第9話 桃夏の夢

電話越しに聞こえる桃夏ももかの声がとても寂しそうに聞こえる。でも寂しいと思っているのは、桃夏ももかだけではい。弥琴みこにとっても桃夏ももかがこの街を引っ越すということは、大切な幼馴染と離れることを意味していた。


小さい時からずっと一緒だった桃夏ももか弥琴みこ。小学校も中学校も高校も一緒だ。もちろん、いつか別れがくることはわかっていた。でもこんなに早く来るとは・・・



「い、いつ?どこに引っ越すの?」


「う~んとね、あと一週間くらいかな。それより短いかもしれない。準備ができたらすぐにでも。」


桃夏ももかの落ち着いた空気がどうにも気に食わない弥琴みこは、少し声を荒げて話した。


「な、なんでそんな急に!どこに引っ越すの!?」


「東京だよ。」


「東京!?どうして!?お父さんの転職?」


「ううん、実は私ね・・・・。」


どうにも言いにくそうなしゃべり方をする桃夏ももか

弥琴みこは、ゆっくりと話す桃夏ももかにイライラしていた。


「早く言いなよ!なんでもっと先に言ってくれなかったの!?そんなに遠くに行ったらもう遊べなくなるじゃん!!」


「うん。弥琴みこちゃん、ごめんね。でも私どうしてもやりたい事があるの。」


「やりたい事って何!?地元でできることだっていっぱんあるじゃん!」


「・・・・・。」


弥琴みこちゃん、昔私たちが約束したこと覚えてる?」


「約束?」


「うん。一緒に服のデザイナーになろうって言ったよね。」


弥琴みこは小学生の頃を思い返してハッとした。

小学校高学年くらいだろうか。【将来の夢】という作文を書く時に弥琴みこ桃夏ももかと一緒に書いた。

その時に約束したのだ。


『将来一緒に服のデザイナーになろうね。』と。



そんな小さな時の事など忘れていたし、冗談だと思っていた。


「言った・・・。私、確かにそう言ったね。でもあれって小学校の時の事じゃん!桃夏ももかだってまだそんな夢追いかけてるわけじゃないでしょ。」


「そんなことないよ。私はずっとなりたいと思ってた。弥琴みこちゃん、昔私にお人形くれたでしょ?」


「お人形?あ、もしかして私が作った下手くそなおばけみたいなやつ?」


そう言うと桃夏ももかは笑った。


「ふふふ。そうそう、そのお人形。とっても下手くそだったし怖かった。あのお人形。」


確かにその人形は目の位置はずれていて、顔の形と体も不釣り合いな人形だったが、そこまで言われると弥琴みこもいい気分はしなかった。

一応、小学生なりに一生懸命に作ったのだ。


弥琴みこちゃん、覚えてる?あのお人形に私がデザインした服を着せてねって言ったの。そう言って私にあのお人形をくれたんだよ。」


「そうだったっけ?」


「・・・・。忘れちゃったんだね。」


「・・・・。そんな事もうどうでもいいじゃん!それと東京に引っ越すのと何の関係があるの!?」


「東京だったらもっとデザイナーの事勉強できるの。それ専門の学校もあるし、有名なデザイナーさんたちと接触する機会も増えるでしょ。だから私、お父さんとお母さんにお願いしたの。無理なお願いだと思ってたけど、お父さんの仕事も運良く東京へ転勤できることになったから。」


「だから・・・。デザイナーになりたいから、地元離れて東京行くって言うの?」


「うん。とっても寂しいけどこの夢だけは諦めたくないの。」


長い沈黙が続いた。

なぜなら桃夏ももか弥琴みこの反応を待っていたし、弥琴みこ桃夏ももかが勝手に決めて勝手に東京に行ってしまうことに腹を立てたからだ。

もちろん、弥琴みこに相談しなければいけないなんて義務はないことはわかっている。


でも一番の親友だと思っていたのに、あと一週間で行ってしまうなんて!


「へぇ。良かったじゃん。」


弥琴みこは悔し涙か悲し涙かわからないものを堪えながら言った。


「どこにでも行けば?別にあんたに会えなくても困らないしね。」


弥琴みこちゃん。そんな言い方ひどいよ。」


桃夏ももかは今にも泣きそうだった。


「なんであんたが泣きそうになるわけ!?自分で決めたんでしょ!だったら勝手に行けばいいじゃん!どうせ私は一週間前に教えるくらいに適当な友達だったんだからさ!」


弥琴みこちゃん・・・。やめて・・・。」


「言っとくけどね!デザイナーとかなったところで、売れるわけないんだから!そんな人、世の中のほんの一握りだよ!!世界の厳しさを知って、諦めて帰ってくるのがオチなんだから!」


しまった・・・

思ってもいないことを言ってしまった。


「そんなこと・・・・私だってわかって・・・る。」


桃夏ももかの泣き声に心が痛む。

ただムカついただけ。それだけなのに桃夏ももかを傷つけてしまった。


「ごめんなさい・・・。私・・・もう・・・切るね。」


そう言うと弥琴みこの返事を待たず桃夏ももかは電話を切ってしまった。



電話を切って部屋が静まりかえると弥琴みこはひどく後悔した。

これが、親友が夢へと向かう時に言ってやる一言か?

ただ話してくれなかっただけで、ここまで責めるような事だったか?


やっと彼氏にフラれた事を忘れたというのに、またしても振り出しに戻ってしまった。それもこれも、京子きょうこと入れ替わったせいだ。


簡易ベッドの布団にもぐり込み枕が濡れるほど泣いて弥琴みこは眠りについた。







「行ってきます。」


京子きょうこの声に弥琴みこは目を覚ました。

もうすでに登校の時間だ。


「やばい!ババアに言わなきゃ!」


弥琴みこはすぐに起き上がろうとしたが年寄りの体だ。言う事をきかない。

大声で言おうとしても声がうまく出ない。


「ば・・・げほっ。げほっ。ババア!おーい!ババア!」


よろよろと襖まで行くと京子きょうこの方から襖を開けた。


「どうしたん?どうせあんたは学校行かんのやけぇ、ゆっくり寝てたらええわ。」


「ババア!今日は桃夏ももかと話すな!絶対一言も話すな!わかったか?」


桃夏ももか?あの可愛らしい子かね?」


「そう!あの子!何言われても無視しろ!」


「私は、てっきり彼氏の事言うと思うちょったけど、友達の方かい?もしかして喧嘩したか?」


弥琴みこは彼氏の事を忘れていた。その事で京子きょうこと喧嘩していたことも。ただ今は桃夏ももかの事を何とかしたい。


「うるせぇ!ババア!別にあんなの彼氏じゃねぇし!」


その一言に京子きょうこがニヤリと笑ったので弥琴みこは腹ただしくて仕方なかった。


「とにかく桃夏ももかと話すな!」


「どうした?桃夏ももかが引っ越すから寂しいのか?」


「え!!?ババア・・・・なんで知って・・・・。」



「そりゃ一絵いちえって子に聞いたけぇね。」


一絵いちえ一絵いちえは知ってたの!?」


一絵いちえだけじゃなく色んな子が話しちょった。一か月前くらいから聞いてたらしい。」


「そんな・・・。」



桃夏ももかはみんなに引っ越すことを言っていたのだ。

弥琴みこにだけは教えずに・・・・・。

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