第7話 真輝の裏顔

「ふった?真輝まきのこと、ふったって言うの!?」


「ふったさ。あんな男と一緒にいたらいけん。」


京子きょうこの落ち着いた声に弥琴みこはイライラした。


「嘘でしょ?バカじゃないの!!人の彼氏の事勝手に決めてさ!どうしてそんなことするの!」


「今は私があんたの代わりだからね。好きなようにするさ!」


「クソババア!だからババアは嫌われるんだよ!」


弥琴みこは涙まじりの目をギラギラと京子きょうこに向け叫んだ。


「だったら私はあんたの代わりなんだから私も好きなようにさせてもらうからね!」


「ああそう。好きにしいや!何でもしたらええわ!そのかわり、あの男とは二度とつき合わせん!」


「ああ!してやるよ!!」


そう言いきって京子きょうこの部屋へと歩き大きな音を立てて襖を勢いよく閉めた。すぐさまスマホを取り出して、真輝まきのアドレスを開いた。


「クソババア・・・・クソババア・・・・今に見てろよ。」


泣きながら真輝まきへ電話をかけた。


トゥルルル・・・・トゥルルルル・・・・


長い通知音。真輝まきが出る様子はない。

弥琴みこは急いでメールを打った。

しかし既読もつかない。

何度も何度も電話をかけ、しつこいほどにメールを送った。

しかし真輝まきからの反応はない。


「くそ・・・。やっぱり怒ってるんだ。でもちゃんと話せばきっとわかってくれる。」


やり場のない苛立ちで、爪を噛んでしまう。

何か・・・・何か京子きょうこに仕返しできることはないか。


この部屋を燃やしてやろうか。

それじゃ自分が家にいられなくなって困るだけだ。


「何かババアの大切な物を盗んでやればいいんだ。」


しかし、京子きょうこの大切な物などわからない。

色々、部屋を探ってみたものの出てくる物はさほど重要なものなどない。


「ババアの大切な物って何だよ!ってか、そんな物まずないだろ!もう年とって何もすることないんだから死ねばいいのに!」


その一言を言った瞬間、弥琴みこは目の前が真っ暗になり何も考えることができなくなった。

しばらくすると夢を見ていることに気付いた。


数日前、まだ自分の体がちゃんと自分と一緒だった時に見た昔の夢と同じ。

あの神社で京子きょうこと話している時の風景だ。


だが、今回の夢は一つ違うところがある。

自分は京子きょうこだ。夢の中でも京子きょうこの姿だった。


「泣いてるのかい?」


自分はあの時の京子きょうこと同じセリフを言っている。


目の前の小さな自分も同じようにあの時と同じセリフを繰り返す。


「石?」


「いっぱい集めたの。なのにないの・・・。」


「そうかい。石をなくしたか・・・・。」



この前のように同じところで目が覚めた。

とても空虚で悲しい気分だ。なぜこの夢を見るのか自分でもよくわからない。

何を思い出そうとしているのだろうか。


数分して、京子きょうこへの怒りを思い出した弥琴みこは、外へ出た。

さっきお金をしまいこんだ京子きょうこのバッグを持って。


「なんでもいい!適当に好きな物いっぱい買ってやれば気が晴れるさ!」


そう思って2駅先のショッピングセンターへ向かった。


向かう際中、足も腰も痛くなってきた。

この身体ではいつもより息切れも早い。

歩道を歩いていると後ろから車のクラクションが鳴り響く。

弥琴みこは、びっくりしてその車を睨みつけたが、よく見ると自分の足は歩道ではなく車道を歩いていた。


「え!?マジ?やばい!!」


クラクションが鳴り響く。弥琴みこは、あわてて歩道に戻ろうとしたが、

思い通りに体は動かなかった。痛い膝と腰が邪魔をしたのだ。

ゆっくり・・・ゆっくり・・・


何回もクラクションが鳴り、自分のせいで渋滞ができてしまった。

やっとの思いで歩道に戻ったが、車の中の人の視線が痛く弥琴みこは、見返すことができない。


ひどく惨めで恥ずかしい。


「だって、そんなにすぐに動けないんだもん。この身体じゃ・・・。」


「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの。」


また涙が出そうだったが、弥琴みこは、これ以上恥をかくのはごめんだと思い必死に涙をひっこめた。

横断歩道を渡りいつも友達と買い物を楽しむ店の前まで来た。


