第28話 真心の食事

かなでの唐突な告白に弥琴みこは戸惑った。





「な、なに言ってんの!こ、こんなところで告白なんて!」



「ええ、わかってます。でもおばあちゃんに伝えておきたかったんです。」




興奮のあまり、京子きょうこ としての自分を忘れてしまいそうだった。何とか演技を続けなければと焦る弥琴みこ。しかしかなでは、そんなことはおかまいなしに話してくる。



「俺、弥琴みこさんとお付き合いできたら絶対大切にします!まだあまり話したことないけどこの気持ちは本当です!」




弥琴みこに負けないくらいの赤い顔で下を向きながら話す奏 《かなで》。




「おばあちゃんにはそれを見守っててほしんです!いつか言ってましたよね?弥琴みこさんにいい男ができればいいって。変な輩に捕まってほしくないって。俺は情けない男かもしれないですけど、きっといい男になってみせます。」



かなでの言い分は、どこか昔っぽい。いや、と言うよりは今時にしては珍しすぎるほど純粋だ。


しかしその純粋は告白の中に弥琴みこは本当の男の決意のようなものを感じた。




「俺もいい男になれるように頑張るんで、おばあちゃんも病気と闘ってください。お願いします!」






どうやら京子きょうこのまわりにはいい人間が集まっているようだ。それとも京子きょうこの生き様こそが、いい人間を呼び集めるのだろうか。


弥琴みこは、京子きょうこが女子高生としてうまくやっていけている意味がようやくわかった気がした。







時代や年齢なども越えてしまう人と人との繋がりは、立場や場所が変わったくらいでは崩れないのだということを。







「きっと幸せにしてくれる?」





弥琴みこは、ついかなでにこんなことを聞いてしまった。


その言葉にかなでは驚きつつも、にっこりと笑った。




「もちろんです!!だから、おばあちゃんも頑張りましょう!大丈夫!きっと病気に勝てます!」





何の病気かもかなでは知らない。他人事かもしれない。

けれど、確信もなくただ「大丈夫」と言われることにはひどく安心感を感じる。





「きっとね、弥琴みこもあんたのことが好きだよ。」




「!?」

「本当ですか、おばあちゃん!?そうだったら、うれしいけど。」




「うん、信じていいよ。」







かなでの顔が照れくさそうな笑顔になった。

弥琴みこは自分自身の気持ちを素直に言ってしまったことが信じられなかったが、やっと心から素直になれたことで、気分はすっきりしていた。





『そうなんだ。私はかなでが好きなんだ!真輝まきを好きになった時とも違う。本当に好きなんだ!』





弥琴みこの心の中にどんどんと湧いてくる暖かい気持ちが、まるで体の中の病気をすべて食べつくしてしまっているようだ。




今は痛いところも辛いところもない。








お互い照れくさそうにしながら、そこで恋の話は終わった。

その後は学校の話や恐竜の話。ゲートボールの話などかなで京子きょうこがいつも話していただろう話を続けた。




桜雅おうがのお見舞いよりもずっと長い事話した後、かなでは帰る支度を始めた。






「体が悪いのに、いっぱい話してくれてありがとう、おばあちゃん。」



「いいよ、私も楽しかった。」



「あの・・・・。本当に無理しない程度に頑張ってくださいね。俺、おばあちゃんが死んじゃうのはすごく辛いです。そんなの嫌です。だから・・・・。」



「わかってる。頑張るから。2人の約束だよね。」


「はい!!」



2人の約束。





奏 《かなで》は、いい男になること。

