第42話 魔法は地味にすごい

門へ行くと、オーレルが用意していた一頭引きの荷馬車があった。

「旅商人なら、荷馬車くらい持っているものだからな」

「そりゃそうだ」

オーレルの言葉にヒカリも頷くと、背負っていた荷物を荷台に積もうと中に乗り込む。


 荷台にはそれなりに見えるよう、一応商品っぽいものが積んである。

 もしかしたら行く先で、なにか売ってくれと言われるかもしれないからだろう。

 商品の他にも毛布があった。

 ――この中で寝るのかなぁ。

 野宿とどちらが快適か微妙なところであるが、この街に来た当初に床に転がって寝ていたことを考えれば、そう酷い寝床とも言えないかもしれない。

 それでもヒカリが一応毛布を広げて寝心地を確かめていると、オーレルが御者台にヒラリと乗った。


「もう出発?」

ヒカリが荷台を移動して御者台を覗くと、オーレルは手綱の感触を確かめつつ言った。

「国境の河まで行って、夜明けの開門を待ってヴァリエの国境砦を越えるぞ」

本来ならば朝を待って出発した方が安全なのだろうが、時間が惜しいとのこと。

 ヒカリだって気が急くのは同じなのでこれに反対することなしないが。

「……今夜は野宿かぁ」

ヒカリは広げた毛布を見る。

 馬車の寝心地はさっそっく今夜に確かめられそうだ。

「そういうことだな、行くぞ」

そう告げたオーレルの合図で、荷馬車を曳く馬が歩き出す。


 小さな荷馬車が日が落ちて暗くなっている外へ出て行く様を、門の見張りらが沈痛な顔で見送っていた。

 ヒカリたちがなにをしに行くのか、詳しくはなくてもそれなりに聞いているのかもしれない。

「お気をつけて!」

兵士にそう言われて揃ってビシッと敬礼されたら、本当に死にゆく者のようではないか。

 敵地にたった二人で乗り込むのだから深刻に受け止めるのはわからなくもないが、ヒカリよりも見送る方がむしろ悲壮感に溢れていた。

 ――いやいや、ちゃんと帰ってくる気だからね?

「お土産でも買ってくるよー」

ヒカリはあえてそんな呑気なことを言いながら、ひらひらと兵士たちに手を振った。


 サリアの街を出ると、無人の街道を進む荷馬車の車輪の音だけが響く。

「静かだねー」

ヒカリは御者台のオーレルに向けてポツリと呟く。

 この時間だといつもならば門が閉まる前に街に駆け込もうと急ぐ旅人がいるそうだが、ヒカリたちの荷馬車以外には誰もいない。

 ――まあ当然か、誰も戦闘に巻き込まれたくないもんね。

「でも、魔獣とか獣とかにも会わないね」

人間の事情など、獣には関係ないように思えるが。


 疑問顔のヒカリに、オーレルが荷台を振り返って告げた。

「普通なら、夜行性のものがうろついているのだがな。異変を察してここいらから逃げたのかもしれん」

「なるほどー」

この答えに、ヒカリも納得する。

 地球でも、鼠は沈みゆく船を事前に察知して逃げ出すと聞いたことがある。

 野生の生き物には危機察知能力が備わっているのだろう。

 その逃げの速さには素直に感心するのだが。


「でもこれじゃあ、肉が狩れないじゃんか」

そう言ってヒカリはがっくりとうなだれる。

 食料の現地調達ができないとは辛い。

 どこかに危機感が抜けた間抜けな獣がいないだろうか。

 できればお肉が美味しいものが望ましい。

 けれどそんな獣と出会うことはなく。

 この夜、ヒカリたちは適当なところで野宿をして、夕食はサリアの街で買った料理で腹を満たすことにした。

 けどそれだけだと侘しいので、ヒカリはせめてお茶を沸かそうと枯れ枝を集める。


「≪灯れよ、小さき火≫」

「……!」

そしてそう唱えたとたんに枯れ枝に灯った火を見て、オーレルが目を見開く。

「……本当に、魔法を使うんだな」

「今更なにさ」

長大な壁を築いた魔法と比べればしょぼい術なので、驚かれたことに驚くヒカリに、オーレルが語った。

「壁を作ったのは規模が大きすぎて実感がわかないが、目の前でなにもない空間に火が灯ると『これが魔法か』と思えてな」

身近な現象の方が、素直に驚けるということらしい。


 ――理屈はわからなくもないかな。

 壁を造った魔法のスケールが大きすぎて、オーレルの理解を越えたのだろう。

「魔法で火も出るし水も出るから、お湯を沸かすのには困らないわね」

ヒカリが威力の小さな魔法の使い道を冗談交じりに言うと、オーレルは鼻で笑うかと思いきや、真面目な顔で頷く。

「なるほど、旅には重宝するな」

特に水の確保は旅の上での最重要課題らしい。

 日本でもこの世界でも、水で困ったことがないヒカリにとって、意外な魔法の重要性であった。


 けれど火と水の心配はなくても、食糧の心配は消えていない。

「街道沿いの村にも寄るが、辺境だから食料調達はあまり期待しない方がいいだろう」

どこも厳しい冬が明けたばかりで、食糧に余裕がないのは明白であると、オーレルは告げる。

「やっぱり狩りかぁ」

それが駄目なら、腹に溜まりそうな食べられる薬草を、道々で見つけていくしかない。

 ―― 一応山芋も持って来たけどさ。

 日持ちがするし腹に溜まって栄養があるので、食糧として持って来いだと考えたのだが、正解だったようだ。

 それでも数に限りはあるため、河の向こうにも山芋があるといいのだが。


 夕食が終われば明日に備えて寝る。

 ヒカリは安眠のために馬車の周囲に結界を張ったのだが、それでもオーレルが見張りをすると言う。

 見えないものを信用できない気持ちも理解できるので、ヒカリも見張りを否定することはしない。

「無理しない程度にね、私は寝るよ」

そうとだけ言うと、ヒカリはさっさと荷台で毛布に包まった。

 出立したばかりで体力を無駄に消耗したくないのである。

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