣を握れる機会が運良く巡ってきた。それは確かなようだ」

「榊原君……?」


 彼の口調は、普段のそれと比べると奇妙な違和感を感じた。

 まるで、別人が乗り移ったかのように落ち着いている。

 私が知る榊原修とは、随分と異なる印象を受けた。


「そうだ……お前だ。オレが待っていたのは……今のテメエの姿だ!!」


 興奮を隠しきれない様子で少年が叫ぶ。それは、因縁の相手をようやく見つけ出したかのような、『殺意』の入り混じった歓喜の声にも聞こえた。


「……悪いが、貴様とは出会った憶えが無い。以前どこかで戦った事があったか」

「気にすることはねえさ。紛い物のテメエにも言った通り、オレとテメエが相対するのは今回が初めてだよ」

「……その割には楽しそうだな。オレの名前だけを知っていて挑戦したくなった人間というところか?」


 という台詞が気になったけど、どうやら榊原修は一部界隈で名の知られた存在らしい。残念ながら、その心当たりが私には全く無かった事が悔しかった。


「ま、そんなトコだ。相手してやってくれねえか? ……ブッ殺してやるからよ」


 少年は拳銃を目の前の男に対して構えた、準備万端だとでも言いたいかのように。


「貴様が誰だろうがどうでもいい。実を言えば、俺は今まで飢えていたんだ……誰かと殺し合う事にな。貴様がその相手をしてくれるのなら――歓迎してやるさ」


 彼もまた、私の青龍刀を持って構えを取った。やはり自分の転送武器は呼び出さないつもりらしい。これまで纏っていた殺気が一点に集中され、少年に向かって放たれる。それは、少年の付近で倒れていた私自身も威圧されてしまう程に強力だった。


 同時に、私の脳裏にまた新たな疑問が浮かんでいた。

 ……本当に彼は、あの榊原修なんだろうか。


 とてもではないけど、今までの仕草や口調、それらが全て演技だったと私には思えなかった。あまりにも『』過ぎる。そう思った矢先、私は少年が語っていた話を思い出した。


『ま、言っちまえばそいつは代行者のはずなのにその事を覚えてねえって状態だ。とんだバグだぜ。代行者の記憶が無くなるとか予想付く訳がねえだろうが』


 ……あの時は、私が彼を信じたのだから関係無いと聞き流していたが。しかしこうして考えてみると、記憶を無くしていた事実は本当だったのかもしれない。それでも、『疑問点』は残ってしまうのだけど。


「……テメエ、そのままの格好で戦う気か?」


 少年も私と同様の疑問を抱いたのか、苛立ちを隠し切れていない口調で問い掛けた。他人の転送武器を使って戦うなど、手を抜かれていると捉えられても仕方が無い。


「いいから来いよ、戦ってみればわかる」


 そう言って浮かべた彼の笑みは、まるで獲物を品定めしているかのように余裕があり、対峙していないはずの私自身が恐怖を覚えてしまう程に――とても楽しそうだった。挑発的な言動は、対峙している少年の殺意を更に駆り立ててしまう。彼もまた、それを熱望している様子だった。


「ブッ殺してやるよ――『無血の虐殺者』」

「遊んでやるよ――『銃持ち』」


 尋常ではない火花散らす雰囲気の漂う中、二人の戦いが始まった。




 戦いの幕は開いたのは少年の銃撃だった。それも、私に対してただ一度しか使わなかった三連射から……あの時は体勢を崩しながらも、どうにか凌いだ攻撃だったけど。


「……嘘」


 しかし榊原修、いや私には別人としか思えない『彼』は、初めて手に取ったはずの私の青龍刀で全ての銃撃をいとも簡単に薙ぎ払ってしまう。その剣閃は……少年の銃撃を見極められた私の両目を持ってしても捉えきれない、閃光の如き速度を呈していた。


 一瞬の攻防ではあったが、目撃した私の心中はざわついた。

 彼の剣捌きは、私のそれを凌駕しているのではないかと。


「……まあ、その程度は余裕だろうよ」

「手を抜いているのか? それなら悪かったな」 

「へっ、心配すんなよ――これからに決まってんだろ!!」


 少年は、再び三連射の攻撃を浴びせながら跳躍する。

 彼はやはり容易くそれらを躱すと、少年に追従した。

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