弥琴みこは、病気と闘うこと。





たったそれだけでいい。それが希望だ。





「やっぱり、おばあちゃんは弥琴みこさんの事が大切なんですね。ふふっ。だから俺、弥琴みこさんの話題出したんです。あ、でも弥琴みこさんへの気持ちは本当ですよ。」





奏 《かなで》が部屋を出て襖を閉める前に、そう言ってにっこり笑って出て行った。

その笑顔のせいか、それとも奏 《かなで》が言っていた言葉のせいか、弥琴みこは恥ずかしさがこみ上げた。












かなでが帰ると弥琴みこは決心がついているうちにとスマホを手に取った。

すぐに検索サイトを開いて調べ出す。





【癌 闘う】






たったこれだけの二文字に大量の情報が出てきた。

どれから手をつけていいかわからないが、とりあえず色々見てみることにした。


違う検索ワードも調べた。



【癌 食事】 【癌 運動】 【癌 希望】




その中には、世の中で癌と闘う人々の記録。悲しくも亡くなってしまった人の物語。

食事のこと。

笑うことへの免疫力。

希望をもつことへの第一歩。



初めて目にする他人の人生ばかりがそこにはあった。


これほどまでに病気について調べたのは弥琴みこにとって初めてではないだろうか。

そこには知らない事ばかりが書かれていて、普通だったら読まずに通り過ぎてしまうようなことばかりだろう。


しかし、今の弥琴みこには知るということが有難いということにしか感じなかった。



知らない人だとしても同じ病気を抱え亡くなっていった人々の物語というのは、こんなにも泣けるものなのか。いや、同じ病気だけではないかもしれない。世界中に生きたくても生きていけず、一生を終わった人たちもいるのだ。






弥琴みこは、必死に探した。





必死に生きようと決心した。






『まだわけわかんない事ばっかりだけど、とりあえず何かしなくちゃ。』

















その夜、京子きょうこが台所へやってくるとそこで目にしたものに驚いた!

何と弥琴みこが料理を作っているのだ!



弥琴みこ、何しちょる?」



「あ?ああ!見ればわかるだろ!?料理してるんだよ。」




「なんで急に・・・・。体がきついんじゃったら寝てたらええ。」




「あんな暗い部屋にいたら、それこそ死んじまうよ!」




まさか弥琴みこがそんな事を言うとは思ってなかった京子きょうこは今まで見たことのないような驚きの顔を見せた。




「その顔やめてくんない?私がどれだけ最低なやつだと思ってるか知らないけどさ、やるときゃやるんだから。」



「わかっちょるが、なんで料理をしちょるん?」




「調べたんだよ!癌には野菜中心の料理がいいんだってさ!ほら、母さんの料理って油っこいのばっかじゃん?だから、私が作ろうと思ってさ。」




「今日の晩ご飯はまずそうだな。」




その台詞に弥琴みこは頭の中で何かがぷちっとキレる音がするのがわかったが、あえて冷静になった。



「何言ってんだよ!うまいもの作ってやるから!!ってかさ、人がやっと頑張ろうって時になんでそんなこと言うんだよ!ひどくない!!?これだからババアは!!」




冷静とはいえ、いつもの口調のままだったが。






ちょっとふてくされた顔をして弥琴みこは、白菜を切り出した。

京子きょうこ はしばらく黙って弥琴みこの料理を眺めた。




包丁を地面に落としたり、道具を探すのに何分もかかったり。お湯を沸かしているのを忘れ沸騰する時には別の作業が手放せなくて火を止めることもできない。りんごの皮むきも実ごと豪快に切ってしまい、デコボコの形になってしまう。




