第48話 森の中の子供たち
「今日はツイてる、たくさん持って帰れるからアイツら喜ぶぞ」
「どれだけ持ち出す気なんだ」
そう少年に言われて次々に荷物を渡されるオーレルは、ため息を漏らす。
確かに穀物袋を両肩に乗せて、その腕にも荷物を掛けられている姿は、ちょっとなにかの拷問めいて見える。
「荷馬車を持って来る?」
「……それがいいかもな」
ヒカリの提案に、オーレルも頷く。
というわけで、少年にここで待っていてもらい、ヒカリが結界で守りつつ荷馬車を表に付けることになった。
それでも無駄な衝突を避けようと、ゾンビの徘徊ルートを探りながらの作業になったので、時間がかかってしまったが。
荷馬車を見た少年は、目を輝かせた。
「なんだ、いいもの持ってるじゃねぇか!」
そう言うともう一度荷物を漁り直し、しまいには荷台が積み込んだ物で一杯になった。
「で? どこへ行けばいい」
「まずは街を出るぞ」
行く先を尋ねたオーレルに、少年はそう指示する。
荷馬車が通りを進むのを、ゾンビたちが寄ってきて襲おうとするが、透明な壁に阻まれて近づけないでいる。
「すっげぇ、どうなってんだこれ?」
「ふふん、すごいでしょう」
目を丸くして驚く少年に、ヒカリは鼻高々に自慢する。
こういう素直な賞賛は気分がいいものだ。
こうして荷馬車は無事に王都を出た。
「あっちに行ってくれ」
御者台のヒカリとオーレルの間に座る少年が、次にそう言って指さしたのは、ヒカリたちが来た方向とは逆の道だ。
そちらへしばらく進むと、遠くに広い森が見えて来た。
不思議なことに森の手前までは枯れ野原なのに、まるで線が引いてあるかのように突然緑溢れる光景が広がっている。
「ここは、魔力の道から外れているのか」
王都から少し離れただけで外れたので、王都は魔力の道の端にあるのだろう。
ヒカリの呟きに、オーレルは男の子の頭越しに視線を寄越す。
「では、ひとまず安全ということか」
「……だね」
ヒカリとオーレルの会話を、少年は不思議そうに聞いている。
「なんだかわからないけど、街に入ると気分が悪くなるだろう? だから森に入るといつもホッとするんだ」
そう語る少年は、少し顔色が悪いように思えた。
「ちょっと手を出して」
「なんだよ、いきなり」
ヒカリの言葉に、少年は眉をひそめながらも手を出す。
荷物を運んでもらっている恩があるので、言うことを聞いてくれるのかもしれない。
それはともあれ、ヒカリは彼の手を取り魔力の流れを探る。
――少し、魔力が不足気味かな?
少年はおそらく何度も王都へ行っているのだろう。
それが少しの時間ならば、正常な場所に戻れば回復するのだが、繰り返せば当然身体によくない。
あとで魔女の薬を飲ませる方がいいだろう。
「具合が良くないでしょう? 後でよく効く薬をあげるから、飲むといいよ」
ヒカリがそう告げると、少年は顔をしかめた。
「……俺、金持ってないぞ」
警戒する彼に、ヒカリはニコッと笑った。
「そんなのは考えなくていいの!」
「そうだ、子供は大人に甘えていろ」
オーレルも反対側からそう言って来る。
「……けど」
それでも少年は困ったように俯く。
――なんか、甘えるのを躊躇う理由でもあるのかな?
あの状態の王都に、子供が一人で乗り込んだのだ。事情があるのは確かだろう。
「まあまあ、それよりここからどこへ行くの?」
ヒカリは話題転換も兼ねて、森の近くまで来たところで改めて道を尋ねる。
「森に入るんだ」
少年が森へ続く道を指さすが、そこはギリギリ荷馬車が通れるくらいの道幅である。
荷馬車は木の枝にかすりながら奥へと進んでいく。
「この距離を、子供の足で往復するのは難儀だな」
オーレルは来た道を振り返り、眉をひそめる。
「だから、いつも荷物なんてほんのちょっとしか持ち帰れないんだ。だから今日はツイてるって言ったんだ」
一方でこう語る少年は嬉しそうだ。
やがて道の先が開け、小さな小屋が見えた。
「おおーい、今日は大成功だぞ!」
少年が大きな声で叫ぶと、その小屋の入り口のドアが開く。
「マック!」
「遅かったじゃないの」
「心配したよぉ」
そして小屋から出て来たのは、彼と同じ年頃の子供たち三人だ。
「ごめんな、心配かけて」
少年は停まった荷馬車から飛び降りると、彼らの元へ駆け寄る。
「この人たちがたまたま王都に来ていてな、荷物を運んでもらったんだ」
少年が振り返った先にいるヒカリとオーレルを、子供たちがキラキラした顔で見る。
「荷台にたくさん積んでるんだぜ!」
そう言って荷台に回る少年に付いて行った子供たちが、すぐに歓声を上げた。
「うわぁ、食べ物がいっぱいある!」
「着替えもよ、嬉しい!」
「穀物袋がこんなに……、今日はたくさんパンを焼こう!」
はしゃぐ彼らの声が聞こえたのか、さらに小屋から二人の子供が出て来た。
「着替えが手に入ったのよ、早速着替えて洗濯しましょう!」
「わぁ、本当に!?」
少女二人が着替えに喜び、少年三人が食べ物を見て喉を鳴らす。
その歓喜の声を聞いても、一向に大人が出てこない。
「大人はいないのか?」
オーレルの疑問に、はしゃいでいた子供たちは一転して、皆顔を俯かせた。
「先生が二人と、他の大人が二人いたけど、街の様子を見に行ったまま帰って来ないの」
着替えを喜んだ少女がオーレルにそう告げると、パンを焼くと言っていた少年が続けて言った。
「僕たちはあの日、学校の授業で泊りがけで遠くに出かけていたんだ。それが帰ってきたら、街のみんながあんな風におかしくなっちゃって。すごく怖くて街へ行けなくなって……」
「あの日? おかしいとはどういうことだ?」
オーレルの疑問に答えたのは、ここまで一緒に来た少年だ。名前をマックというらしい。
「アンタも見ただろう、ヨロヨロ歩き周る連中を。帰ってきたら街の連中がああなってたんだよ」
このマックの言葉に、ヒカリは驚くと同時に「やはり」という思いが広がった。
「あのゾンビって、やっぱり街の人なのね?」
ヒカリの言葉にオーレルは厳しい表情を見せ、子供たちは悲しそうな顔をした。
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