「この姿で入るのは恥ずかしいな。何か被り物でもしてくれば良かったかな。」


それもそのはず。店の中は若者を対象とした物ばかり。当然、店員も客も年寄りは一人もいない。

オロオロと迷っているうちに、喉がかわいてきた。


「そうだ!タピオカミルクティー飲みに行こう!あれだったらババアの姿でも文句言うやつはいないだろう。」


少し気分が盛り上がってきた弥琴みこは、タピオカのお店へと急いだ。

いつもどおりの行列ができていたが、弥琴みこもそこに並んだ。

見たくはなかったが、スマホをのぞいてしまった。

やはり真輝まきからの返信もないし既読もついていない。


「はあ・・・。でも前にもこんなことあったし、夜まで待ってみよう。」


深いため息をつき終わり顔を上げてみると人ごみの中から見慣れた顔がこちらへ歩いてくるのが見えた。


真輝まきだ!


「ま・・・真輝まき!!」


弥琴みこは、タピオカの店の列を抜け出し急いで真輝まきの元へと走った。

膝の痛みのせいでフラフラとした早歩きしかできなかったが、何とか真輝まきのところへ辿りついた。


倒れかかるように真輝まきの両腕をつかみ目を見合わせて、弥琴みこは言った。


真輝まき!私だよ!こんな体してるけど中身は弥琴みこなの!」


「え!?な、なに!?このばあさん!」


真輝まきは驚いて弥琴みこの手を振り払おうとする。


真輝まき、聞いて!私は弥琴みこなの!自分のババアと体が入れ替わったんだよ!だから今日、あんたと別れるって言ったのも全部、ババアのせいなんだ!私は別れたいとは思ってないから!」


「なんで、そんな事知ってるの?だって俺と弥琴みこしか知らない事なのに。」


「だから私が弥琴みこなんだってば!お願い信じて!私、あんたと別れたくない!」


「え?本当に弥琴みこ?」


「そう!私、弥琴みこだよ!」


信じられないというような顔をして真輝まき弥琴みこの顔を見つめた。

どこから見ても年寄りの姿だが、きっと真輝まきならわかってくれる。

弥琴みこはそう信じた。


「まじで!?本当に弥琴みこ?すげぇ!どうやって入れ替わったんだよ?これすごいニュースじゃん!テレビに売り出せば金もうけできるよ!」


どうやら真輝まきは信じてくれたようだ。


真輝まき・・・・よかった。あんたなら信じてくれると思った。私、だれにも言わないでおこうと思ったけど、真輝まきだけなら言っても大丈夫だと思って・・・うっ・・・。」


弥琴みこの目から我慢していた涙が次から次へと溢れた。

それを気にすることもなく真輝まきははしゃぐばかり。


「本当にババアだな、弥琴みこ!なになに、もしかしてそういうプレー流行ってんの?」


「?」


真輝まきの言葉の意味がわからずに、弥琴みこは泣きながら真輝まきを見上げた。


「本当に家族そろってバカばっかりだな。弥琴みこの家族は。そんな演技に騙されると思うか?」


「!!」


「入れ替わったフリしてなに?もしかしてそれで俺が弥琴みこと寄り戻すと思いましたか?弥琴みこのおばあちゃんよ。」


真輝まき!だからババアじゃないんだってば!私だよ!弥琴みこなの!信じてくれてないの!?」


「いい歳して、孫のご機嫌とりとは、おばあさんも大変ですねぇ。」


「バカ!なんで信じてくれないんだよ!あんたは私の事信じてくれると思ってたのに!!」


心が痛い。泣きながら叫んでもその痛みは強くなるばかり。


「お願い!信じて!私はあんたが信じてくれるって信じてるのに!デートした場所とか2人で買った指輪の銘柄とか全部言えるんだよ!ちゃんと全部覚えてるんだから!!」


「あのなあ。俺は弥琴みこと別れてせいせいしてるんだよ。毎日毎日電話かけてくるしよ!そんなに束縛されたらこっちも他の女と遊べなくなるだろうが!」


真輝まきの優しそうな瞳からは想像もできないような言葉がいくつも投げかけられ弥琴みこの心を砕いた。


「なんで!てめぇ!二股かけてたってのかよ!?」


痛い体を我慢して真輝まきに飛びついた。


「うるせぇ!触るんじゃねぇ!汚いんだよ、ババアが!!」


真輝まきの腕で勢いよく振り払われた弥琴みこは地面に倒れこんだ。

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