「け、けっこう難しいんだな。」





弥琴みこは苦戦した。

しかし、決して途中で投げ出すことはなかった。


かなでと決意したことは、弥琴みこにとってとても大きかったからだ。







「貸してみろ。」






食卓の椅子に座ってずっと見ていた京子きょうこがいきなり言った。


そして包丁を手にとると、リンゴの皮をすいすいと切り出した。




「すげぇ・・・。」





みるみるうちに、りんごの皮は繋がってらせんになり落ちていき、美しい形にむけた。





「包丁はこうやって持ったらいいけぇ。突き刺すようにしてたら、むけん。こうやって親指でここを押さえて皮にそってむいたらええけぇ。」




京子きょうこは実践しながら弥琴みこに教えた。







『うるせぇな!自分できるし!』






いつもならそう言ってたのではないだろうか。

しかし今日の弥琴みこは違っていた。

真剣に京子きょうこが教えるとおりにリンゴをむいてみせた。

そしてうまく10センチほどの皮をむくことができた。




「ほらほら!見ろよ、ババア!これできてるだろ!?」




「ああ、いい感じだ。」




「なあ、切り干し大根って何だっけ?どうやって作るの?」




「ああ、そういえば最近食べちょらんかったけぇね。作ってみようか。」




そんな会話をしながら時は流れていく。

弥琴みこは必死だった。

ちょっとうまくできると『これで、かなでに料理作ってあげられるな。』などと、つきあった時の事などを考えたりもした。





京子きょうこが手伝ったとはいえ、京子きょうこがほとんど弥琴みこにさせていたので、見かけは上手とは言えないような料理ができあがった。





それでも弥琴みこは満足だった。






「私が料理した!信じられない!」





そう言うと京子きょうこも幸せそうな顔をした。

その時、母が台所にやってきたので、弥琴みこはすかさず母に話した。




「母さん!見て見て!!これほら!!私が作ったんだよ!すごくない!!味はわかんないけどさ、けっこううまくできてるだろ!?」





母がぽかーんとして弥琴みこを見ている。




「おばあちゃん、どうなさったんですか?それくらいの料理ならいつも作ってらしたじゃないですか?」




それを聞いて京子きょうこ弥琴みこもはっとした。


お互いの姿が見えているとはいえ、なぜか元に戻った気持ちでいたからだ。

すぐに京子きょうこが話しだした。




「あ、ああ。私が作ったんだ!すごいでしょ?」




「ええ!?弥琴みこが作ったの!?どうりで焦げてるところが多いと思った!」





弥琴みこは少しイラついたが、そんなことはすぐにどうでもよくなった。




「じゃあ、ちょっと早いけど夕食食べちゃいましょうか?ね!」



「そうしよう。せっかく作ったのに冷めて食べたら勿体ないけぇ。」



「私がご飯をよそうわね。弥琴みこはお味噌汁お願い。」



「わかった。」




2人が話すのを弥琴みこは、しばらく見ていたが、やがて2人が笑い話をし出すと変に居心地が悪くなった。




『そろそろ部屋に戻らないと・・・・。』




弥琴みこは、みんなで一緒に食べたかった。

しかし、自分は部屋で一人で食べなくてはいけないのだ。


それを決めたのは間違いもなく、女子高生だった時の自分だから仕方ない。


渋々、弥琴みこは部屋へ戻ろうとした。






「ババア!」






後ろで京子きょうこの呼ぶ声がする。





「ババア、何しちょるん?私が作ったんやけぇ、おいしそうに食べてるところ見たいけぇ一緒に食べよう。」




母を見ると、母は驚いた顔をしていた。


弥琴みこがおばあちゃんを食事に誘うなんて!』


とでも言いたそうな顔だ。






「で・・・でも・・・。」




今まで自分がしてきた事を京子きょうこは許してくれるのだろうか。

散々、寂しい食事を一人でさせてきたというのに。

立場が逆になった今、仕返しだってできるだろうに。





「そ、そうね。弥琴みこが作った料理なんですよ?おばあちゃん、せっかくだから一緒に食べましょう。」




母もそう言うと笑って弥琴みこを手招きした。







食卓に並ぶ野菜中心の料理。味の薄すぎるみそ汁に、ねっちょりとしたお米。

塩辛くしすぎたお惣菜。



どれも口にするには美味しいとは言えないものばかりだったが3人は思い出話をして時には料理を笑いながら、ゆっくりゆっくりと食べた。






タピオカジュースよりもハッカ飴よりも何よりも、みんなの笑顔とともに食べるこの食事がこれほどまでに美味しいなんて!




弥琴みこは久しぶりに大笑いをして、食事が終わるまでのひと時に幸せを感じずにはいられなかった。

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