第37話 対ゾンビ戦開始! はいいけれど……

動けないヒカリがオーレルに背負われて村に戻ると、謎の軍団が迫っているという報告の直後に生まれた長大な壁に、村人は当然ながら、派遣されてきた騎士もパニックを起こしていた。

 ――まー、こうなるよね。

 なにせ彼らは、初めて魔法の威力を目の当たりにしたのだから。

 右往左往する騎士たちを、オーレルが一喝する。

「全員落ち着け!」

「副隊長!」

騎士たちが戻ったオーレルの姿にホッとするのは一瞬で、その背中に背負われているヒカリの姿に訝しむ。

 ――だって動けないんだもん、仕方ないじゃんか。

 ヒカリだって、好きで背負われているわけじゃない。

 気力を使い果たして一歩も動けなかったのだ。


 けど、今はそんなことに構っている場合ではない。

「砦に報告は出したか!?」

オーレルの鋭い声に、騎士の一人が前に出る。

「は、はい! すでに早馬が出ています!」

「では、この村の住人に避難を呼びかけ、荷物をまとめるように通達しろ。それが終わり次第砦の本隊の受け入れ準備だ、かかれ!」

オーレルの号令と共に、騎士たちが慌ただしく動き出す。

 村の様子に厳しい視線を向けながら、オーレルが背中のヒカリに尋ねる。

「ヒカリ、あの壁はどのくらいもつ?」

「そぉねー……」

普通の人なら一日もあれば穴が開くのだろうが、相手はなにせゾンビだ。

 集団行動をとれると思えず、やってただ壁に剣を振るうだけだろう。

 それでも剣や手でガリガリ削っていれば、いずれどこかが崩れる。


「硬くてもただの土壁だから、地道に掘って穴を開けるのに数日ってところ?」

 ――そしてゾンビが突破して来るのは、たぶんここだ。

 恐らく魔力の道を通ってしか、ゾンビは動けない。

「数日か。曖昧な時間だが、それまでにこちらの態勢を整えなければならないのか。本隊が間に合うのを願うしかないな」

背負われているのでオーレルの表情は見えないが、たぶん眉間に皺が寄っている気がする。

 ゾンビ軍団に魔法と、理解を越える出来事を目の当たりにして、これがヒカリなら全部ポイっと投げ出したくなっていることだろう。

 けれど、オーレルの精神力は強かった。

「お前に聞きたいことは山ほどあるが、今は後回しだ」

疑問を一旦すべて飲み込んだオーレルは、村の広場に背負っていたヒカリを降ろし、騎士たちに指示を与えに行く。

「さぁーて、これからどうしたもんかなぁ……」

壁で時間を稼いだだけで、問題はなに一つ解決していない。


 それから夜が明けた早朝、砦からの増援の第一陣が到着した。

「早かったなー」

野次馬をする村人に紛れるヒカリの目の前を、立派な騎馬の軍隊と兵士たちが通り過ぎ、続々と村に乗り込む。

 彼らと入れ替わるように、村人たちは砦に避難することになる。

 砦から兵士が持って来た大きな荷馬車に、村人たちが乗り込む。

 ヒカリは薬を融通してほしいとオーレルに頼まれたため、村に残るので村人たちとここでお別れとなる。

 村人に提供しようと、山ほど薬を持ってきたのが捌けるというものだ。

「薬屋さん、大変お世話になりました」

深々と頭を下げるミレーヌの両親や村長に、ヒカリはひらひらと手を振る。

「サリアの街で、きっとミレーヌさんたちが心配して待っているよ」

皮肉なことだが、村を離れることで村人たちの病は癒えて、体調が回復していくだろう。


 村人が避難した村は、対ゾンビ軍団の最前線となった。

 砦は続々と人員を送り込み、ヒカリの作った壁以外にもバリケードを築く。

 そしてとうとう穴の開いた壁からゾンビ軍団が押し寄せるのを、砦の戦力が迎え撃つ。

 ――でも、攻撃が効いているカンジじゃないのよねぇ。

 負傷者に薬を配りながら、ヒカリは思わしくない戦況にため息を飲み込む。

 砦側の疲労が激しいのは、恐らく疲れだけが原因ではない。

 体内に残る魔力を奪われているからだ。

 恐らく放っておくと、村人たちのように動けなくなるだろう。

 だいたい、戦う場所が悪すぎる。

 ゾンビ軍団に有利で、砦に不利な立地条件というか。


「魔力の道から外れさえすれば、あいつら動かなくなると思うんだよねー」

ヒカリは支援物資にあった薬草をゴリゴリとすりこ木で潰しながら独り言ちる。

 このまま戦っても、恐らく希望は見えない。

「やっぱり、魔力の道か……」

ゾンビ軍団の動力源は、恐らく魔力の道から逆流する魔力だ。

 ――魔力の道を歪ませたなにかが、きっとこの先にある。

 だが魔力を吸い上げている場所は、恐らく隣国のど真ん中と思われた。

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